第二十九話:物が勝手に動くのって普通じゃないの?
「……ッ」
一方の保健室では、トーマとの通信が切れた直後の月姫が一人渋面をしていた。
状況が悪すぎる。今現場に居るのはトーマと自分のみ。しかも自分はこの部屋から出られない。さらに結季奈まで連れ去れられ、相手のことが一切わからない。そうなれば対策の立てようがないではないか。
しかしやらなければならない。すでに悩んでいていい段階は過ぎている。考えて行動するのでは遅い。行動しながら最善策を考え出していかなければならない。
「クソゲーか」
口をついて出てきた言葉を吐き捨てながら通信機の電源を入れる。
「おい! 誰か応答しろ、こっちで改変が発生した! すぐに学校まで来い! 結季奈が連中に捕まった!」
言うなり机の上で黒こげになっているパソコンを乱暴に叩き落とし、生まれたスペースにメモをぶちまけた。その中からまだ白紙の用紙を取り出し、現状を箇条書きで書き出す。
結季奈が連れて行かれた、敵の名はハンター──
「俺だ、悪いができない。送れ」
メモを書き出して最初の二行で返事は返ってきた。届いたシグの声はやや切羽詰っており、いつものことだが冷淡な程簡潔だった。
「何故だ、改変が起こってるんだぞ!?」
「今秋葉にいるだがこっちでも改変が起こっ、た! 敵の名前はハンター……! それ以外はわからん! 送れ!」
その言葉と同時に衝撃音が届く。どうやら本当らしいその言葉に月姫は意識的に大きな舌打ちをする。どういうわけか秋葉原にもハンターが出現している。まさか分裂できるイコンなのか?それとも瞬間移動?
ますますわけがわからない相手に苛立ちながらも、そんな暇はないと自分に言い聞かせ、再び通信機に言葉を吹き込む。
「神保町の連中は! 応答しろ!」
「ワタシよ。ごめんなさいね、平和ボケしちゃってたみたい。さっきテディがそっちに向かったわ。ワタシ達も今出るところなんだけど、どっちに行くべきかしら!?」
やっと返ってきたセンチュリオンの言葉に少し安堵し、指示を出す為に口を開く。もちろん、こっちへ来いと。秋葉原の件も放ってはおけないがシグがいるならすぐに事態が深刻化することはないだろう。
「待ってください! 学校に入れません!」
が、月姫の言葉より早く、通信機は忠雪の声で叫んだ。
「なんだと? どういうことだ!」
「結界の類でしょうか……ある程度までは近づけるんですが、それ以上は……!」
「くそ!」
悪態をつき、机を叩く。応援を呼べないようにしてくるとは。秋葉原でも改変を起こしているあたり、意地でも近づかせないつもりか。
「……仕方ない、シグの応援に向かえ。無理ならまた連絡しろ! 以上!」
乱暴に話を切り上げるとまた机にかじりつく。日向は強大な力を使って力で押してくるタイプだったが、どうやら今回は周到に用意をしてくるタイプのようだ。正直苦手なタイプではある。
応援が望めない以上、自分でなんとかするしかない。目の前のメモに書き込まれた情報を組み立てながら相手のことを探っていく。
──まず、名前がハンター。
月姫の脳内に沢山のキャラクターの顔が浮かぶ。
──その中から、ローブを纏った策士は──。
次の瞬間、全ての顔が消えた。
「……やはり結季奈でなければ駄目か……」
最近自覚したことだが、どういうわけか月姫もまたイコンに関する知識を多く有していた。日向と戦った時、結季奈に助言が出せたのもその知識によるものだ。過去に何があったのか、他のイコンが何者で、どのような設定を持っているのかがなんとなくわかってしまう。
しかしその知識を持ってしても相手の正体がわからない。となるとマイナーなイコンなのか。もしそうならば結季奈程の知識を持っていなければ正体を見破ることはできなさそうである。
「くそ……何から手をつければいいんだ……!」
***
「くそ……!」
物陰でシグが悪態をつく。同時に飛来した洗濯機がシグのほんの数センチ横に着地し派手に砕け散る。
「ポルターガイスト現象を初めに経験したのはイギリス人だった」
ハンターは淡々とそう言いながら手を触れずに巨大な家電をシグ目掛けて次々と投げつける。その隙間を縫うように小さな戦車や戦闘機がハンターへ果敢に攻撃をしかけるが、全く効果が無いように見えた。
「説明がつかない移動現象……人間はこういったものにも恐怖する」
「そうかよ。けどな……!」
言うなりシグは物陰から飛び出し、いつの間にか手に持っていた火炎放射器をハンターに向ける。
そのまま突然その場に現れた巨大な青い炎がうねり、ハンターへとびかかる。ローブに火がつき、ハンターの全身へと燃え広がっていく。
「俺が思うに、一番怖えのは人間だ」
「同感だな」
炎の中からやはりなんでもないと言った様子でハンターが唐突に現れる。燃え尽きたはずのローブもいつの間にか復活し、ひらひらとはためかせて見せる。
「……マジかよ」
シグは半ば呆れたようにそう言い放射器を雑に投げ捨てた。火ならあるいは、と思ったがそんな簡単な話ではないらしい。
次の瞬間、今度は液晶テレビが三方向から飛来する。
「ッ!」
反応が遅れ、退路が断たれてしまう。シグは覚悟を決め、それらを受け止める態勢に入る──
が、直前で動きが止まった。
「物が勝手に動くのって普通じゃないの?」
止まったテレビの陰から間抜けな声がする。次の瞬間、一台のテレビの裏から宇琳がひょっこり現れた。
「お前……」
「やっほシグ、無事ー?」
「仲間か」
手が出てない長い袖を振り上げながら呑気に挨拶をする一瞬、妙な空気が流れた。不意を突かれたように黙り込むシグ、のらりくらりと振舞う宇琳、それを冷静に眺めるハンター──不思議な程静かな一瞬だった。
「他の連中は」
「下……と外。あいつのこと調べてる」
「わかった。手貸せ。時間を稼ぐ」
「はいよー」
そう言い、二人は改めてハンターと向き合う。やはりハンターは微動だにしなかった。




