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第五十三話:いいんだよ

「……」


 あとに残ったのは沈黙。皆、たった今明かされた情報をどう受け止めるか思案しているようであった。今回ばかりはただで済む相手ではない。いや、これまでもそうであったが。全員の表情は緊張からか堅かった。


「いやぁ……驚いたなぁ」


 ふと、間抜けな声がした。全員が顔を上げると、トーマが笑っていた。いつものように、屈託無く。


「トミー」

「トーマ……」

「まさかメアリがそんな強いイコンだったなんてね……驚いちゃったよ」


 そう言ってトーマが立ち上がる。やんわりとした雰囲気は場の緊張をほぐすのに一役買ったのか、微妙な笑みが零れる。


「僕、ちょっと屋上に行ってくるね」


 そう言ってトーマは席を離れ、結季奈の元へやってきた。


「ちょっと話そう」


 そして、小さな声でそう言った。訳もわからず結季奈は無意識に立ち上がり、トーマの後に続いた。


「……」


 屋上に出てからも、二人は黙ったままだった。ゆっくりと歩みを進め、中心まで来たあたりで、突然トーマが口を開いた。


「ねぇ、結季奈」

「何?」

「無理……してないかい?」


 結季奈が眉をひそめる。


「……いや、別に」

「そうかい?」

「うん」


 またトーマが黙る。結季奈に顔を向けず、時折何か言いたげに息を漏らすが、それもまたすぐに飲み込んでしまう。


「……ねぇ、話って」

「君はこの三日間、ずっと〝いつも通り〟だったでしょ?」


 突然、トーマが結季奈の言葉を遮った。


「えっ」

「僕はそれがちょっと怖かったんだ」

「どういう……」

「結季奈はもう、泣けなくなっちゃったんじゃないか、って。頑張りすぎて、戻って来れなくなっちゃったんじゃないか、って」


 トーマが振り返る。珍しく、少し不安そうな顔をしていた。


「結季奈。君は……僕が思っていたよりよっ……ぽど強い。だから僕は、それに甘えてしまってたんだ」


 手に感触。ふと結季奈が目を落とすと、トーマに手を握られていた。革の手袋越しではなく、しっかりとトーマの手に手が握られていた。

 突然、結季奈の全身から力が抜け、その場にへたりこんでしまう。トーマはそれについていくようにゆっくりしゃがみ、結季奈と視線を合わせた。


「……ごめんね。君を頑張らせ過ぎちゃった」

「そんな……ことないよ……」


 ふと、頬に違和感を感じた。空いている方の手をやると、指先に何か液体が触れる。見ると、涙だった。


「……あれ」


 泣いている。自分は今、泣いている。そう認識した途端、視界がぼやけ始めた。


「あれ……何だろ、おかしいな……」


 顔を上げる。ぼやける視界の中にトーマの顔が映り込んだ。ぼやけてはいるが、トーマが優しく微笑んでいることはわかった。


「変だよね……ごめんね? いや、泣いちゃだめなのに……トーマ達の方がもっと大変なのに……」

「結季奈」


 優しく、名を呼ばれた。


「いいんだよ」

「……!」


 瞬間、全てが溢れ、勢い良く噴出した。一気に涙と感情が溢れだし、結季奈の口を押し上げて言葉が出てくる。

 メアリ。

 その名が、結季奈の感情を解放した。


「メアリ……メアリ……! 私は……! 私は! う、ううっ、う……うわ、あ、あああ……あああああああああ……っ!」


 メアリ・スミス。私の──わたしの、ともだち。


「ああああああああああああああああああッ! メアリいいいいいいいいいいいいいっ! うわあああああああああああああああああああッ!」


 息がつけない。全身が泣き叫んでいる。泣いても泣いても涙は溢れ、感情の抑制が効かない。

 肩に感触。トーマの片手が結季奈の肩に置かれていた。

 結季奈は泣く。この三日間、押し殺してきた全てを吐き出し、その反動のように延々と泣き続けた。

 メアリ。どうして私を騙してたの?

 忠雪は無事なの?

 私はどうすればよかったの?

 シグは、菜緒ちゃんは。彼らにはどうしてあげればいいの?

 わかるわけがない。そんなの、一人の高校生が背負いきれるものではない。天を仰ぎ、子どものように泣きじゃくる結季奈の傍で、トーマはじっと結季奈を見つめていた。


 ***


「……」


 どれくらいそうしていたかはわからない。ただ、大分長い時間そうしていたのはわかる。その間、トーマがずっと傍に居てくれたことも。


「……ごめん」


 結季奈が口を開く。


「君は悪くないよ」


 トーマが優しく笑いながら言う。

 ああ、本当にこいつは──強いんだな。結季奈はそう思った。結季奈程ではないにしろ、トーマだってメアリと友達だった。忠雪を探し、辺りをずっと駆け回っているのも、相澤に何かしてあげられないかと悶々としていたのも、結季奈は知っている。


「ねぇ、結季奈」


 ふと、トーマが口を開いた。


「僕は覚悟を決めた。やらなくちゃいけないことを……やるよ」


 その瞳には覚悟が滲んでいる。


「それで、その……君がよかったら、なんだけど」

「……」

「どうか一緒に戦って欲しい。君の力を貸して欲しい」


 はっきりとそう言った。〝君を護る〟かつてそう言った言葉はここへ来て〝一緒に戦ってくれ〟と、そう変わった。


「……うん。わかった」


 ゆっくりと、しかししっかりと結季奈が頷く。

 散々泣いた。もう充分だ。次は前を向いて進む時。結季奈もまた、覚悟を決めた。


「そっか。じゃあ、行こう」


 トーマが結季奈の手を取る。そうして二人は力強く立ち上がる。


「……僕らの友達に会いに」







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