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第三十四話:あいつは君の世界にいていいイコンじゃない!

 学校が静まり返った。始めよりずっと小さな音量になっていたがその言葉は確かな重みを持ち、その場にいる者にはっきりと事実を認識させた。

 原典を? この正体不明のイコンの原典を見つけた?

 まさか。ハンターはともかく、結季奈とトーマにとってはにわかに信じがたい話だ。しかし、ここまで自身げに言うとは──


「やめろ! 黙れ!」


 が、すぐにハンターは持ち直し、先ほどよりも慌しくスピーカーを探し、破壊していく。しかし一向に声が止まない。直接放送室へ行ってしまう方が良いはずなのだが何故かハンターはそうしない。出現直後のように瞬間移動も繰り返さず、高速で飛行するのみであった。


「よく聞け結季奈。トーマもだ。こいつの正体は都市伝説のイコンだ」

「言うな!」

「都市伝説……?」

「だから物質としての原典は無い。こいつは都市伝説上にしか存在しないイコンだ。従って、その存在の根拠は人の噂、記憶に依存する。わかるか? つまり、この改変世界においてこいつの原典は──〝お前〟だ。結季奈」


 時が止まった。

 必死にスピーカーを壊していたハンターの動きが止まり、結季奈の呼吸すら、まるで誰かに無理矢理呼吸の仕方を忘れさせたかのように急に息が止まる。

 月姫がスピーカーを通して持ち込んだ情報は結季奈にとってあまりにも突飛で、衝撃的で──信じ難いものだった。〝多摩川結季奈〟が、自分が──ハンターの原典?

 ガチャリ、と音がする。止まった時の中で唯一、時が動いていることを証明する、音が。

 恐る恐る振り返ると──銃口が目に入る。確か、自分の背後には今トーマが立っていたはず。するとこの銃口は──

 顔を上げる。トーマが立っているのが目に入る。散弾銃を片手で持ち、真っ直ぐにこちらに向けている。

 引き金に指がかかる。撃つ。トーマは撃つ。自分に向けられたこの散弾銃は間違いなくこのまま撃鉄が落ちる。


「……えっ、待っ……トーマ!?」


 トーマは躊躇せずそのまま引き金を引いた。

 銃声が響く。これまでで一番大きな銃声だ。何が起こっているのか理解できず、未だ時が止まったままの結季奈にとって、この一瞬、彼女の脳髄の全てを満たした唯一の情報になった。

 撃たれた。トーマに、撃たれた。しかし、疑問には思わなかった。ハンターの原典は自分なのだ。ならば何を躊躇う必要が──


「……あれ」


 ──痛くない。撃たれたはずなのに、痛くない?


「え」


 時が急に動き出した。まるで今まで止まっていた分を取り戻すかのように恐ろしい速度で動き、結季奈の感覚もそれに合わせて異常に鋭くなっていく。それに合わせて凄まじい速度で情報が頭に送り込まれ、先ほど彼女の脳内を満たした音の情報すら追い出し状況を認識していく。

 倒れない。転んだはずなのに倒れない。背中に圧迫感を感じる。倒れもしない。誰かに支えられている。まるで抱き寄せるように優しく、とても、優しく──


「えぇっ!?」


 トーマに抱きかかえられている。そう認識した瞬間、脳内の全ての情報がまた雲散し一つの情報だけに占領されてしまう。

 銃口から飛び出した散弾は結季奈を通り越し、背後の物体を撃ち抜いていた。そのままトーマは距離をつめ、倒れかけている結季奈を抱き寄せていた。結季奈の視界の隅に映りこむ彼の瞳は散弾銃を共に真っ直ぐその先へ向けられ、激しい緊張を生んでいた。


「……そうだったんだね。どうりで歯が立たなかったわけだ」


 そう言うトーマの視線の先にはハンターが立っている。もはや宙に浮くことすらせず、黙ってその場に立っている。


「……」

「お前は都市伝説のイコンだ。攻撃が通らなかったのはお前自身の力じゃなく、単に原典から供給される力が実体化できる程の量じゃなかったからだ。全く物は言いようだね」


 トーマは静かに続ける。相変わらず銃を向けたまま真っ直ぐにハンターを見据えたまま。

 その言葉を遮るようにハンターの脚が襲来する。しかしすっかり持ち直したトーマは落ち着いてその脚を撃ち抜いた。

 初めからイコンとして持つ力はトーマの方が遥かに優れていたのだった。しかしハンターはそれを逆手に取り、物理攻撃を防ぐ防壁としていた。物理攻撃しか攻撃手段がないトーマにはそれが上手く作用していたようである。

 しかし。実体のある結季奈に干渉し、それを連れ去る為には彼自身の実体が無くてはならない。その為の改変世界だったのだ。改変世界に結季奈を連れ込み、散々恐怖を煽り、その力を増幅させていたのだった。だからさっきトーマの攻撃が通った。だからこそ実体化できていたのだ。


「……というわけだな。それがお前の用意した策というわけだ。わざわざ僅かな力を割いて秋葉原に分身を出したのも頷ける」


 月姫の解説が続く。ハンターの策を看破したのは月姫だが、面と向かって銃を向けるのはトーマだ。彼の理解を捕捉するように情報を開示し、ハンターが張った罠、策を言葉で全て無力化していく。


「……だからどうした」


 静かに、しかし確かな重みを持った声がする。見ると、ハンターがローブに脚をゆっくりと引っ込めていっている。

 何かする気だ。間違いない。脚を引っ込め、何か、する気だ。


「ね、ねぇトーマ……」

「結季奈。聞いて」


 結季奈の言葉を遮りトーマが口を開く。その鋭い言葉に思わず口をつぐんでしまった。


「君はあいつの原典だ。だから君を原典として無力化しないといけない」

「で、でもそれって」

「聞いて。あいつは君が都市伝説として恐れることを力のもとにしているんだ。だから君の頭の中から君を追い出してしまえばいい。そうすれば放っておいてもあいつは消える」


 結季奈に言い聞かせるように言うトーマの声には既に生気が戻っている。既に彼は限界を超えているはず。しかしそれでもやはり一向に折れる気配が無い。攻撃が通るようになったからといってこれまでと打って変わって有利に戦えるわけでもないのに、それでもまだ諦めるつもりはないようだ。


「ねぇ、どうしてあんたはそんなに……」

「いい!? あいつを否定するんだ! あいつは君の世界にいていいイコンじゃない!」


 そう言ってトーマは結季奈の背から手を放す。そのままの勢いで引き金を引き、鞭を取り出す。


「……!」


 もううだうだ言っていられない。やるしかない。結季奈もいよいよ覚悟を決めた。





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