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第四十二話:少し遠出しよう

 シグは今度はトーマに睨むような視線を向ける。室内に満たされた張り裂けんばかりの緊張感は殺人的な空気を形成しており、その中で落ち着けなどと言われても無理な話だ。


「ならそれ下ろせよ」

「駄目だ。君が落ち着いてくれないと僕も下ろせない」

「頭なら冷えてる。むしろ沸いてんのはお前らの方だろ」

「まず目の前のことをなんとかしなくちゃ。今僕らは何をするべきだ? それを見失っちゃ駄目だ」

「その〝するべきこと〟があいつの体を斬り刻むことだっていうのか?」

「そうじゃない! けど、少なくとも菜緒ちゃんをこのまま放置しておくわけにはいかないだろ。爆弾のイコンと平行して菜緒ちゃんをここに連れてくるっていうことには僕も賛成だ。もちろん彼女を死なせはしない!だから……」


 瞬間、トーマの手から拳銃が弾き飛ばされた。突然の衝撃にトーマは思わず膝をつき、何があったのかを分析する。反射的に顔を上げると、煙を吐いている拳銃を握っているシグが見えた。


「俺はそいつを信用できない。そんな奴の所にあいつを連れて来れるかよ」

「……ま、待てっ!」


 シグは吐き捨てるようにそう言うと乱暴に窓を開き、そのまま外へ飛び出して行ってしまった。残されたイコン達と結季奈は呆然としていたが、やがてトーマが持ち直し、部屋を出て行こうとする。


「ちょ、ちょっとトーマ!」

「僕はシグを追う。いいよね先生!」


 珍しく一方的にそう言うと、返事も聞かずに出て行ってしまった。


「トーマ……」

「ちょっと先生。言いすぎなんじゃないの」


 と、同時に背後でセンチュリオンの鋭い声が聞こえた。


「しかたないだろう。時間が無いんだ。説教ならあとでいくらでも受ける。まずは爆弾の方をなんとかしろ! 私はもう少し調査を続ける。頼んだぞ!」


 月姫も月姫で吐き捨てるようにそう言うと自室へ引っ込んでしまった。後に残されたセンチュリオンはわざとらしい大きなため息をつくと、忠雪、宇琳と視線を合わせる。


「……仕方ないわね。イコンの方はワタシ達でなんとかするわよ。準備なさい!」


 センチュリオンの言葉に忠雪と宇琳は無言で頷くと、それぞれ擬態を解き、装備の確認を始める。


「ね、ねぇ……センチュリオン。私はどうすれば」


 一方、あまりの急展開に一人取り残されていた結季奈はどうしていいかわからず、おずおずとセンチュリオンに意見を求めた。結季奈の言葉にセンチュリオンは驚いたような顔をしたが、すぐに優しく微笑み、


「そうねぇ。結季奈ちゃんはここに居てもらえるかしら。決してお留守番じゃないわ。〝待ってくれてる人がいる人〟って無限に強くなるの。ワタシたちを待ってくれてる人になってちょうだい。トミーがシグと相澤ちゃんを連れて戻ってきたら心のケアもしてあげてね」


 そう続けた。

 体のいい留守番だ──と思いはしたが、同時にセンチュリオンが語る言葉も真理だと思い、了承した。

 結季奈の返事に満足したセンチュリオンは大きく息をつき、そのままシグが出て行った窓へ向かう。


「よし!お仕事よ!」

「宇琳頑張るよー!」

「すぐに戻ります。心配なさらないでくださいね」


 三人はそれぞれ言葉を残すと、そのまま窓に足をかけ、結季奈の視界から消えていった。


 ***


 それから数十分後。千代田区の隣、文京区の中心に位置する一件の古びたアパートの前に一台の車が止まっていた。

 車から出てきた一人の男はそのまま一階の一番端にある部屋の前に立ち、無遠慮にインターホンを押し込む。すると程なくして、扉を開け相澤が姿を現した。


「……先輩? どうしたんですかこんな時間に」

「あー……なんだ、その……ちょっと一緒に来い」

「シグ!」


 その時、二人の背後で鋭い声がした。振り返ると、トーマが擬態せず、本来の装束のまま立っていた。

 その姿を見たシグは舌打ちすると、反射的に腰に手を伸ばした。トーマとは違い、擬態したままのシグの見た目に異質な所は何もないはずだったが、一瞬後にはその手に明らかに異質なもの──銃が握られていた。


「まさかとは思うが、ここでやりあう気じゃないだろうな」

「一刻を争う事態なんだ。頼むから話を聞いてくれないか」

「キッド先輩も……いや、その格好は……?」


 そのやりとりをシグの背後で見ていた相澤が不審げな声を漏らした。後ろ手に庇われる形になっているせいで、シグが何を握っているのかが見えてないのか不思議と落ち着いている。

 トーマの額を汗が伝う。相澤が目の前にいる。彼女を巻き込んでまで戦うわけにはいかない。いや、それ以前にこんなことをしている場合ではないのだ。こうしている間にも時間は無駄に過ぎていく。

 手段を選ばないのであればここでトーマも銃を抜くべきであろうが、相澤を危険に晒すわけにはいかない。しかしシグはトーマ一人で、しかも素手で無力化できるようなイコンではない。それは彼自身理解している。


「答えは変わらねぇよ。今の紫乃崎は何か妙だ。お前らだってそう言ってただろう。そんな奴の所にこいつを連れて行けるか」

「でもそれじゃ事態が進展しない!」


 水掛け論だ。二人は互いの意見を主張しあうだけでまるで話が進まない。


「先輩……一体どうしたんですか? キッド先輩も……」

「相澤、悪いが少し我慢しろ」

「え?」


 シグがそう言った瞬間、目の前の車の扉が勢いよく開いた。トーマがそれに気を取られた一瞬をついてシグは相澤を伴って車に乗り込み、そのまま急発進していく。


「しまった……!」


 トーマは舌打ちし、その口のまま指笛を高らかに鳴らした。するとどこからともなく一頭の馬が現れ、それに飛び乗る。すでにシグの車は角を曲がり視界から消えてしまっていた。こうなると行き先がわからず、本格的に手が打てなくなってしまう。

 そうなってしまったら。もしセンチュリオン達が失敗してしまったら。まるで誰かに耳元で囁かれているかようにトーマの頭に悪いイメージが次々と湧いてくる。

 焦燥感だけが勝手に大きくなり、それをかき消すようにトーマは拍車をかけ、シグと同じく馬を急発進させた。


「……チッ」


 一方、大通りを避け、細い路地へ入り込んだシグは、車内でトーマより少し大きい舌打ちを打った。それを助手席で見ていた相澤は相変わらず何が起こっているのかわからないような顔をしている。


「……先輩、さっきからどうしたんですか?」

「あー……そうだな……」

「先輩……怖いです」


 相澤がそう言う。ふと、シグが助手席へ目をやると、相澤が今にも泣きそうな顔をしている。


「キッド先輩が……まさか、イコン、ですか? 前の、神保町の時みたいな」


 どこまで説明するべきか──シグの脳内で思考が回る。相澤とメアリには日向の一件の後、イコンについて多少の説明をしてはあるが、詳細にはしていない。せいぜいイコンとは一種の反社会組織である、ごまかした程度だ。

 そんな状態でこの状況を詳しく説明できるものか。信じてもらえるかも怪しい。仮に信じてもらえても混乱させるだけだ、何より──


「……ッ!」


 相澤なら。彼女ならそれを理解して自分の身を差し出しかねない。その様子がシグにはありありと想像でき、全身に鳥肌が立った。

 怖い。シグにしては珍しく、はっきりとそう言葉にできる恐怖を感じていた。まるで、誰かが耳元でそうなるように言葉を投げかけてきているかのように、シグの中で恐怖心が大きくなっていく。


「……先輩!」


 不意に名前を呼ばれ、シグの意識が現実に返ってきた。声がした方を見ると、相澤が身を乗り出し顔を覗きこんでいる。

 いつの間にか車は止まっており、シグはハンドルを握ったまま全身に冷や汗をかいていた。らしくない自分の姿に、呆れのため息が出る。


「何してんだ俺は……」

「大丈夫ですか?」


 ハンドルを握るシグの手に相澤の手が置かれる。車内の室温に反して冷えていたシグの手に人肌の温もりは心地よく、膨らみきっていた不安がしぼんでいくのを感じた。


「何が起こってるのかはわかりませんけど……大丈夫です。私がいますよ」


 いつの間にか不安げな様子が消え去っていた相澤はそう言い、シグに笑顔を投げかけた。

 ──護らねば。シグに闘志が戻る。自分がどこへ進もうとしているのか理解しようともしないまま、車の扉を開いた。


「……学校での続きだ。少し遠出しよう」


 シグがそう言う。車外に出た二人の前には地下への階段が伸びていた。







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