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第四十四話:それ以上近寄んな

「トミーから連絡を受けたのよ、結季奈ちゃんが危ないかもしれないって」


 それから数分後。神保町の大通りを行く一台のワゴン車の中で、ハンドルを握るセンチュリオンが月姫に状況説明を求められ、ただ一言そう言った。助手席には月姫が座り、後部座席では結季奈の他に途中合流した忠雪と宇琳が座っている。


「そうか。流石の即応力だな」

「まぁでも結季奈ちゃんが居てくれて良かったわ。おかげで先生の異変に気づけたんだから」

「私は何も……」

「そこに関しては謝罪しただろう。傷を抉ってくれるな」

「これは結季奈ちゃんに貸し一つね」


 バツが悪そうに車外へ目をやる月姫の隣でセンチュリオンが上品に笑う。するとその間に入るように宇琳が体を乗り出してきた。


「それでこれからどうするの?」

「イコンの方をなんとかするのは厳しいだろうな。爆弾をしかけたのがあいつとなれば、今すぐ一連のイコン事件の黒幕に辿りつけ、ということになる。まずはシグとトーマを止めるのが得策かもしれん。二人の現在地はどうなってる?」

「残念だけど。あれから連絡がつかないわ。トミーの方でも通信機に何かあったみたいで」

「くそ……なら大手町だ。結季奈の連絡を聞く限り少なくとも奴らはあそこを通ったはずだ。痕跡が残ってるか探すしかない」


 ***


「……降りるぞ」


 電車が止まる。シグは囁くようにそう言い、相澤を連れホームに降り立った。怪しまれないように周囲の様子を伺い、人混みへ紛れる。

 尾行してくる者をうまくかわし、撒く。シグが原典の中で培った技能だ。まさかイコンとして現実へ出てきてからも使うことになるとは思わなかったが。

 同時に周囲の人間へも注意する。人混みに紛れることができるのは相手も同じだ。歩いていたらいつの間にか正面にトーマが立っている、などということもありえる。

 ──居たぞ!


「ッ!?」


 耳元で声がする。反射的に顔を上げるが、同時に空耳だったと理解する。


「先輩」


 また耳元で声がした。今度は空耳ではない。相澤の声だ。


「大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ?」

「……問題ない」

「無理はしないでくださいね。さぁ、行きましょう」

「……あぁ」


 半ば相澤に背を押されるように人混みをかきわけ、構内を進んでいく。しかしここまで来たはいいが、次にどこへ行こうか。当然の疑問が出てくる。ふと、壁に五つもの路線が複雑に入り乱れた路線図があるのを見つける。

 どこかの路線に入り、さらに東京の深部へ逃げるか、それともいっそ地上の東京駅から都外へ出てしまうか──。


「なぁ、相澤。お前はどこに行きたい?」

「先輩と一緒ならどこでもいいです」

「……言ってくれるじゃないか」


 そう言った次の瞬間、突然シグが腕を広げ、相澤を後ろ手に庇った。相澤は驚き、何があったのかシグの肩越しに前方を見やった。するとそこには──トーマが立っていた。


「もう来やがったのか」

「落ち着いてくれ、シグ。僕は彼女を助けたいだけなんだ」

「お前はそうかも知れないが、紫乃崎はどうなんだって話なんだよ。あいつはこいつの腹を開こうってんだぞ?」

「えっ……どういうことですか?」


 相澤がシグの背後で声を出す。


「あー……菜緒ちゃん……いや、その……」

「わ、私……嫌です!死にたくないです!」

「違うんだ! そうじゃなくてこのままじゃ君が……!」

「先輩! 助けてください!」


 シグが再び銃を抜く。


「それ以上近寄んな」


 一言。たった一言だったが、そこには決定的な〝敵意〟が込められていた。

 ──どうしてこうなった。恐らく、それはトーマだけでなく、シグもそう思っているのかもしれない。

 だが、こうなってしまってはもはや後戻りなどできまい。もうこじらせきってしまった。やるか、やらないか。その選択をしなければならない。少なくともシグは選択した。

 ──シグは、〝やる〟。


「……許してくれ」


 トーマがゆっくりと銃を抜く。そして、撃鉄を起こした。それはつまり、宣戦布告を意味する。トーマもまた選んだ。友を守る為に〝やる〟。友を守る為に、友と戦う。

 誰かが二人が握る銃を見て悲鳴を上げた。それに呼応し、連鎖反応的に悲鳴が上がっていき──

 そのまま消えた。声と、声を発する人すらも。


「……もうどうなっても知らんぞ」


 世界の主が言葉を放る。ついにシグが改変を起こした。世界は切り取られ、別の世界の侵食が始まってしまう。

 何の前触れも無くトーマが銃口を向け、引き金を引いた。勢いよく吐き出された弾丸をシグは瞬時にかわし、指を鳴らす。すると一拍置いて遠くから地鳴りが聞こえだした。それはやがて大きくなり──


「うわわわわわわ!」


 トーマの背後の壁が大きな音をたて崩れた。見ると先程まで壁があった場所は崩れ、本来そこにあるべきものの代わりに大穴が広がっていた。

 その大穴にトーマが気を取られている隙にシグは擬態を解き、右腕に取り付けられた小さなモニターに指を走らせた。すると彼の頭上に小型の戦闘機が現れ、トーマに向かって突進していく。


「うわっ! っと……ととと……う、くっ!」


 反射的にそれをかわしたトーマは大穴に身を投げる形になってしまい、踏ん張りもむなしく穴へと落ちて行く。

 が、すぐに持ち直し、腰に手を回すと鞭を抜いた。素早くそれを走らせ、真っ直ぐにシグの足首を捉える。


「うっ!?」


 不意を突かれ、急に発生した引力にシグは逆らえずトーマと共に落ちて行く。


「落ちるなら君も一緒だ……!」


 瞬間、トーマの目に異質なものが映り込んだ。


「えっ……?」


 落ちる。落ちる自分と、それに引っ張られるシグ。その先に──穴の淵に、相澤が立っている。その相澤が──

 笑っていた。愉快そうに、上品に。そしてどこまでも妖しく、笑っていた。


「君は……どうして……?」


 次の瞬間、トーマは硬い鉄の装甲に背を強かに打ち、気を失ってしまった。








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