第五十六話:とっくの昔に
──は?
世界が凍った。いや、時間、感覚全てが、世界から消滅した。
メアリーを殺せば、世界が終わる。さも、当たり前のようにメアリーはそう言い放った。
世界が、終わる? いや待て、私達は世界を終わらせまい、とメアリーと戦っていたのではなかったか? それが? メアリーを倒せば、世界が終わる?
「なん……えっ……?」
「だーかーらー。私を殺すー。世界が終わるー。皆困るー。以上だよ」
がちゃり、と音がする。振り返ると、月姫が掴まれてない方の手にもう一丁拳銃を握り、メアリーに向けていた。
「決まりだな。今更そんな話信じられるか。時間稼ぎの話にしては稚拙に過ぎる」
「ふーん。月姫ちゃんは信じないか。まぁそうだろうね」
「……! 駄目っ!」
とっさに結季奈が叫ぶ。そう認識したと同時に月姫の腕に飛びつき、もう一つの銃口も下げさせた。
「……ッ!いい加減にしろ結季奈! ここへ来て何故今更こいつを助けようとするんだ! こんな話、どうして信じる!?」
「んじゃさ、教えてやるよ。根拠」
またしてもメアリーの声。
「そんなものあるわけ無い! いい加減にその口を閉じろ!」
「焦ってるね月姫ちゃん」
不意に、月姫が黙る。メアリーを黙らせる為に叩きつけた言葉の隙を突くように斬り返された言葉が喉元に突きつけられたように、無理矢理言葉を飲み込まされる。
「ほんとはさ、わかってんだろ」
「やめろ」
「私が嘘言ってないってこと」
「黙れ」
「それを言われちゃうと都合が悪いから、だからさっさと済まそうとしてる、だから焦ってる! そうなんだろ!?」
「黙れえぇッ!」
無理矢理に銃口が上がる。腕にしがみついていた結季奈もろとも無理に動かし、そのまま乱暴に引き金が引かれた。
「駄目ええぇッ!」
叫び声。同時に、鮮血が迸った。
「……」
「……結季奈ああぁぁっ!」
どさり、と結季奈が地面に転がる。そのまま腕を押さえ、うずくまってしまう。即座にトーマが駆け寄り、腕の様子を診始めた。
月姫の放った弾丸は無理にそれを止めようとした結季奈の腕をかすめ、メアリーの顔面の数センチ横に着弾していた。相変わらずメアリーはつまらなそうな顔をしている。
「結季奈……! なんでだ、なんでここへ来てこいつを庇う……!」
「だ……だっ、て……!」
煙を吐き出す拳銃は発砲と同時にセンチュリオンに叩き落され、地面に転がっている。月姫はそれを尻目に舌打ちをすると、忌々しげにメアリーを睨みつけた。
「ケッ、味方傷つけるとかねーわー。ちょっとおこだから詳しく説明してやる」
「やめろ!」
「そうだなぁ。どこから説明するべきだろ……そうだ! じゃあまずここから教えてあげよう! 結季奈、なんでアンタとナオが改変世界に入ってこれたか」
結季奈が顔を上げる。一方で月姫がメアリーを黙らせようとしきりに何か叫んでいるが、もはや結季奈の耳には入っていなかった。
「まずおさらいしよっか。改変世界に入ってこれるのはイコンだけ。それはいいよね。でもさ、ただの人間が改変世界に入る方法って、ないわけじゃないんだよ」
そこでメアリーが言葉を切る。まるで結季奈の反応を愉しむかのように小さく笑った。
「物語にイコンとして認識されればいいの。あるイコンが改変を達成すれば、現実はそのイコンが上書きした物語の世界になる。んで、その物語に深く関わって、イコンだと物語に認識されれば、他のイコンが起こした改変にイコンとして入ってこれるってわけ」
「待った。それは既に改変が達成されているということが前提だ。この時点で破綻してるよ」
トーマがメアリーの言葉を遮る。
「いつ、誰が、この世界が〝改変前の世界のまま〟だって言った?」
「え……」
瞬間、結季奈の表情が凍りついた。トーマも同じように、口をつぐんでしまう。
ふと、メアリーが懐からペンを取り出した。金色のあのペンだ。
「これさ。なんだと思う?」
「……?」
「世界を紡ぐペン」
「は?」
結季奈の言葉にメアリーが笑う。あまりにも非現実的な答えに、思わずそんな返事を寄越さずにはいられなかった。
「嘘じゃねーよ? 見せてやろうか」
そう言い、メアリーがペンを振った。瞬間、そこに無かった筈の木が現れる。
「……!」
「すごいっしょ? なんでもできちゃうんだから。私はこれで色々やってたの。イコンを呼んだりー、ナオを悪い子ちゃんにしてみたりー、ってね。ま、ぶっちゃけそれ以外はほとんど自力でやってたケドね。チートは計画的に、ってヤツ」
「!」
危険を感じ取った忠雪がすぐにそれを叩き落とうとするが、メアリーはひょいとそれをかわしてみせる。
「おっと危ない」
そしてそれを宙に放ると、そのまま消えてしまった。
「あぁっ!」
「残念でした。話を戻すけどさ、つまりこの世界はね、一度改変されてんの。私にね」
「う……そ」
さも当たり前のようにメアリーが言う。まるで結季奈やトーマらの方が異常であるかのように言い放ち、ゆっくりと深呼吸までしてみせる。
「嘘……でしょ?」
「だーかーらー、なんども言わせんなよ。この世界はね」
──違う。
「とっくの昔に」
──そんなはずない。
「改変されてんだよ! 私によってね! この世界は! 私が! 作ったんだよ!」
「嫌ああああぁぁぁぁああぁぁああぁあああああぁぁぁあぁ!」
メアリーと結季奈がほぼ同時に叫んだ。
嫌だ。信じたくない。この世界が、この世界がとうの昔に改変されていたなんて。自分が生きていた世界が誰かに作りかえられた世界だったなんて。
「この世界は私の夢……〝私の世界〟に辿り着く前の〝私の夢〟なの。んで、アンタはトーマ、ナオはシグって感じで〝私の夢〟の登場人物と深い関わりを持つってプロットに定められた。だから物語にアンタ達も登場人物って認識されちゃったんだよ。アンタ達二人は、現実に存在する人間でありながら、〝私の夢〟のイコンだった。だから入ってこれた。登場人物として! イコンとして! これが真実なんだよ!」
「違う……違う違う違う……! 私はイコンじゃない……!」
「ま、どう思おうと勝手だけどさ」
ひどく狼狽する結季奈などおかまいなしにメアリーは言葉を続ける。
「ここからが大事だよ。この世界はね、私に改変されて物語になったから、ずっと終わりと始まりをループしてるの。そうでしょ? 物語って受け取り手の前で繰り返し展開されるものなんだから」
「ルー……プ……?」
「そう。ループ。この世界はね、私が改変を達成した一年前から今日までをずっとループしてるの。〝私の夢〟の物語はこの一年の間のことだけだからね。毎回毎回……アンタはゴールまでたどり着いて、一年前に戻って私と出会う。ざっと一五四九八回繰り返したかな」
「そんなに……?」
結季奈の頭はパンク寸前だ。彼女の前に提示された情報は彼女が処理するにはあまりにも壮大で、現実味が無くなって来ている。
「うん」
「待って……それじゃ、どうして私にはループ前の記憶が無いの?」
「ん? どゆこと?」
「だって……あんたはループを認識してる。全部覚えてるのに、なのに私は……」
「そこでアンタが出てくンの」
「わた……し?」
結季奈の反応にメアリーが意地悪く笑う。まるでイタズラの種明かしをする子どものような、無邪気な楽しみに満たされた笑みだ。
「日向やハンターがなんでアンタを狙ってたと思う? それはね、アンタが記憶媒体だからだよ」
「……?」
「ループの起点に戻るってことは、リセットされるってこと。一周前に戻ると、戻った私達を起点に居る新しい私達が上書きして、新しい周が始まるの。まず、あんたに一周前の記憶がないワケはそういうこと」
「……」
「だけど私だけはそれから免れる術があンの。何か別の新しい存在になって起点に戻ればいい。そうすれば新しい周に上書きしてくる存在はいないし、異物が紛れ込んだことで次の周には微妙な歪みが生まれるってワケ。ついでに私はループの中心にいるから、メアリー・スーは二人にならない。中心が増えるワケないしね。わかる?」
なんとか理解しようとする。しかし次々に明かされる情報に混乱した頭は上手いように働いてくれない。
「私はイコンだし、純粋な肉体はない。だからそれを利用して、その周の結季奈の体を奪って、〝メアリー・スーの記憶と意識を持つ多摩川結季奈〟として毎回起点に戻ってたの。そうして毎回違う〝結季奈〟に記憶と意識を移し換えて、歪みを最小限に抑えながらループを進めてきた……少しずつ、少しずぅつ歪めて、〝私の世界〟に辿り着くために。でもね、一周前……一五四九八回目のアンタがとんでもないことをやってくれやがった」




