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第四十一話:あれは……恋ね

「遅いなぁ、シグ……」


 それからしばらくして、神保町。イコン達の古書店の二階のベッドの上でトーマが一人呟いた。

 後夜祭を終え、生徒達は半ば追い出されるように下校したのだが、トーマはその中についにシグを見つけることはできなかった。待たずに帰って良いと言われていたのでそのまま帰ってきたのだが、待てど暮らせどシグは帰ってこない。既に時計は七時を回っている。


「連絡入ってないの?」


 その近くに置かれた椅子の上で結季奈が呼応するように質問を投げる。トーマはそのまま姿勢を変えずにスマートフォンに手を伸ばし、なにやらいじりまわしたがやがて収穫無し、と言うとやさしく放った。


「まいったなぁ、シグに数学の宿題聞こうと思ってたんだけど……」

「帰ってこないんじゃあねぇ……」

「あらあら、若人がずいぶんお疲れなんじゃない?」


 そんな二人の前にセンチュリオンが大きなマグカップを二つ持って現れた。


「ほら、センチュリオンココアよ。大きくおなり」


 二人は礼を言ってそれを受け取り、話題を文化祭の感想へとシフトさせていった。

 と、その時である。なんの前触れも無しに階段を上がる音がし、シグが部屋に入ってきた。


「あら! お帰りなさいシグ。遅かったじゃない」

「……おう」


 センチュリオンの言葉にシグは右手を挙げ、適当に返すとそのまま奥の自室へと真っ直ぐ入っていってしまった。


「……あら。何かしらあの心ここにあらず、ってカンジ」

「珍しいね、シグがあんなにぼーっとしてるの」


 いつの間にか部屋に入ってきていた宇琳が自然な流れで話題に入ってきた。

 そんな一連のやりとりを見ていた結季奈とトーマもまた、不思議そうな顔をする。


「おや、皆さんそろい踏みですね。良い茶菓子が手に入ったので、よければ……って、どうなさいました?」


 遅れて入ってきた忠雪の言葉がひどく場違いに感じられる。


「あれは……恋ね」


 そんな場違いな言葉の次に出たのはセンチュリオンのいつもより一オクターブ低い声だった。その言葉に宇琳と結季奈の女性陣がいち早く反応する。


「恋!?」

「シグが!?」

「ええ。間違いないわ」


 結季奈と宇琳が顔を見合わせる。


「……トーマ殿、恋というのは、その……あれですか」

「あれだねぇ。甘酸っぱいやつ」

「シグがぁ!?」

「ないない! 太公望がホントに魚釣っちゃうくらいないよー!」


 結季奈と宇琳にとってはあまりにも滑稽な話だったようで腹を抱えて笑っている。確かにシグが恋をするなどまるで想像できない。


「えぇ? でもだとすると相手は誰?」

「相澤殿では? 今日お会いしましたが、素敵な方でした」

「あー、菜緒ちゃんかぁ」


 いつの間にか忠雪も加わり、ガールズトークが白熱していく。その輪の中に入れないトーマが疎外感をふと感じた時、


「おい!」


 奥の扉が勢いよく開いた。振り返ると、月姫が切羽詰まったような顔をしている。


「え……あ、先生」

「どうしたのよ先生」

「その相澤だ。今どこにいる!」


 月姫はずけずけと部屋の中央まで移動してくると、手に持っていた紙をテーブルの上に叩きつけた。見ると、なにやら複雑な文字列が並んでおり、誰一人として内容を理解することはできなかったが、中央に描かれた人型のシルエットから、おそらくこの人型のシルエットが相澤に関係しているのだろうな、となんとなく想像はできた。


「先生……これだけ出されても宇琳達にはわからないよー」

「今日の昼前、九段下で〝異物〟が確認された。突き詰めて調査すると、何かしらのイコンが作り出した爆弾だとわかった」


 月姫のその言葉で初めて一同に緊張が走った。イコンが作った爆弾。改変こそまだ起こってないが、自分達の知らないイコンが何かをしている。

 やっと月姫の振る舞いの意味を理解した一同は態度を変え、話を聞く態勢へシフトする。無言のまま「続けてくれ」と意思表示した。


「爆弾は一箇所にとどまらず、まるで人間的な動きをしていた。さらに調査が進むと、それが人間に、相澤に埋め込まれていることがわかった」

「!」

「……嘘でしょ」

「相澤殿に……!?」

「相手が相手なだけに、詳しくわかってからお前達に話すつもりだったが、たった今爆弾が活動し始めた。時間が無い!」


 月姫はそう言うとまた乱暴に紙をたたみ、全員の顔を見渡した。


「どうすればいい? 僕は何をすれば」


 即座にトーマが臨戦態勢に入る。事件の裏に潜むイコンをなんとかしようと思っているのか、少し殺気立っているように見えた。


「爆弾を仕掛けたイコンをなんとかするべきだろうが……まずは爆弾本体をなんとかしなければならん。まずは相澤を確保して……」

「それは俺が行く」


 突然話に別の声が乱入してきた。振り返ると、シグが自室から出てきている。


「シグ……」

「話は聞いていた。相澤の方は俺が行こう。残りは爆弾魔をなんとかしてくれ。それでいいだろ?」


 シグは制服からレザージャケットに着替えており、一般人に擬態できる姿をしていた。シグが向かうなら相澤を無事に連れてこられるだろう。そう思い、センチュリオンらは爆弾を仕掛けたイコンについて、情報を集める為に古書店外へ出ようとする──が。


「待て。駄目だ。センチュリオンも行け」


 月姫がシグの提案を却下した。出鼻を挫かれたように足を止めたシグが振り返り言葉を返す。


「一人居りゃ充分だろ。イコンを相手しにいくわけでもあるまいし」

「何が何でも連れ戻してもらわなくてはならん。最悪、押さえ込んででも連れてくる必要があるからな。お前だけでそれはできないだろう」


 その瞬間、シグから一種の緊張感が鋭く、矢のように部屋全体へ放たれたのを結季奈は感じ取った。

 敵意、ではないがそれに近い感情だ。何故今、これを放つ?確かに言い方はきついが、それ程の反応をする意見だろうか。そう思い、シグを見やるとシグの表情がけわしくなっている。


「……一つ聞かせろ。紫乃崎お前……俺が相澤を連れてきた後どうするつもりだ」

「決まってるだろう、まずは爆弾を摘出しなくてはならん。一分一秒が惜しいんだ。人体に埋まったまま解除なんかできるか」


 シグの右手が腰に伸びる。


「ごまかすな。俺は〝相澤をどうするんだ〟って聞いてんだ。さてはお前……あいつの腹をそのままかっさばく気だな?ここに麻酔や手術室なんて高尚なものは無い。そんな状況であいつの命が保障できんのか」

「時間が無いと言っているだろう。手段を選んでる暇は」

「じゃあ手段を選ばずに爆弾魔の方を何とかしろ!」


 ついにシグが銃を抜いた。結季奈が息を呑むよりも速く、あまりの速度に瞬きの一瞬のように感じられた。突然のことに他のイコン達は反応が遅れ、月姫に銃を向けるシグを見守るような状態になってしまう。

 ただ一人を除いて。


「待つんだシグ。少し冷静になろう」


 トーマが制服のまま手に銃を握っている。その銃口はシグの手に握られた銃に向けられ、口調は優しいがやはりどうしても緊張感が滲んでいた。








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