第四十七話:どうなってようがあいつはあいつだ!
「く……シグ!」
とっさに応戦しようとするがシグの方が速い。トーマの前でシグは軽くステップを踏み、その勢いのままトーマの顔へ回し蹴りを放つ。反応が遅れたトーマはそれをもろに受けてしまい、勢いよくなぎ倒された。
なんとかその勢いのまま体勢を立て直し、銃を向けるが相変わらずその動作までシグの方が速かった。
「今の言葉を聞いても彼女がいつも通りだって言えるのか!?」
「どうなってようがあいつはあいつだ!」
完全に冷静さが失われた。向かい合う二人のイコンは頭に血が上り、トーマでさえも本気の臨戦態勢に入ってしまった。
シグが右腕に手を伸ばす。
「タクティカルコード〝エム・ガーデン〟ッ!」
高らかにそう宣言すると縦穴の上空に無数のワームホールが現れた。トーマが目を見開き、それらを見上げていると、ゆっくりと大小様々な無人機達が姿を現す。この数を一人でさばくなど不可能だ。どうやらシグはここで決着をつける気のようだ。
「……!」
反射的に背中の散弾銃に手を伸ばす。心のどこかで無駄だと思いながら銃口を上空へ向けた。狙いなどつけずに、引き金を引く──
よりも早く、ワームホール近くの壁が大きな音をたてて崩れた。丁度近くのワームホールから現れたロボットが開いた横穴に飛びつくが、次の瞬間頭を落とされ、火花を散らしながら落下していく。さらに一拍置いて、そこから人が顔を覗かせた。
「えっ……?」
忠雪だ。見慣れた顔を認識したと思った瞬間、その横穴から忠雪、センチュリオン、月姫、宇琳、そして結季奈──見知った顔が次々に飛び出してきた。
「えええええええええ!?」
「なにこれええええええ!」
トーマの驚愕の声と結季奈の絶叫が同時にこだまする。その姿を大きく変えた地下鉄構内にひどくうるさく響き渡った。
「落ちるうううううう!」
「これは……! シグだな……!」
月姫が渋面をしながら状況を分析した。すると、死角から月姫の白衣に手乗りサイズの蜘蛛形ロボットが取り付いた。
「く!」
「先生! 動かないで!」
が、すぐにセンチュリオンがそれを掴み、握りつぶした。ロボットは奇妙な鳴き声を上げるとただの鉄屑に成り果て、火花を散らしながら落下していった。
「結季奈ぁー! 宇琳に捕まって!」
落下しながら悲鳴を上げていた結季奈が宇琳の声を捉える。声がした方を見ると、やや下方で宇琳が大きな布を広げふわふわと落下している。
結季奈は落ち着いて手を伸ばし、上下にすれ違う寸前で宇琳の腕を掴んだ。自分よりも小柄なはずの宇琳の腕は存外しっかりとしており、結季奈がぶらさがっても危なげなくそこにあった。
すぐに関心は自己の無事から他者の無事へと切り替わる。視線を乱雑に振りまくと、空中で浮遊するセンチュリオンとそれに抱きかかえられた月姫、相変わらず何にも掴まらないまま、落下しつつ手当たり次第に機械を斬っている忠雪が目に入った。
「忠雪!」
「お気になさらず!」
忠雪は無人機を斬りながら、それらを足場に落下の勢いを弱めていく。やがてトーマとシグの間に降り立ち、刀の切っ先をシグに向けた。それに続いてセンチュリオン、宇琳が同乗者を伴ってトーマの背後に降り立った。
少し長めの沈黙が流れる。その場に居る者全員が他者の出方を伺うような微妙な沈黙が。
そしてシグが呼び出した無人機達が着地する。忠雪の餌食にならなかった個体が活動を開始すると、戦場も動いた。
「……シグ! もうやめて!」
まるで示し合わせたように忠雪、宇琳、センチュリオンらが無人機への対処を始めると、結季奈が声を上げた。
「多摩川まで……相澤は渡さねえぞ」
「シグ、落ち着け、私が悪かった。相澤の命は保障する。だから話を聞け!」
「信じられるか!」
月姫も説得に加わるがシグは聞く耳を持たない。相変わらずの臨戦態勢で、新たに現れた結季奈らを敵が増えた、としか認識しない。
「危ない!」
トーマが叫び、両者の間に割って入る。するとすぐにその地点に人型の無人機が降り立ち、拳を振るった。トーマはそれが振り下ろされるより早く腕の中で散弾銃を回し、腕の接合部のあたりを撃ち抜いた。
無人機が倒れると、その先にいるはずのシグの姿が無い。はっとして振り向くと背後にシグが立っていた。その場で一回転し、勢いの乗った拳が横薙ぎにトーマに振るわれる。
「うぐっ……!」
「トーマ!」
結季奈が叫ぶ。間髪入れずにシグは右腕に手を伸ばし、何かを呟いた。すると突然結季奈の頭上からけたたましいサイレン音が響く。見上げると、ミニチュアの爆撃機が今まさに結季奈に向けて急降下してきていた。
「結季奈!」
月姫とトーマが同時に叫ぶ。月姫が結季奈を庇うように押し倒すのと、トーマが散弾銃を向け爆撃機を撃ちぬくのは同時だった。
「大丈夫か!」
「は……はい……」
月姫の言葉に気の抜けた返事を返す。
今、自分は命を狙われた。シグに、命をおびやかされた。その事実に結季奈は全身から力が抜けてしまった。
シグとはそれなりの時間を共に過ごしたはずだった。学校で、学生として、イコンを受け入れてからはイコンとしてのシグとも時折時間を共にした。そんなシグに命を狙われたのだ。その事実が底の見えない恐怖となって結季奈を脱力させてしまう。
「……どうして」
無意識に声が漏れる。か細い呟きだったが、戦場の喧騒の中からシグはそれを聞き取り、結季奈に目を向けた。
「これが俺だ。お前らが勘違いしてただけで、これが本来の……悪党の〝シグ〟なんだよ」
「違うよ……あんたは……」
「違わねえ!」
シグが叫ぶ。今まで聞いたことのないような感情をむき出しにした声だった。
そのまま指を走らせる。その動きは危険な程美しく、彼の手前に現れた複数の人型のロボットと合わさり小さなアンサンブルのように見えた。
そんな楽団に筋骨隆々のシルエットが飛び込んでいく。センチュリオンだ。結季奈を追い越すように飛び出したセンチュリオンは先頭のロボットの腕を勢いよく突き上げ、その先端に握られていた銃の先端をあさっての方向へと向けさせた。
「やりすぎよシグ!」
センチュリオンが叫ぶがシグは聞く耳を持たない。同時にいつの間にか背後へと忍び寄っていた忠雪が素早く斬りかかるが、まるで見ていたかのように鮮やかにかわし、振り向きざまに回し蹴りを放った。
「ぐっ!」
鳩尾に的確な一撃を食らった忠雪が珍しく苦痛に顔を歪めた。その一瞬を逃さずシグが追撃に入る。
「こっちだ!」
しかしそこへトーマが横槍を入れた。今まさに手刀を放とうとしていたシグの腕に鞭がまとわりつき、その動きを制限する。次の瞬間、トーマの背後から宇琳と人形達が現れ、一斉に襲い掛かった。
が、腕を固定されたままのシグが指を鳴らすと、上空で旋回していた戦闘機達が飛来し、人形達に機銃を浴びせかける。
「うわっ!」
トーマが声を上げる。見ると、シグが鞭に掴まれた腕を勢いよく引き、逆にトーマの体勢を崩させていた。
そのまま瞬時に銃を抜き、引き金を引く。弾丸はとっさに上体をそらしたトーマの帽子のつばを撃ち抜き、帽子と一緒に遥か後方へと飛んで行った。
しかしトーマもそれで引き下がらない。上体をそらした勢いをそのまま使って鞭を思い切り引き、今度はシグの方を引き寄せた。一気に間合いが狭まった両者が振るった拳と脚が勢いよくぶつかり、本当に火花が散りそうな迫力を生んだ。
「これが君の望んだことなのか!? 問題から目をそらして僕らと戦うことが! これが君の〝護る〟ってことなのか!?」
「心に響く説教だな、牧師にでもなったらどうだ!」
二人が離れる。トーマは背中の散弾銃へ手を伸ばし、シグは片腕のモニターに素早く指を走らせた。
「えっ」
しかしその刹那、結季奈の視線が妙なものを捉える。
──血?
結季奈の視界から音が消える。
突然視界に映りこむ真紅。滑らかな光沢を持つそれは、物質的な質量感を感じさせる液体だ。それが、まるで虚空から現れたように視界に映った。
血だ。目の前で、シグが血を吐いた。
誰もそれに気づいていないように見えた。シグすら、敵意をむき出しにした目でトーマを睨み続け、自分の状況に気づいていない。
「シグ」
結季奈が呟く。それが聞こえたのかわからないが、シグの足が止まった。そっと、右手が口元に触れる。そこに付いてきたものを不思議そうな顔で見つめると、そのまま唐突に膝をついた。




