第五十五話:聞かなかったら多分後悔する
「……」
「……ふざけんな」
結季奈の声が震えた。同時に、メアリーが自身の頬に触れる。そこにはりつくピリピリとした感触、そして手を振り上げている結季奈の姿から、メアリーはたった今自分が結季奈に頬を張られたことに気づいた。
「何が……何が〝いい場面〟だよ」
そのまま結季奈は勢いに任せ、メアリーの胸倉を掴んだ。
「ここに来るまでに私が何を見たと思う!? 何を感じたと思う!? 皆苦しんで! 皆つらい思いをして! それでここに来た! あんたを止める為に!なのに〝いい場面だから盛り上げろ〟!? 何考えてんの!?」
「……それだよそれ」
結季奈に胸倉を掴まれ、揺さぶられながらメアリーが不敵に笑う。肩を震わせ、全身から怒りを発散させている結季奈とは対照的に、愉快そうな顔をしていた。
瞬間、結季奈が勢い良く突き飛ばされた。
「そういうのが欲しかったんだよ。感情むき出しな主張」
メアリーが指を鳴らす。
「んで、それを無常に叩き潰す私」
ふと、しりもちをついた結季奈が、背後に気配を感じた。
「最高じゃない?」
振り返ると、刀を振り上げた忠雪。
「……ッ!」
「結季奈ッ!」
トーマが叫ぶ。しかし伸ばした手はとても忠雪へは届かない。
メアリーが笑う。忠雪が刀を振り下ろす。誰かが叫ぶ。
「やめろおおおおおおおおお!」
あまりの唐突さに結季奈は声を上げる間もなかった。ただ、反射的に両腕で頭を庇うことしかできなかった。鋭利な刀の刃の前には無意味に過ぎる、貧弱な骨肉の壁で。
「……!」
誰かが息を呑んだのが聞こえた。しかし刃が振り下ろされる勢いは止まず、そのまま真っ直ぐに振り下ろされ──
「え」
メアリーを袈裟懸けに斬り裂いた。
「ぎゃっ!」
「……!? え……え!?」
結季奈に言葉が返ってくる。混乱する頭が情報を集め、ふと、背後の忠雪の様子が視界に入った。ひどく、ひどく苦しそうな顔をしていた。
「二度も……」
その視線は、結季奈の右腕に落とされている。
「二度も同じ過ちを……犯すものかッ!」
──そこには、古い傷跡があった。
「うっそだろここで正気に戻っ……うっ!」
忌々しげに言うメアリーに忠雪が馬乗りになる。肩で息をしているが、メアリーを拘束する腕の力は相当なようで、メアリーが抵抗しても簡単には拘束から逃れられそうになかった。
そのまま忠雪は刀を逆手に持ち替え、切っ先をメアリーの眼前へと持ってきた。
「……詰みだ」
「待って!」
そしてそのまま一気に振り下ろされる直前、結季奈が叫んだ。その言葉に忠雪の手が止まり、背後にいたイコン達も結季奈へ視線を向ける。
「……今、なんと」
忠雪が振り返らず聞く。その言葉には僅かながら殺意がこめられている。
「……あ、いや、えっと……」
改めて言葉を投げかけられ、結季奈は返答に窮した。咄嗟に口をついて出てきた言葉だっただけに、この次の言葉どころか、何故自分が今そう言ったのかすらわからなかった。
「……こいつを殺ってしまえば全て片付くんですよ?何故止めるんです」
「で、でも……!」
「申し訳ありません、我慢の限界です。こいつは二度も某を惑わしました。それに、相澤殿を苦しめたのもこいつだ。こうでもしなければ……気がすまないッ!」
「待って!」
結季奈の言葉に聞く耳を持たず、再び一気に忠雪の腕が振り下ろされる。若干赤く染まっている刀の切っ先は真っ直ぐにメアリーの胸元へと振り下ろされ──
直前で止まった。
「……!」
いつの間にか、忠雪の横に誰かが立っている。それが忠雪の腕を掴み、動きを止めたのだ。
「……落ち着きましょ? ちょっと怖い顔してるわよ。テディ」
センチュリオンだ。そのまた隣には、宇琳も立っている。
「……」
ゆっくりと、忠雪がセンチュリオンを見やる。相変わらず、いつもの柔和な笑顔を浮かべていた。
「……センチュリオン」
結季奈が呟くと、同時に腕を引っ張られた。驚き、隣を見やるといつの間にかトーマが立っている。
「……センチュリオン殿」
「気持ちはわかるわ。でもまずは落ち着いて」
ゆっくりと、忠雪が落ち着きを取り戻していく。全身から放っていた濃厚すぎる殺意は立ち消えていき、人斬りの顔をしていた忠雪の表情は、少しづついつものものへ戻って行った。
「……一思いに殺れよ」
その下でメアリーが不満げに言うが、誰もその言葉には反応しなかった。
「メアリ」
代わりに結季奈が声をかける。メアリーは不機嫌そうに視線だけ結季奈に目をやり、返事をした。
「もっぺん言う。もうやめて」
「……はぁ、なんで思い切らないかな」
「……殺しなんてしたくないもん」
「そんな覚悟も無しにここまで来たの? へぇたいしたもんだ」
「違う!」
結季奈が声を上げる。しかしメアリーは鬱陶しそうにするだけだった。
殺しなどするものか。ここでメアリーを殺せば、おそらく事態は収拾する。だが、だがしかしそれは──
「上手く言えないけど、多分、それは……正解じゃない」
「いいや、それが正解だ」
銃声。乱入してきた声と同時に弾丸が打ち出された音がする。唐突な凶弾はメアリーに向かって飛来したが、素早く反応した忠雪に振り返りざまに真っ二つにされた。
「……チッ」
舌打ちが聞こえた方向を見やる。誰が。誰が今の一発を。誰が、誰が──
「……先生?」
月姫、だ。月姫が拳銃を構え、そこに立っていた。呆気に取られた結季奈やイコンらを尻目に銃を構えたまま、未だ忠雪に馬乗りになられているメアリーへと近づいていく。
「ちょ……ちょっと待って!」
が、途中で横から入ってきたトーマに止められた。
「どけ。邪魔だ」
「待ってよ! 結論が早い! メアリーを殺してしまっても元に戻らなかったらどうするのさ!?」
「問題ない。こいつを殺せば全て解決する」
「先生……まさかまた」
「安心しろ。今回は正気だ」
まるで聞く耳を持たない月姫の様子にトーマが押され始める。たまらず結季奈も飛び出し、トーマと共に月姫の前に立ちふさがった。
「待ってください! 何でそう言えるの!?」
「こいつを殺った後に説明してやる。今このチャンスを逃すわけにはいかない! ここでとどめをささなければこんな好機二度と無いぞ!」
「だからどうしてそんな……!」
「あー、ずっこい。月姫ちゃんそこは説明してねーんだ」
ふと、メアリーが口を開いた。すると、それにひっぱられるように月姫以外の全員がメアリーに注視する。
「……どういうことだい。先生、まさかまだ僕達に黙ってることがあるの?」
「うん、あるよ。しかもいっちゃん大事なの」
「黙れ!」
月姫が急に焦ったように声を上げ、銃を向けた。
「待って」
しかし後ろからぬっ、と現れたセンチュリオンがその腕を掴み、無理矢理メアリーから銃口を遠ざけてしまう。
「離せセンチュリオン! 今やらなければもうチャンスは無い!」
「……話して、メアリ」
「聞く必要は無い! 結季奈、お前はそいつの時間稼ぎにつき合わされているだけだ!」
「でも!」
今度は結季奈が声を上げた。月姫の言葉をかき消すほどの鋭い言葉に一瞬の静寂が訪れる。
「……聞かなかったら、多分後悔する」
「……!」
「ふふん、流石だね結季奈。アンタのそういうとこ大好き私」
メアリーが笑う。しかし結季奈の表情は硬いままだった。
「……話して」
「いいよ。簡単に言うとさ、私を殺せば世界が終わんの」




