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第三話:これは夢じゃない

 先程、古書店で購入を宣言したビデオテープ。その包装に大きくプリントされた少年シェリフがそこにいた。そっくりさんやコスプレなんてレベルではない。間違いなく、自分の目の前にあの西部劇の主人公がいる。


「えっ? なんで? どういう……」

「ごめんね、今は詳しく話してられないんだ!」


 トーマはそう言うとまた前を向き手綱を強く握った。その瞬間、二人の頭上から何かが落ちてきた。

 トーマはそれに瞬時に反応し手綱を引く。馬が急速に向きを変え、落下物がさっきまで結季奈の頭があった場所に着地した。


「さぁ来たよ!」


 結季奈が首をまわし少し振り返るとそこにはさっきの浪人が立っていた。もう追ってきたのだ。頭から冷や水を浴びせられたように寒気が走る。


「ん? そういえばあの人……」


 一瞬、浪人と目が合った結季奈は何か違和感を感じた。この顔、どこかで見たことがある。どういうわけか──たぶん自分はこの浪人のことを知っている。

 それはどこだ?恐怖を忘れるために本能的に思考を始めた結季奈は必死に記憶を辿る。覚えはないがたぶん自分は既にどこかでこの浪人のことを知っているのだ。

 しかしそんなことがあるのか?少なくともこれまでの人生で刀を下げた浪人に出会ったことはない。それは確かだ。と、するとどこで知れたのだ。


「……まさか」


 ふと、トーマの背中が視界に入る。その瞬間、心当たりがでてきた。

 もう一度振り返り、浪人の顔を見ようと神経を集中させる。端正な顔立ち、艶のある黒い髪にまるで女性かと見違える程の童顔──


「忠雪」

「え?」

「……葉桜忠雪! 五十年前の時代劇の主人公だよアイツ!」

「そう。やっぱり、彼がイコンか……!」

「え? 何? イコン?」


 トーマが少し振り返る。今度は笑っていなかった。


「結季奈、君……彼のこと知ってるのかい?」

「う……うん……えっ、待ってなんで私の名前知ってるの」

「どこまで!? どこまで知ってる!?」


 食い気味に質問をぶつけてくるトーマに結季奈はたじろいだ。何がなんだかわからない。時代劇の主人公に命を狙われ、それを西部劇の主人公に助けられる。更に相手のことをどこまで知ってるんだと問い詰められる。悪い夢でも見ているようだ。


「夢?」


 突然結季奈はそう呟いた。そうか。これは夢だったんだ。トーマに何か聞かれたがまぁいい。自分はこれから目覚めるのだから気にしなくていいか。結季奈はそう思い自分の頬をつねった。


「これは夢じゃないよ! しっかりして!」


 お約束の〝痛い!〟という反応をする前にトーマに否定されてしまう。

 既に結季奈は現実逃避を始めており、段々と話が噛み合わなくなってきたトーマに焦りが見え始めた。


「しっかりするんだ結季奈! これは夢じゃない! 教えてくれ、彼はどういうキャラクターなの!?」

「いや……〝彼〟じゃないよ」

「え」


 突然虚ろげに返された返事に今度はトーマが間抜けに反応する。


「忠雪は男として育てられた女の子なの。でも劇中ではそれが禁句で……」

「弱点とか! 弱点とかはないの!?」

「弱点? ……うーん……なんだろ……」


 段々と結季奈の受け答えが緩慢になってくる。一度現実逃避をしてしまったことで変な方向にスイッチが入ってしまったようだ。


「まずい……先生! 先生ぇーッ!」


 トーマは小さく舌打ちすると腰のポーチから小さな通信機を取り出し、誰かを呼んだ。一拍置いて通信機の向こうから不機嫌そうな声が届く。


「大声を出さなくてもいいといっただろう……いつお前はこれの使い方を覚えるんだ」

「え、あぁ……ご、ごめんなさい。じゃなくて皆はまだ着かないの!?」

「座標を見る限りもう着く。そのまま真っ直ぐ走りぬけ」

「わかった!」


 結季奈はトーマの背後でそんなやりとりをぼんやりと見ていた。

 ──なんでカウボーイがトランシーバー持ってんの?

 そんなことを考えながら揺られていると、ふと前方に人影が現れたのに気づいた。


「悪いな、待たせた」


 三つの人影はものすごい速度で結季奈らとすれ違うと、すれ違いざまにそう言葉を残した。反射的に結季奈が振り返ると、三人の乱入者は既に足を止めた忠雪と対峙していた。

 後ろ姿だったのでよく見えなかったが左からSFモノに登場するパイロットのような服と、中華風の衣装、そしてスーパーマンのような見事なマントが目に入った。


「もう……意味わかんない……」


 結季奈の視界が揺れる。ついに脳が処理能力の限界を超えた。唐突に頭が支えを失ったようにぐらぐらと揺れ、それに合わせて意識が遠のいていく。


「……結季奈? ちょっ、しっかり!結季奈!」


 トーマの焦ったような叫び声が響く。それが結季奈の聞いた最後の声だった。






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