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第三十一話:まだ僕は、僕らは負けてない……!

 背後で声。体が凍りつき、言うことを聞かなくなる。しかし意思に反して頭はゆっくりと背後を振り返り──予想通りの視覚情報を脳に送り込む。

 ハンター。予想通り、そこにはハンターが立っていた。校内にいた時よりも体躯は巨大化しており、優に三メートルはあろうかという程になっている。

 いよいよ呼吸の荒さがピークに達し、過呼吸を起こしてしまう。ぜぇぜぇと肩を震わせ、ホルスターに手を伸ばすがすぐに取り落としてしまった。


「トーマ……? どうしたトーマ! 応答しろ!」


 通信機の向こうで異変を感じ取った月姫が声を発するが今のトーマに答えることはできない。ハンターの発する〝恐怖〟に呑まれ、自分が何をするべきなのか、いやそもそも自分は今どうなってしまっているのかということすらわからない。


「っは……え……はぁっ……! ぅあ……!」


 震える手で取り落とした通信機を拾い上げるが声が出ない。無理に話そうとしたことで呼吸が更に荒くなり、ついに膝立ちでいることもできなくなってしまう。

 それでも必死に通信機に何かを言おうとする。しかし、ついに飛んできたレンガに潰されてしまった。

「……ぁ……」

「どれ、そろそろ〝収穫時〟か」


 ハンターがそう言い、手を上げる。するとぐちゃりぐちゃりと音を立て、トーマの足元が崩壊していく。ゆっくりとトーマを飲み込むようにして地面が崩壊していくのをハンターは満足そうに眺め、獲物を仕留めた満足感を楽しんでいた。


「う……」


 やがて頭まで飲み込まれていくのを見届けるとハンターは息をついた。まず一人。次は秋葉原に集まっている連中を処理するか──そんなことを考えながらふと、足元に目をやる。


「む」


 手だ。手が地面から生えるようにひょっこり出ている。

 もう地面の崩壊は終わったはず。なのになぜまだ手がでている?そう思った瞬間、まるでゾンビ映画のように手を突き出し、穴を広げて無理矢理トーマが這い出てきた。


「おっと」

「うぐッ」


 ハンターがまた手を上げる。それに呼応して地面が固まり、トーマは上半身だけを晒した格好になってしまった。


「まだそれだけの力があったか」

「はぁ……はぁ……」


 ハンターは上げたままの手を動かし小さく指を鳴らす。すると近くの大きめの石がひとりでに浮き、トーマの顔面に飛び込んだ。


「……ぅあ」


 次々に石や煉瓦が飛来しトーマを嬲っていく。しかしそれでもトーマは地面から這い出ようとする意思を無くさず、なんとか自由になろうと必死にもがいていた。

 しばらく一方的な攻撃が続いたがやがてそれも止み、土煙が晴れるのを待ってハンターが地面に降り立つ。三メートルの体躯からトーマを見下ろすと、流石に無事ではすまなかったようで、あたりに血しぶきが散見される。その中央でトーマはぐったりと動かなくなっており、今度こそ抵抗する気をなくしただろうと見て取れた。


「ふん」


 そのまま再度手を上げる──


「……待て……」

「……まだ意識があるのか」


 トーマが顔を上げた。


「まだだ……まだ僕は、僕らは負けてない……! 必ず……お前、を倒すッ……!」


 ぼろぼろになりながらもそう言い放つトーマの目はまだ生きている。ハンターはそんなトーマの目を不快なものでも見るかのように軽蔑の視線を送ると指を鳴らし、今度こそトーマを地中に取り込んだ。


 ***


「うそ……」

「満足してもらえたかね」

「!」


 ホラーとは受け手が居て初めて〝怖い〟物語になる。鏡越しにトーマが一方的に嬲られた事実を見せ付けられた結季奈は背後に現れたハンターが一層恐ろしい相手に見え始めていた。


「……トーマはどうなったの」

「さぁ?地の底へ落ちて行ったのは間違いないが、その先までは我にもわからん」

「……!」

「そら、次はこっちだ」


 ハンターが指を鳴らすと、もう一つ鏡が現れる。反射的にそちらを向くとそこには無人の秋葉原の様子が映し出されていた。


「……っ!」

「うげぇっ!」


 宇琳だ。鏡の中の様子がはっきりすると同時に画面いっぱいに宇琳の背中が映りこむ。

 次の瞬間、不自然に宇琳の体が浮き、鏡面から消えた。代わりにその向こうローブの下から気味の悪い長い腕を生やしたハンターが現れる。その腕は鏡面の外まで伸びており、引いてみると首を掴まれぐったりと気を失っている宇琳が現れた。


「離せ!」


 同時に鏡面の隅から忠雪が現れ、腕に斬りかかるが今度はローブの下から爬虫類の尻尾が現れ、飛び掛ってくる忠雪を地面に叩きつける。


「皆! バラバラに動いちゃダメよ! タイミングを合わせっ……!?」


 それを見て叫ぶセンチュリオンの頭上に炊飯器が飛来する。が、次の瞬間横から現れた小型戦闘機に粉砕された。


「よそ見してんじゃねぇカマ野郎!」

「サ、サンキュウ。助かったわ……」


 シグ達だ。いつの間にかシグ達がハンターと交戦している。


「なんで……」

「うぐっ!」

「忠雪!」

「なんでよ……」

「うっ……ぐ、ああッ!」

「シグ! しっかりなさい!」

「なんで皆……こんな……!」


 怖い。もう見たくない。結季奈の心はそう叫んだ。

 ただでさえイコンには命を狙われ、怖い思いも沢山した。だがそれでも──少なくとも、神保町の彼らはまだ自分を守ってくれた。脅威からの盾になってくれた。だから、避けながらもどこか心の隅では頼りにしていたのかもしれない。しかし、だからこそ。だからこそ彼らがなす術もなく一方的に嬲られているこの光景は、結季奈にとってどこまでも恐ろしく感じられてしまう。


「これが、お前が連中を遠ざけた結果だ」

「……!」


 耳元でハンターの声がする。結季奈の全身は一瞬で鳥肌立ち、引きつった顔で振り返るとすぐ背後にハンターが立っていた。結季奈は少しでもハンターと距離を取ろうと反射的に動くが、二、三歩下がった所で足がもつれ派手に転んでしまう。


「ふむ」

「や、やめて! 来ないで!」


 両腕を突き出し不恰好に振る。


「目をそらすな。これがお前の選んだ結果だろう。お前が彼らを受け入れ、密接な関係を築いていればまだこうはならなかったかもしれん」

「私の……せい?」


 ハンターが指を鳴らす。すると結季奈の前に鏡が移動し、異形に変形したハンターに脚で散々に打ち据えられているセンチュリオンを映し出した。


「やめて!」

「距離を取っていた割には随分と気にかけるのだな」


 ハンターが震える結季奈の耳元まで移動し、囁いてくる。


「想像しろ。お前がずっと一人で居たがったから彼らは初動が遅れた。だから対策もできず、こうなった。責任は感じないかね?」

「……ち、ちがっ」

「どうなるのだろうな?どうやらあの場にはただの人間も紛れ込んでいるようだぞ? 確か……アイザワ、と言ったか?」

「!?」

「思えば気の毒な話だな。ただ巻き込まれただけなのに、彼女はあそこのイコン達と同じ痛みと苦しみを味わわされたのだ。下手をすると廃人になっているかもな」

「ッ! うっ……うっ!」


 突然激しい吐き気が結季奈を襲い、口を押さえたまま吐瀉物を吐き出してしまう。が、ハンターはそんな結季奈などおかまいなしに話を続けた。


「ふむ、だんまりか」

「……めて」

「ん?」

「もう……やめて……」











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