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第三十七話:ズルしちゃえば?

 九月。夏が明け、世間では残暑という言葉が頻繁に聞かれるようになる季節である。そろそろ暑さも和らいでくる季節だが、月姫の視界には先月までと変わらない汗をかいた大きめのグラスが多く目に入ってきた。

 普段は学校か古書店に引きこもっている月姫だが、今日は珍しく外出しカフェを訪れていた。たまには外の空気を吸うべきよ! とセンチュリオンに無理矢理追い出された形になったわけだが、注文したアイスロイヤルミルクティーを半分飲んだあたりでたまには悪くないものだ、と思い始めていた。


「さて……」


 しかし場所は変わってもやることは変わらない。相変わらず月姫の目の前には雑然と情報が箇条書きにされたノートが広げられ、どこからか集めてきた文献のコピーがその隣に積み上げられていた。

 先日のハンターとの戦闘で得られたものは良くも悪くもたくさんあった。そのうちの一つが目の前の大量の情報だった。とりあえずわかることは自分の過去について結季奈が何かしらの大きな意味を持っているということだったが、困ったことに日向の時に戻った記憶と比べ、情報量こそ多いがそれが何の情報なのかが一切わからないのだ。

 考察すればするほど頭が痛くなってくる。自分は本当に何者なのだ。過去に結季奈と自分の間に何があったというのだろうか。

 あの後結季奈と少し話をしてみたが当然結季奈にも心当たりは無いと言う。情報は増えたが考察も検証も一切進展しない。


「ヘェイ、悩ましい顔してるネセンセ」


 ふと、目の前にコトリと音をたてアイスコーヒーが置かれる。顔を上げると金髪が目に入る。メアリが立っていた。


「む、メアリか」

「うわぁロイヤルミルクティーだ。金持ちかヨ」

「大人の財力をなめるな。それよりお前学校はどうした」

「今日日曜だヨ」


 言われてもないのにメアリは月姫の向かいの席についた。月姫の方も既に考察に疲れきっていたのもあってノートをたたみ、席に着いたメアリと向かい合う。


「日曜でも今はどこのクラスも文化祭の準備があるだろう。協調性が問われるぞ」

「ワタシはなぞなぞ作りの班だからネー。一人でもできる作業だしィ?」


 手をひらひらと振りながら月姫の言葉をかわすメアリ。そう言って何やら大量に文字が書かれたメモ帳と、金色に輝く派手なペンを取り出した。


「……悪趣味なペンだな」

「えぇ? そうかなァ?」


 しかし元より月姫の方もメアリを追い返すつもりは毛頭無い。一通り二人の間で冗談の応酬がなされていく。


「まぁいいや。それで、センセはなんでここに?」

「……いや、ちょっと考え事をな」

「考え事? ……ふふん、ではこのメアリ・スミスが相談に乗ってあげまショう! さ、なんでも言ってみて」


 突然宣言された妙な調子の発言に月姫は一瞬面食らったような顔をしたが、すぐに調子を取り戻し、軽く笑って見せる。


「はは、そうか。そうだな。じゃあそうだな……お前、謎解きゲームとかで煮詰まった時はどうする?」

「あ、ひょっとしてあの最新ゲームで煮詰まってる? ユキナでもクリアに一週間かかったって言ってたしネ」

「まぁ、そんなところだ」


 月姫の曖昧な返事を受け、そうだナぁと呑気に返事をしたメアリは相談に乗ると言った割には他人事のような様子だった。


「……ズルしちゃえば?」

「何?」

「ワタシはネー……そういうの苦手だからヒントがっつり見るシ、それでもわからなければネットでネタバレサイト見たりするヨ。ユキナにばれるとすっごい怒られるんだケド」


 あっけらかんと言い放たれた意外な一言に月姫はきょとんとする。返答自体は存外平凡なものではあるが、それがメアリ・スミスという人間から出たことが意外だった。


「意外だな。お前でもそういうことはするのか」

「するヨー! そりゃあワタシにだってできないことぐらいありまスー! ……ま、そういうことだよセンセ。どうしてもわからないなら……ほら、〝手段選んでる余裕なんてない〟んじゃナイ?」

「……?」


 不意にメアリが顔を近づけ、囁くように言う。先ほどまでの垢抜けない雰囲気から一転、この一言には妙な色香があり、この言葉を吐いているメアリは妖艶で、妖しく──


「映画の見すぎだお子さまめ」


 しかしすぐに魔法は解ける。メアリの妖艶さは月姫の冷めた目に打ち払われ、囁くように迫っていたメアリの顔は無理矢理推し戻される。


「むぅ、なんだヨノリ悪いなぁ」

「一九九六年版の〝アラクネー〟の真似だろう?そんな子ども臭さでアラクネの色香が再現できるものか」

「ウッソよくわかったね」

「伊達に映画は観てないからな」

「ワタシ以外にはユキナくらいしか知らないと思ってたのニ……うーん、気が変わったヨ! センセ、一緒になぞなぞ考えてくれない?」


 そう言ってメアリは身を乗り出す。月姫はそんな無邪気な様子に小さく息をつき、ノートをたたんだ。


「どれ、じゃあつきやってやろう」

「やったぁ! じゃあネじゃあネ、まず一問目なんだケド……」


 そう言ってメアリは悪趣味な黄金のペンを月姫の前でちらつかせた。





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