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第五十話:〝男〟の覚悟を、無駄にできるの?

「メアリー・スー……」


 結季奈の口からその名が反芻される。対してメアリーは意地悪く笑うだけだった。

 どういうことだ?メアリがイコンで?自分をずっと狙ってて?ずっと──ずっと、事件の裏に、いた?


「……はは」


 結季奈の口から乾いた笑いが漏れる。もはや彼女が受け止めきれる情報の許容量を越え、ほとんど無意識に出た笑いだった。


「ちょっとした言葉遊びだよね。〝メアリー・スー〟と〝メアリ・スミス〟。隠す気ねーだろってくらいそっくりなのに誰も気づかねーの! もうほんとおっかしくてしょうがないんだけど!」


 ちらと、シグを見やる。


「アンタらが来たときはちょっとひやっとしたけどね。まぁいいや、今更気づいたってもう遅いし」

「なんで……」

「あン?」


 相澤が静かに口を開いた。その言葉にメアリーは半ば無意識に反応し振り返る。そこでは相澤が俯き、その場に座り込んだまま小さく震えていた。


「なんで……先輩を……」

「ちょっと邪魔だったんだよね。まぁ、負けることはないだろうケド野放しにしとくのはちょっと面倒なことになりそうだったし。そんなとこ」

「そんなことの為に……先輩を……!」

「私じゃねーよ」


 ずい、と、メアリーが相澤の前に顔を持って来る。


「〝アンタがやった〟の」

「!」


 瞬間、メアリーの横から勢い良く蹴りが飛んで来る。しかしそれが届く時にはもうそこにメアリーの姿は無かった。


「耳を貸すな! 君は悪くない!」


 トーマだった。


「私が……」

「菜緒ちゃん! しっかりするんだ!」


 無駄だよ、と声がする。声がした方を見るとメアリーが拳を腰のあたりに引いている。

 衝撃。トーマが腹部に衝撃を感じると同時に勢いよく吹き飛ばされ、後方の壁に突っ込んだ。


「あれ? どうしたの? 私何かしちゃいましたぁ? ま、流石にトーマ相手にどうこうはされねーわ。こいつハンドボールくらいにしか才能無いしね」

「くっ……そ!」

「もうそろいい? こっちとしてはさっさと次行きたいんだよね」

「次……?」


 そう言うと、メアリーがどこからともなく一本のペンを取り出した。ペンとしては少々大型で、金メッキを施したように黄金に輝いている。


「何……それ……?」

「なんだと思う?」


 メアリーがニヤリと笑い、ペンに宙で何かを書くように振るう。その瞬間、結季奈は方向感覚を失った。


「何……!? これ……!?」


 足元のタイルが無くなる。しかし見てみるときちんとそこにある。しかし今度は瞬きをすると消えた。いや、ある?

 今度は天井に頭をぶつける。しかし見てみるとそもそも天井はない。そこで結季奈は自分がいつの間にか寝転んでいることに気づいた。同時に、自分が立っていることを理解する。


「う……」


 吐き気を感じた。足元がはっきりしないことへの不快感。神経はまるで何かの入れ物に入れられめちゃくちゃにふりまわされているような感覚を訴えているのに、同時に自分はその場に立ち尽くしているだけということも伝えてくる。

 わけがわからず頭が混乱する。見ると、他の者達も同様に青い顔をしている。メアリーだけが平気そうな顔をしていた。


「あんた……何……して」

「まぁ見なよ」


 苦しそうに声を出す結季奈を前にメアリーが言い、同時に背後の壁を指差す。その瞬間、音も無く一瞬で壁が〝消失〟した。


「え」


 瞬きの一瞬。まるで初めからそこに壁など無かったように。しかしまた次の瞬間には壁が現れている。突然世界がゲームのバグに侵されたかのように、物が消えては現れてを繰り返し始めた。

 しかし結季奈が驚いたのはそれにではない。見えたのだ。壁が消えた一瞬、一瞬しか見えなかったのに、彼女の網膜に強烈に焼きついてしまった光景が。

 世界が、壊れている。空は形容しがたい気持ちの悪い色に覆われ、消失と出現を繰り返す建物の間でくねくねとまるで踊っているようにその身をくねらせる高いビル。人や生き物はその一切が消え、目に見える悪い空気が漂っていた。


「……!」

「いーや最高! 最高だよホント! これぞクライマックスって感じだよね!」

「あんた……本当に何言って……!」

「さーてじゃあそろそろ……とどめいっちゃう?」


 メアリーが結季奈をゆっくりと見下ろす。まるで彼女の声など聞こえてないかのように言うと、右手で手刀を作った。

 とっさに結季奈が後ずさる、そのあと思い出したように両手で頭をかばった。メアリーはそんな結季奈を見てけたけたと笑い、

 一気に右手を振り下ろした。


「うあああぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁあッ!」


 誰かが叫んだ。はっと結季奈が目を開けると、同時に彼女の目の前を刀の切っ先が横切って行った。


「忠雪!」

「おー、誰かと思えば忠雪じゃん。おひさぁ」


 忠雪がメアリーと結季奈の間に割って入っていた。本物の刀でメアリーの手刀を受け止め、鬼気迫る表情で相手を睨みつけている。


「お前はッ! お前だけはッ!」

「そう怖い顔すんなよ。従順だった頃のアンタはもうちょっとかわいい顔してたぜぇ?」


 その時、結季奈の体が物理的に持ち上げられ、しりもちをついた。。突然のことに混乱した結季奈が足元を見やると、宇琳の人形達が結季奈を抱え上げていた。

 次の瞬間、宇琳の顔が視界に映りこむ。いつもの気の抜けた表情ではなく、深刻な顔をしていた。


「ちょっ……宇琳!?」

「逃げるよ!」


 鋭く宇琳が言い放つ。宇琳の人形達は他にも相澤やトーマを抱え上げており、宇琳を抱え上げた一団と合流し、さながら空飛ぶ絨毯のようになった。


「待ってよ! 忠雪が!」


 結季奈が抗議するが宇琳は反応しない。そこへシグと月姫を抱えたセンチュリオンが合流し、並走し始める。


「ねぇ! 待ってってば! 忠雪が!」

「結季奈!」


 宇琳が振り返る。


「〝男〟の覚悟を、無駄にできるの?」

「!」


 今まで聞いたことの無い、宇琳の深刻な声が結季奈の鼓膜を刺した。隣を走るセンチュリオンも真顔で、何も言わない。トーマですら、そうだった。

 結季奈がゆっくりと首を回す。しかし──


「駄目よ、振り返っちゃ駄目」


 センチュリオンがそれを制した。

 忠雪は皆を逃がした。絶望的に強大なメアリーから結季奈を、トーマを相澤をシグを──皆を庇ったのだ。

 そんな侍の覚悟を無駄にできるのか。結季奈は歯を食いしばり前を向いた。忠雪が作った時間を、最後の一瞬まで有効に使う為に。

 瞬間、結季奈の頭をかすめるように瓦礫が飛来する。それと同時に、背後から凄まじい怒声が響いた。


「……ッ!」


 全身が鳥肌立つ。背後で壮絶な戦いが繰り広げられている。もう四の五の言ってられない。


「来るわよ!」


 センチュリオンが叫ぶ。瞬間トーマが散弾銃を抜き、背後から飛来する瓦礫を撃ち落した。


「宇琳いいいぃぃぃぃいいぃいぃいいいいいんッ!」


 人形が加速する。急に速度を増した人形の一団に結季奈は振り落とされないよう、必死にしがみついた。


「うわああああああぁああぁぁあああぁぁぁぁ!」


 全身にありとあらゆる方向から重力がかかる。その場でふりまわされているような感覚をなんとか制御しながら、結季奈にできることは叫ぶことだけだった。


「出るわ! 皆掴まりなさいっ!」


 センチュリオンの声。その言葉に結季奈は全身にますます力を入れ、体を固定する。

 瞬間、人形が大きく跳ねた。下から突き上げるような力に結季奈は叫び声を上げ、ただただしがみつくことしかできなかった──







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