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第三十話:それが! 我が力となる!

「うっ」


 改変世界に巻き込まれ、そのあり方を変えられてしまった学校ではあったが、建物のとしての基本的な構造までは変えられていない。そのうちの一室に投げ込まれるように乱暴に連れて来られた結季奈は小さく声を漏らした。


「いやはや、良いものを見させてもらった。あのイコンの表情、もう少し育ててやれば良い恐怖になっただろうな」


 結季奈に続いて上機嫌に入ってきたハンターは愉快そうに言いながらローブをはためかせてみせた。

 そんなハンターを前に、結季奈はぼんやりとした顔を向けながら搾り出すように声を出す。


「あんた……何者なの……?」

「わからんかね」

「知らない……あんたみたいなイコン見たことない」


 またしてもハンターは愉快そうにくつくつと笑いながら結季奈と向かい合う。


「……来ないで!」

「ふむ。良い。良く恐怖している。それは未知への恐怖か? それとも危機への恐怖かね?」

「な……何言ってんのあんた」

「見ていろ」


 ハンターがそう言う。その瞬間、結季奈の前から煙が雲散するようにして姿を消した。

 代わりにその場には醜悪な見た目の鏡が現れ、まるでカメラの映像のように校内の様子を映し出した。


「……!」


 そしてその映像を見て言葉を失う。そこに映っていたのはトーマだった。しかし、先程までと随分と違う。全身傷だらけで足取りもおぼつかない。壁伝いにふらふらと歩くその姿は、この少しの間の時間に過酷な環境下に置かれていたことを物語っていた。


「トーマ……!」

「ごきげんよう保安官」


 結季奈が鏡に向けて声を漏らす。が、それと同時に鏡の中にハンターが現れ、まるで口を塞がれたように息を呑まされてしまった。


「……!」


 画面の中で、トーマは突然現れたハンターに驚きながらも即座に銃口を向ける。しかし実弾などハンターからすれば何も怖い物ではない。


「随分と恐怖してもらえているようだな」

「うるっ……さいっ!」


 語気は荒く、強がってみせるが迫力が伴わない。ハンターはそんなトーマを笑い、無防備に話し始めた。


「流石の精神だな。まだ心が折れてないと見える。お前達は二人とも実に処理しがいがあるというものだ」

「結季奈は……無事だろうな……!」

「どうだろうな。想像してみたまえ」


 そう言われ、トーマはふと結季奈のことを考える、が、次の瞬間ハンターの真意に気づき即座に想像を打ち切った。

 このイコンは恐怖心を煽る。結季奈が心配なのは間違いないが、この状況下でネガティブな想像をするなという方が無理な話だ。トーマはそう思い、ハンターに挑戦的な視線を向け、力強く銃を握った。


「ふむ」

「負けるか……! お前を倒して、結季奈も返してもらう!」


 そう言い放った瞬間、トーマの背筋に寒気が走った。

 ──笑った?

 今、目の前のこいつは──ローブの下で確かに笑った。いや、こいつが笑うことなんて珍しいことじゃないはずだ。なのに、なのに──


「……ふふ」


 銃口がぶれ、呼吸が荒くなったトーマの姿を見てハンターは今度は声を出し笑う。


「そうだ。それだ。それを見せてもらいたかった。それが! 我が力となる!」


 ハンターが叫び、大きく両手を広げて見せる。するとハンターの背後から見えない何かが広がっていき、廊下を、床を、窓の外をよりおぞましい姿へと変えていく。

 何かが潰れ、別の何かに形を変えていく水分を含んだ気持ちの悪い音があたりを満たす。間違いなく今、ハンターは力を増している。イコンとして現実を作り変える力が加速している。このままでは何か、ただ改変を達成させることよりも恐ろしい何かが起こってしまう。トーマはそう直感した。

 苦し紛れに引き金を引く。意外にも銃弾は素直に飛び出し、ハンターに向かった。

 が、効果は無い。秋葉原のハンター同様、銃弾はローブをすり抜け壁に穴を開けただけだった。


「!?」


 何故。トーマはまさしくそういう顔をした。相変わらずハンターは緩慢な動きで挑発を繰り返し、より効果的なやり方で恐怖を煽っていく。


「実体がない……!?」


 即座に背中の散弾銃を抜き、腕の中で回転させながら何度も引き金を引く。しかし相変わらずハンターは悠々とその場に浮かんでいるだけだった。


「……!」

「満足したかね」


 ハンターがそう言ったかと思うと背後からハンターを貫通するようにして机が飛来する。あまりのことに不意を突かれたトーマは机の直撃を喰らい、来た道を逆送するように吹き飛ばされていく。


「うっ……くっ!」

「ふむ、それしきで終わってしまってはかえって困るのだが」


 頭上から聞こえた声にトーマが顔を上げると、巨大な鎌が視界に映り込んだ。


「うわっ!」


 とっさに飛びのく。すると一瞬前までトーマの頭があった場所の壁に大きな裂け目が生まれた。

 返す刀で次はトーマの足を狙って大鎌が振るわれる。トーマは次々に飛来する斬撃を慌しくかわし、その度に銃を向けるが次の瞬間にはひっこめてしまう。


「くっそ……どう戦えっていうんだよ!」


 段々と飛来するものの量が増える弾幕の中でトーマの口調が荒くなる。実体の無い敵など登場するはずもない西部劇出身のトーマにとって、そういった相手への対処法など持っていない。一方的に追い詰められ、じわじわと近づいてくる廊下の終着点に焦りが見え始める。


「くっ!」


 苦し紛れに近くの教室へ飛び込み、何か使えるものが無いかまわりを見渡した。清潔なテーブルに調理器具、さらには大きな冷蔵庫があり、ここはどうやら家庭科室のようだった。


「さぁ次はどうしてくれるのだねカウボーイ」


 少し遅れて悠々とハンターが教室に入ってくる。緩慢に扉を開け、教室へ足を踏み入れると大きな袋を抱えたトーマと目が合った。


「……どうしようか」


 そう言うとトーマは袋を宙へ放り投げ、散弾銃でそれを撃ち抜いた。破裂した袋から大量の小麦粉が飛び出し、さながら煙幕のように教室を満たす。


「……!」


 その中でトーマは息を殺し、窓に向かって一気に走り抜く。僅かに開いている隙間へ身を投げ、極力音を立てないように外へ飛び出した。


「うっ! ……ッ!」


 幸い家庭科室は二階の教室であり、加えて外に茂っていた不気味な植物がクッションの役割を果たしたおかげで高所から落下した割にはさほどダメージは無かった。数倍に引き上げられている痛覚は容赦無く悲鳴をあげたが。


「はぁ……はぁ……どうしよホントに……」


 荒い息を整えるようにしながらもトーマは立ち上がり、どこかハンターと距離を取れる場所を目指す。無策で戦ってもなんとかなる相手ではないことは今思い知った。

 かと言って対抗策が思いつくわけでもない。思っていたよりもまずい状況なのだということをやっと自覚する。


「先生? 先生答えて!」


 走りながら通信機を取り出し月姫と連絡を取る。


「ああ、聞こえてる」

「何かわかった? カッコつけといてあれだけど情報がほしい!」

「……駄目だ。原典どころか何者なのかすらわからん」

「くそ……!」


 通信機の向こうの月姫の声は落ち着いてこそいるが、心中穏やかではないはずだ。日向の時と違い敵の情報が少なすぎる。これでは戦い方すらもわからない。

 イコン同士の戦いにとって相手が何者であるのか把握するということは大きなアドバンテージを生む。ハンターというイコンはそれくらいのことが無ければ恐らく勝負にならない部類のイコンなのだろう。トーマの額を汗が伝う。このままではジリ貧だ。結季奈を助けるどころか自分の身すら守れない可能性すらでてくる。焦りからか、先ほどから妙に体が汗ばむ。額を拭い、手汗をもみ消す。鼓動を早めていく心臓に手を当て、荒くなっていく呼吸を整え──整えられない?


「恐怖しているな?」





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