第四十五話:後で勝手に治る駅と三人分の命。どっちが重い?
「何よこれ!」
それから数分後、大手町。そこに突如開いた大穴の上──数分前まで広い道路があった場所の近くでセンチュリオンが叫ぶ。
「まずいな……この様子だともう始まってるぞ」
「……センセ?」
ふと、背後で声がする。振り返ってみると、改変世界には存在しないはずの人影がある。鮮やかな金髪に爽やかな捲くり袖、そしてこのたどたどしい日本語は──
「メアリ?」
「ユキナもいたぁぁぁぁ! 怖かったヨぉぉぉぉぉぉ!」
メアリだ。物陰からこちらの様子を伺っていたメアリは結季奈の姿を認めると半泣きで飛び出してきた。そのまま結季奈に飛びつき、ひどく安心したようにしゃくりあげる。
「お、落ち着いてよメアリ。どうしたの」
「ちょっと寄り道してて……今から帰ろうと思ったら皆いなくなっちゃって……そしたらタンク! タンクが空から降ってきたんだヨ! あと一歩で潰されちゃうとこだったヨー……」
そう言ってメアリが大穴を指差す。
「タンク? 戦車が降ってきたの?」
結季奈が聞くと、メアリが何度も首を縦に振る。
「相当派手にやってるみたいね……にしてもアナタほんっと巻き込まれ体質ね……」
「私に言われても困るヨー……何? またイコン?」
「まぁ、そんな所だ。お前はどこか安全な所にいろ。私達は中に行く」
と、月姫がそう言うと、メアリはすぐさまセンチュリオンの腕に飛びついた。
「ここより安全な場所は思いつきマセーン」
「駄目だ。ここから離れろ。神保町あたりまで行けば安全なはずだ」
とぼけたように言うメアリを月姫は無理矢理引き剥がし、無感情にそう言った。メアリはそんな月姫の対応に頬を膨らませて抗議するが、月姫は全く意に介さない。
「ごめんメアリ。本当に危ないから……」
「わかってるヨ。ちょっとした冗談。ユキナは行くの?」
メアリの言葉に結季奈は少し答えをためらった。月姫の方をちらと見やると、月姫はわざとらしく穴を覗き込んでいる。自分で決めろというのだ。
ならば、自分は──
「……うん。行く」
「そっか。詳しくは聞かないヨ」
メアリの言葉に結季奈は強く頷き返す。穴の底にトーマが居るなら、自分もそこへ行かなくてはならない。そう思った。
「……気をつけて!」
メアリの言葉に送り出され、五人は近くにあった階段を下っていく。流石にそのまま大穴を降りていくのは危険だ。内部を進み、最深部を目指す。
「!」
階段を下り地下へ入った所で、先行していた忠雪が突然刀を抜いた。不審に思った結季奈が肩越しに様子を伺おうとするが、前に立っていた月姫に阻まれる。
「どうやらあの子本気みたいね」
センチュリオンも静かにそういい、音をたてずに擬態を解いた。月姫の肩越しに長いマントがひらりとはためくのが目に映った。
「やむを得まい、今あいつは敵性イコンだと思え……!」
月姫がそういい、結季奈を後ろ手に誘導し、物陰へ連れ込んだ。
そこまで来てようやく結季奈は状況を視認する。ちょうど前方に目をやると、擬態を解いた忠雪、センチュリオン、そして宇琳が駆け出し、それに向き合うようにおびただしい数の無人機が通路にひしめき合っているのが見えた。
「……!」
「行くわよぉ!」
まずセンチュリオンが先陣を切って突っ込んでいく。通路を塞ぐ無人機はこれまでシグがよく用いた戦車や自走砲など、現代兵器のミニチュア版ではなく、不気味な多脚戦車や武装ドローン、果ては射手も居ないのに弾丸を吐き出す小銃など、未来的な兵器で構成されていた。結季奈にとってはゲームの中で見慣れたなんということはない敵キャラクター達であったが、こうして画面の中から出てくるととてつもない威圧感を感じてしまう。
そうこうしているうちにセンチュリオンが一番近くに立っていた多脚戦車に飛びかかり、勢いのまま脚を一本へし折った。戦車は衝撃にバランスを崩し、動物の甲高い悲鳴のような鳴き声を上げその場に転がる。しかしそのまま砲塔だけを回し、既に背を向けているセンチュリオンへ照準を合わせる──
が、しかしそんなセンチュリオンを飛び越すようにして突然現れた中国人形が砲身に飛びつき、なにやら布の塊のようなものを押し込んだ。それから一拍置いて砲身は爆発し、先端に花を咲かせる。
「よそ見厳禁だよー」
「悪いわねぇ」
宇琳が呑気に声を上げた。しかし同時に宇琳の頭上にドローンが現れ、真っ直ぐに宇琳に狙いをつけた。
「ん?」
「あら」
しかし次の瞬間にはその場で真っ二つに切断され、そのまま爆発した。
「よそ見厳禁ですよ」
忠雪だ。降り注ぐ金属片から宇琳をかばいながら、いたずらっぽくそう言った。
その言葉を合図に、三人はそれぞれ近くにいる無人機へと襲い掛かる。センチュリオンが殴り、潰し、宇琳が投げ、叩き付け──忠雪が斬る。それこそまるで時代劇の殺陣のように、はたまた漫画の大ゴマのような、激しくも静かにも見える大立ち回りが展開された。
「ち……数が多すぎるな」
しかしその後方の物陰で、三人の様子を伺いながら月姫が静かに声を漏らした。
「確かに……」
目の前の戦いは三人が圧倒的に優勢に見えるが、少なくともこの戦いに関しては今は勝つことが目的ではない。勝った後、その先が本来の目的なのだ。差し向けてきた兵器のラインナップを見る限り、シグは今本気で戦っている。
ただでさえ時間が無い上に、そんなシグを相手に今、トーマは一人で戦っている。相澤に仕掛けられた爆弾とはまた別のタイムリミットがあるのだ。
「おい! あまりそいつらに構うな! 道を作るだけでいい!」
「わかってはいますが……!」
月姫が飛ばした指示に忠雪が返すが、実際先へ進むための道などできる気配が無い。無人機を倒したそばからそこへ、まるで湧いて出てきているかのように新手が現れる。下手をすると、倒した敵の残骸で逆に道が塞がれてしまいそうだ。
「うーん、どうしよっか……ひょっとしてこれ宇琳の人形ちゃん達より多いんじゃないの?」
三人が一旦飛びのき、距離を取る。無人機達はどうやら妨害を目的としているらしく、距離を取ればそれ以上襲ってくることはなかった。
月姫が親指の爪を噛みながら思案を始めた。少なくともこのやり方では進めない。道を変えるにしても恐らくどこもこんな感じだろう。
「……仕方ない。〝お行儀よく〟進むのはやめだ。センチュリオン」
月姫が少し苦しい顔をしながらセンチュリオンを呼ぶ。同時に黙って壁を指差した。それを受けたセンチュリオンは顔をしかめ、月姫の真意を確かめるように返事を返す。
「あっらやだ。本気? 先生らしくもない」
「悠長に考えてる時間はない。後で勝手に治る駅と三人分の命。どっちが重い? 忠雪、先行してもらえるか。宇琳は最後尾だ。奴らを止めておけ」
月姫の鋭い指示にイコン達は即座に応じた。忠雪は刀を納め、反対に宇琳は珍しく長い袖を捲くり手を出した。
センチュリオンが壁の前に立つ。深呼吸をし、まるで拳法の構えのように拳を腰のあたりまで引く。まるで弓がきりきりと引き絞られていくかのように、ゆっくりと見えない力が蓄えられていくのがわかった。
瞬間、ずっと通路を塞いでいただけだった無人機達が月姫らのやろうとしていることに気づき、にわかに騒ぎ出した。そしてそのまま何の前触れも無しにセンチュリオンへ殺到する。
「はっ、あいつの隷下部隊の割には随分とおつむが弱いらしいな」
月姫の嘲笑と同時に無人機達に人形が殺到した。陶磁器から布に綿を詰めたものなど、素材は様々な可愛らしい人形達がその見た目につりあわない獰猛な動きで無人機へと殴りかかっていく。
「行くわよ」
と、ここで結季奈の背後から声がした。後方の人形と無人機達とのやりとりに完全に目を奪われていた結季奈がはっとしてふりかえると、ちょうどセンチュリオンが大きく腕を振りかぶっているのが見えた。
「え、ちょっ、まさか」
そのまさか。結季奈が言葉を言い終わる前にセンチュリオンが巨大な拳を壁に乱暴に叩きつけた。そのまま立て続けに二、三と叩き込まれていく。
「テディ! 準備はいい!?」
「元より」
センチュリオンの隣に佇んでいた忠雪がゆっくりと刀を抜いた。すると、鞘が結季奈の腕に触れた。すっかり忘れていたが、そこには随分古くなった傷跡がある。忠雪は視界の隅でちらとそれを確認し、少し顔をしかめた。そこにはちらと罪悪感が滲んでいた。
「結季奈殿、少し離れてください。危な──」
「壊れるわ!」
突然センチュリオンが叫ぶ。そう言い終わらないうちに壁が崩れ、中からまるで待っていたかのようにカマキリの形をした不気味なロボットが現れた。センチュリオンが驚いたように声を上げると同時に腕を振り上げ、勢いよくそれを振り下ろす。
しかしそれが結季奈に到達する寸前、先端から縦にすっぱりと切れ込みが入り、一瞬の後に首が落ちる。
「……危ないですから」
忠雪だった。そのまま忠雪は月姫と視線でやりとりすると、センチュリオンが開けた大穴を覗きこんだ。
すると間髪いれずに忠雪が息を呑む。それにつられて後ろに続く三人も忠雪の肩越しにその視界を共有しようとする。
「えっ」
そして結季奈もまた息を呑んだ。その視界に広がっていたのは、これは──
「あっ!」
瞬間、宇琳の声がしたかと思うと同時に背中を押された。それは月姫もセンチュリオンも同じだったようで、視界の隅で二人もバランスを崩したのが見えた。
「これ、これって……!」
そのまま忠雪に突っ込み、仲良く四人とも穴の向こうへ転落する。
「なにこれええええええ!」
穴の先、近未来的な要塞の内部へと様変わりしていた大手町駅構内へ。




