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第五話:せっかちな子ね

「……えぇと、話をまとめると」


 結季奈が落ち着きを取り戻したのはそれから三時間後だった。忠雪だけでなくトーマまでもが現れ、先ほどまでの出来事は現実だったという事実を突きつけられ、失神しなかっただけ立派だったと思えるほど取り乱してしまった。

 当のトーマはというと結季奈を驚かせたことに責任を感じたのか部屋の隅で大人しくしている。


「トーマ達は物語の世界から現実に出てきた〝イコン〟と呼ばれる存在で……現実を作り変えてしまう悪いイコン達と戦ってるってこと……ですか」

「そうだ」


 月姫が語ったことは到底結季奈には信じられない話だった。

 まず、トーマや忠雪らは物語から現実へ飛び出してきた本物。〝イコン〟と呼ばれる彼らはイレギュラーな存在として特殊な力を持つが、その最たる例として現実を作り変える〝現実改変〟がある。結季奈はついさっき忠雪によって引き起こされた改変に巻き込まれ、幕末日本に書き換えられた神保町をさまよったのだった。

 月姫らはそんなイコンと戦い、現実の世界を守ることを目的としており、トーマが忠雪と戦ったのもそんな理由があったのだ。


「……いや、流石に無理があるっていうか……信じられないです。だって、そんなヤバいことが起こってるならなんで今まで話題にもならなかったんですか?」

「そう、そこだ」


 月姫は結季奈の質問に対し、手を打つと立ち上がり、いつの間にか傍に置かれていたホワイトボードの前まで移動した。


「イコンによる改変はすぐに達成されるわけじゃない。イコンの存在根拠になる本やディスク……我々は〝原典〟と呼んでいるが」


 月姫はすらすらと流麗な字をホワイトボードに書き連ねていく。


「その原典から生まれ出たイコンを中心に改変が起こり、そこからじわじわと現実を蝕んでいく。だから改変が達成される前にそのイコンか原典をなんとかしてしまえば改変はおさまり、初めからなかったことになるんだが、この改変途中の世界は既に存在している現実との同期ができていないから同じイコン以外は入って来れないんだ」


 ホワイトボードには既に文字以外に図が記され、それのおかげで結季奈はなんとか話についてこれていた。


「なのにお前はこの改変世界を認識し、入ってきた。何故だ? お前はイコンじゃないはずだろう?」

「え、えぇ……? そんな私に聞かれても……」


 不意にぶつけられた質問に結季奈は困惑し、答えに窮した。


「ふむ……心当たりはない、か」


 月姫はそう言うと近くのソファに腰を下ろし、一人思案を始めた。既にトーマは席を外しており、再び二人きりになった部屋には嫌な沈黙が流れた。

 気まずい。気まずいし隣で寝ている忠雪のことも心配だ。よく見ると、一応拘束具をつけられているようだが、記憶が正しければ忠雪は劇中で縄抜けの技術を習得していた。なんとかしてこの息がつまりそうな状況を打破したい。


「あ、あのっ」


 意を決し月姫に話しかける。予想に反して月姫はすぐに顔を上げた。


「え、えと……あ、月姫……先生もイコンなんですよね?」


 自然と先生という単語が出た。相手が医者だから間違えてはいないのだが、言ってからなんとなく違和感を感じた。


「あぁ、そうだ」

「えっと……何の作品のキャラクターなんですか?」


 なんとなく口をついて出た質問に月姫はきょとんとした顔をした。


「知らないのか?」

「え……はい」


 反対に結季奈は渋面をし視線を外した。オタクの結季奈にとって、相手が何のキャラクターかわからないのは少し屈辱的な話だった。


「そうか……お前でもわからないか」

「えっ?」


 今度は結季奈がきょとんとした。てっきり答えを教えてくれるものだと思っていたのでこの返答は予想外だったのだ。

 月姫は両手を後頭部にまわし中途半端に伸びをする。そしてそのまま続けた。


「実はな、私にもわかってないんだ。記憶喪失というやつだ。まぁ、そういうイコン自体は珍しくないんだが。そら、記憶喪失のキャラクターなんてよくいるだろ? だが私の場合は自分の出典までわからない。正直困っている。お前に聞けばあるいは、とも思ったんだが……」


 わからない、か。まさか記憶喪失とは。色々と現実的ではないが、そもそもイコンの存在自体が現実的でないのだから仕方がない。

 しかしここで結季奈はふと違和感を感じた。

 ──〝お前に聞けばわかる〟?

 今まで普通に流していたが、月姫は何故自分の名前や、古書オタクであることを知っている?

 結季奈は急に目の前の女医が不気味に思えてきた。トーマもそうだが、彼らは自分のことを妙に知っている。ひょっとすると彼らも危ない存在なのではないか?思えば忠雪も自分の名前を知っていた。


「あ、あのっ、私帰ります」


 そう思った次の瞬間には本能的に行動に移していた。帰宅を宣言し、ベッドから起き上がる。


「ん? あ、ちょっと待て」

「すいませんっ、用事思い出して!」


 そそくさとベッドを出ると、部屋の隅に置かれていた鞄を掴み階段へ向かった。月姫が止めるが結季奈の足は止まらない。


「あいたっ」


 と、そこで不意に何かにぶつかりしりもちをつく。


「あらぁ、ごめんなさいね、怪我はない?」

「は、はい……だいじょうぶ、ですっ」


 同時に頭上からいやにねっとりとした声がした。頭を振り、見上げるとそこには百九十センチはあろうかという大男が立っていた。Tシャツの下からむっちりとその存在を主張してくる筋肉は見事としか言いようがなく、ダンディなオールバックは〝いい男〟を象徴している。

 が、そのダンディな男が発したのはオネェ言葉。しゃがみ、結季奈の目線にあわせてきた男の笑みは不思議と安心するものがあったがそれでも発されたのはオネェ言葉だ。


「〝スーパーセンチュリオン〟……」


 結季奈は目の前の大男の正体を瞬時に看破し半ば反射的にそう呟いていた。帰りたい、とは思っていたが思考がすぐそう切り替わるのはオタクの悲しい性か。


「あら! ワタシのこと知ってるの!?  嬉しいわぁ。結季奈ちゃんだったかしら? お察しの通りセンチュリオンよ! よろしくねっ!」


 センチュリオンと名乗ったイコンは結季奈の手を握り上下に振る。やや強めの握手に結季奈は呆けたようにされるがままになっていた。


「センチュリオン。帰ってたのか」

「宇琳もいるよー!」


 不意にセンチュリオンの背後からまた一人現れた。これは──先ほど忠雪の前に現れた中華服。結季奈よりやや小柄な少女は間違いなくあの場にいたイコンだった。


「ねぇねぇ、宇琳(ゆうりん)のことは知ってる?」


 宇琳と名乗ったイコンは腰から九十度横に体を倒し結季奈の顔を覗き込む。瞳に星が散りばめられているような無邪気な瞳に二つのシニョンキャップが印象的だった。


「え? えぇと……宇琳……ゆうりん……あ、〝娘滸伝~人形師宇琳の珍道中〟。二〇〇三年だっけ?」

「うわー、すっごい! 大正解だよー!」


 宇琳は嬉しそうにそう言うとそのまま結季奈に抱きついた。宇琳の設定に照らし合わせれば彼女は年下にあたるはずだが、なんとなく大人な香りがした。


「ちょっ……わ、私帰るからっ!」

「およ、そう?」


 結季奈は宇琳をやや強引にどけると今度こそ部屋を後にした。視界の隅にセンチュリオンと宇琳の残念そうな顔が映ったがそれよりもさっさとこの場所から離れたかった。


「あらぁ、せっかちな子ね」

「……」






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