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第四十九話:改めて、お見知りおきぃ

 その場にいた者全員が振り返った。それまで聞いていなかった声が現れたからだった。崩落した大手町構内。振り返るとその先には──


「メアリ?」


 メアリが居た。


「ごめんネ結季奈。やっぱり心配になっちゃっテ」

「あ、そう……もう、脅かさないでよ」


 メアリは曖昧な笑顔を返しながら歩いてくる。


「それともう一つゴメンネ。全部……聞いてた」

「……そうか。口外厳禁だぞ」


 メアリの言葉に月姫は振り返らずに答える。メアリはもちろん、と軽い返事を返すとそんな彼女の隣に立ち、その場にしゃがんだ。丁度シグと目が合わせられる位置だ。


「しかしメアリ、君……よくここまで来れたね」

「さっき来た所だヨ。私が来たときにはもう何もいなくなってた」

「そっか」


 新たに現れた者が知り合いだったからかトーマは安心したように軽い口調で声をかける。その言葉にメアリも振り返らず答え、相変わらずシグを見つめたまま、月姫に呟くように言葉を投げた。


「私にも言わせてもらっていい?」

「……」

「ねぇ、シグ? 私はネ、シグも立派なヒーローだと思うヨ?」


 ちらと、メアリが相澤の方を見やる。彼女だけは疲れ果て呆けており、メアリがその場に現れたことにも気づいていないようだった。


「ナオを守ったじゃん。かっこいいヨ。それにさ」


 そう言い、メアリがシグの顔を覗き込む。蒼い瞳と黒い瞳が互いを見つめ合う。


「ホントの悪党って、自称したりしねーンだよ」


 また聞いたことの無い声。続けて鈍い音がした。

 ──え?

 結季奈の視界に赤い液体が飛び散った。その中心でシグが床に頭を押し付けられている。

 ──えっ?

 何が。何が起こった。誰かが叫ぶ声が遠くに聞こえる。

 シグ?ねぇ、あんた、今、どうなって──


「結季奈!」


 名を呼ばれ顔を上げる。一気に現実に引き戻され、頭にすさまじい勢いで情報が送り込まれていく。

 顔を上げる。目の前にはメアリが立っていた。メアリが、メアリが立っ──メアリ?


「はーい、チャプタークリア。おめっとさーん」


 そのメアリが、軽妙な身振り手振りで笑っている。周囲の者は皆、呆気に取られそんなメアリをぼんやりと見ていた。


「ん? 何? なんかシケてね? ホラ喜びなよ。とりあえずこの案件は終わりだよ」

「お前は……何を言って」


 やっと月姫が声を上げた。一瞬で様子が変わったメアリはそんな月姫の反応を愉快そうに眺め、にんまりと笑った。


「あ、そっかあんたらにとっちゃこっちが目的か」


 そう言ってメアリが指を鳴らす。すると先程まで呆然と座り込んでいた相澤がびくんと体をふるわせ、はっとしたように顔を上げた。そのまま、メアリと相澤の目が合う。


「あ……い、嫌……!」


 すると、メアリがそこにいることを認識した相澤が恐怖の表情を浮かべ、座り込んだまま後ずさりした。


「あぁ何? んな怖がンなって。もうアンタには興味ねーからさ」


 相変わらずメアリは底意地の悪そうな笑みを浮かべたまま、ひらひらと手をふる。


「あぁでも、悪い子になったアンタは可愛かったかもなぁ」

「お前が……!」


 悔しそうに月姫が顔を歪める。その隣で結季奈は相変わらず呆然としていた。

 ──誰だ。あそこにいるのは、誰だ。メアリじゃない。メアリじゃない誰かが、そこにいる。メアリの皮を被って、メアリの声で、何かを言っている。


「あんた……いったい……」


 無意識に、か細い声が漏れる。メアリはその声を拾うと、もったいぶった動きで大げさに振り返って見せた。


「黒幕ちゃんでーす。改めて、ヨロシクぅ」


 静かにそう告げる。

 瞬間、その場の時が止まった。


「──ッ」


 声が、出ない。メアリが黒幕?悪い冗談だ。そんなの、あって──あって、たまるものか。

 メアリはそんな結季奈を前に笑っていた。極めて愉快そうに、どこまでも底意地悪く、美しく。崩落した天井から差す月明かりに照らされた彼女の姿は芸術品に見えてしまう程だった。


「黒、幕……? あんたが……?」


 さっ、と結季奈の前に誰かが出る。トーマだ。険しい顔をしたまま、探るように腰に手を伸ばしている。


「笑えないよ。メアリ」

「私は笑えるけど。あっははは! おっかしいね!」


 腹を抱えてメアリが笑い出す。段々と指先が銃把へと近づいていくトーマを前に、ひたすらにおちょくるような態度を取り続けるメアリ。そんな彼女の姿に結季奈は段々と不気味なものを覚え始めていた。


「君は……」

「まぁいいや。私もやることがあってここへ来たわけだし。まずはクリア報酬!」


 突然笑うのをやめたメアリは両腕を広げ、高らかに宣言した。そして右手で拳銃を形作ると、月姫へ向けた。


「!」

「先生!」

「ばぁん」


 メアリが発砲する真似をする。その一言に、水を打ったような静けさが場を満たした。


「う?……! ぐ、う、あぁっ……!? あああぁぁぁああぁぁああぁあッ!」


 瞬間、月姫が頭を抱え苦しみだした。


「先生ッ!」

「あーわてんなって。今、月姫ちゃんの記憶を全部戻しましたー。詳しい話は彼女から聞くんだね」


 そういうメアリの眼前で月姫は気を失い、その場に倒れこんだ。未だに混乱したような顔をしているセンチュリオンがおぼつかない手つきで抱え上げるが、ぐったりと頭を垂れ、ぴくりとも動かない。


「ふふん」


 呆気に取られたままのイコン達。彼らの視線を浴び、得意げな顔をしたメアリは小さく鼻を鳴らした。


「次は……情報開示かな。私が改変世界へ入ってこれた理由。教えてやんよ」

「改変? ……まさか!」


 トーマが声を上げ、何か言葉を続けようとする。すると次の瞬間、メアリがトーマの前に現れ、優しく口を塞いでいた。


「シィー……慌てんなって大事なトコなんだからさ……」

「……!」

「気を取り直して……」


 驚愕の表情を浮かべるトーマを前にメアリがゆっくりと元いた位置へ戻っていく。そして月明かりが自身に差す場所へ立つと、再び大げさな動きで振り返った。


「私もさ、イコンなんだよ」


 心底愉快そうに、そう言った。

 結季奈の体から一切の力が抜け、その場に膝をついてしまう。

 メアリが──メアリ・スミスが──イコン?自分はずっと、イコンと一緒にいたのか?


「いーやトーマとシグが学校に来た時は流石にちょっと焦ったよね! いよいよバレんじゃねーかってさ! でも全然バレねーの! ま、トーマは頭空っぽみたいだから初めからあんまし警戒してなかったケド」

「そんな……嘘でしょ……」

「う、そ。なわけねーじゃん! よく考えてみオタクちゃん。容姿端麗、文武両道で他人ウケもいい、まさに非の打ち所のない転校生! ……ンな奴そうそういるわけねーだろ。居たとしてもそんなの創作物の中の〝あいつ〟だけじゃね?」


 メアリが脱力しきった結季奈の前にゆっくりと歩みよって来る。トーマがとっさに間に入ったが、メアリが無造作に手を振るとまるで鮮やかな合気術をきめられたかのようにようにその場に転がされた。


「創作物の中の……まさか、あんたって……」


 メアリがにんまりと笑う。


「イグザグトリィ」


 そのまま何も無かったかのように歩き続け、


「マイ、ネーム、イズ……」


 結季奈の前に立ち、


「〝メアリー・スー〟。改めて、お見知りおきぃ」


 この世の全てが無意味に思えるほど美しく、笑った。








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