第五十二話:一連のイコン事件は……全て繋がっていたんだ
「私は、どれくらい……」
「三日間だよ」
「三日……三日か……」
結季奈が宇琳に連れられ階段を降りると、早速大部屋のテーブルに向かっている月姫の姿が目に入った。
「先生!」
結季奈が月姫の名を呼ぶ。すると月姫は結季奈の存在に気づき、一瞬固まったがそのままいつもの調子で話し始めた。
「あぁ……結季奈か。心配かけたな」
「大丈夫です。無事でよかった……」
結季奈が安堵の息を漏らすと、月姫はそのまま椅子を勧めた。話すことがあるからかけろ、というのだろう。もとより結季奈も月姫に聞きたいことはある。勧められた通り素直に椅子に腰を下ろした。
「さて……私が寝ている間のことは大体聞いた。皆、心配をかけたな」
「いいのよ、それより聞きたいことがあるわ」
「ああ、メアリーのことだな」
メアリー。その名前が出た瞬間、全員の表情が硬くなった。
「まず……そうだな。あいつがイコンだというのは本当だ。それも、そこらのイコンとは比べ物にならない程強大なやつだ」
月姫の言葉に結季奈が視線を落とす。
「というとやっぱり……あの〝メアリー・スー〟……?」
「そうだ」
無感情に返って来た返事に結季奈は打ちひしがれ、今度は深く息を吐いた。
「説明して欲しいな。結季奈がそんな風に言うなら、やっぱりメアリはそれだけ強力なイコンなんだろう?」
「ああ。そうだな……そもそもメアリー・スーとは、ある原典の二次創作上に存在するキャラクターだったんだ」
「二次創作?」
宇琳が首をかしげる。
「一つの原典の設定や世界観を使って別のお話を作ることよ。合ってるわよね?」
「そうだ」
「んー、でもそうするとそんなに強いイコンにはならないんじゃないの? 宇琳、にじそうさくから出てきたイコンなんて会ったことないよ?」
宇琳の言葉にトーマとセンチュリオンもそうだそうだと首を振る。この三人の反応を見るに、やはり二次創作出身のイコンなどほとんどいないのだろう。言われてみればその通りだ。イコンになれる程の人気を集めた二次創作など、それはもはや一つの原典と言ってもいい。
だからこそ、メアリーが二次創作から生まれ、ましてや他のイコンを圧倒する程の力を持つなど、あまりにも現実味に欠ける話なのだ。
「そうだな。奴がそのままの存在だったらその通りになっていた」
「?」
「ここで重要なのは、メアリーの原典に一種の風刺が込められていたことだ。二次創作はまさに玉石混合の世界。原典に負けない素晴らしい作品もあれば、作り手の技術が未熟な作品もある。メアリー・スーとは、そんな中で原典の世界観や魅力を台無しにする、不自然に完成された創作キャラクターへの皮肉を込めて生み出されたキャラクターだったんだ」
「ええと……つまり、どういう」
「原典には原作者によって綿密に作りこまれた世界観や設定、そしてそれがあるから生まれる魅力がある。だがもし……そうだな、そこに原典の誰でもまったく歯が立たないほど強かったり、原典の誰からも無条件で愛される創作キャラクターが出てきたらどうなる?」
月姫の言葉にイコン達は一斉に顔をしかめた。原典の、物語の中に生きる彼らにとって、そういったキャラクターは異物となる。そのあたりの感覚は結季奈より鋭いはずだ。
「わかるだろう? メアリー・スーとは、そういったアンバランスな二次創作への皮肉を背負わされたキャラクターだったんだ」
「なるほど……」
「だが、ここからが問題だ。二次創作につきものなこの問題に名前を与え、呼称するのにメアリーは便利すぎた。〝メアリー・スー〟という名が一つの創作用語になってしまったんだ」
そこまで言うと月姫はまるで一同に考えさせるように一息ついた。
「……原典の魅力、バランスを崩壊させる不自然なキャラクター。それがイコンになれば充分に脅威だが、それまでは二次創作故の限界か、イコンになる者はいなかった。しかし、だ。こうして〝メアリー・スー〟と一まとめに呼ばれるようになり、充分な知名度、人気を得てしまった。そうして生まれた、ただでさえでたらめな力を持つメアリー・スー達がよりあわさって一人を形成しているイコン。それが、あいつだ」
月姫が顔を上げる。視界に映ったイコン達の表情は、話を始める前に比べて暗い。メアリーが只者ではない強力なイコンだとなんとなくは理解はしていたが、まさかここまでだとは思わなかったのだろう。
「……もう一つ」
まるでもうその話は聞きたくないと言わんばかりにセンチュリオンが口を開く。そのままゆっくりと立ち上がり、窓のカーテンをそっと開く。その先には、相変わらず正気を失った神保町があった。月姫はその光景を見ると隠すこともなく舌打ちし、渋面する。
「これは……どういう状況なのかしら?」
「メアリーの計画の最終段階だ……」
「最終段階?」
「ああ。一連のイコン事件は……全て繋がっていたんだ」
そう言いながら月姫がセンチュリオンに手招きする。
「改変を起こすということは、その成否に問わず、一度世界の存在を歪めることだ。わかるだろう? 新しいものを置くには、先にそこにあったものをどかさなければならん。同期前の改変世界とはいえ、現実世界に少なからず影響がある」
「〝今、ここにこの世界がある〟前提を崩す、ってことでいいのかな?」
トーマの捕捉にそうだ、と返事が帰ってくる。
「そんなことを繰り返し、世界を破綻させる。それがあいつの計画だ。そら、木の板に開けたネジの穴なんかがわかりやすいだろう。何度も締めたり緩めたりしていれば穴が潰れて使い物にならなくなる」
「……それと、あのペンは?」
トーマが質問を重ねた。月姫はぶつけれた質問を咀嚼するように黙り、考え、探るように言葉を続けた。
「詳しくは私にもわからん。だが……恐らく相当な力を持ったものだろう。〝メアリー・スー〟のイコンとしての力だと考えると、そう思わざるを得ない」
「……」
再び、沈黙が訪れる。
「メアリー・スー……」
無意識に結季奈の口から呟きが漏れる。月姫はその呟きに反応し、結季奈の方へ目をやるが、やはりそのまま黙り込んでしまった。
「……以上が私の戻った記憶の全てだ。この状況になるまで忘れてしまってたとはな……全く情けない話だ。なんにせよ、早急に手を打つ必要がある。私はこれから忠雪、メアリー両名を居場所を探る。それまで各自己の判断で動け。頼んだぞ」
唐突に話を切り上げた月姫はまくし立てるように言うと、そのまま部屋へ入っていってしまった。




