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第二十七話:また私を理由に使うの!?

「……誰だお前は……」

「アンタのお探しの相手だよ。ハァイ、調子いい?」


 そう言って影はコミカルに手を振る。変声機でも使っているのかとても人に出せるような声ではなく、妙な不快感のある声だった。


「私が探している相手……? まさか!」

「そのとーりー。日向をけしかけたのは私だよ。あ、いやボクだよ。んー、違うな。ワシ? どれがいい?」

「どれでもいい」


 月姫はそう言うと画面を睨みつけ、警戒するような態度を取った。


「ンな警戒しなくていいっつの。画面割るくらいしかできねーんだからさ、こっちは」

「……何故今ここへ出てきた。お前もイコンなのか? いや何者なんだお前は?」

「オーケーオーケー、聞きたいこといっぱいあるね月姫ちゃん。ま当然か。そうだねちょっとだけ答えてやるよ。まず一つ。日向のこと知ってんだからまーイコンだよね。アンタと一緒。次二つ。今出てきた理由だけど、私頑張ってる子にはご褒美あげたくなっちゃうんだよね。だからでてきたワケ」


 ふざけた態度でまくし立てる影を前に月姫は思考を巡らせる。あまりにも唐突すぎる。本当にこいつが日向の背後にいたヤツなのか。こいつが結季奈を狙う黒幕なのか。しかし今は少しでも情報が欲しい。そう思い、質問を続行する。


「私の記憶が最近一部戻った。あれは日向を倒したことが原因か」

「おー、まだ質問する? 欲張りさんかよー。好きだよそうやってがっつく子。まぁそうだよ。頑張ったから私からのご褒美」


 瞬間、月姫が驚愕したように立ち上がる。


「ご褒美だと? まさか……お前私の記憶を」

「おっと待ちねェ。アンタの記憶が消えたことに関しては私関係ないから。アンタが勝手に記憶喪失になっただけだよ。ただねぇ……やり方は企業秘密だけど私アンタの記憶戻せんのよ。だからご褒美って言ったでしょ?」

「どういうことだ……」


 両目を手で覆いながら再び椅子につく。影は予想が外れたなとけたけた笑った。


「私ねぇ? もっと頑張ってるアンタらが見たいのぉ。ほら、敵が強いと燃えるじゃん? 俺より強い奴に会いに行く、みたいな? とゆーわけで! もっと記憶が欲しいならもっとがんばろー! おー!」


 影は一人で勝手に盛り上がり、相変わらずコミカルに動く。

 すると、不意に周囲の空気が変わった。


「……! 待て、お前何をする気だ!」

「ん? いや私は何もしてねーよ。私はね。言ったじゃん。画面割るくらいしかできねーって」

「まさか……新手を!」

「じゃあ頑張ってねー!」


 影がそう言った瞬間、パソコンが爆発した。画面が割れ、ガラスが飛び散る。それに応じるように月姫はとっさに椅子から意図的に転げ落ち、頭部を守った。


「くっ、そ……唐突すぎるぞ……!」


 腕に刺さったガラスの破片を引き抜きながら忌々しげに吐き捨てる。とにかく今は状況を把握しなければならない。シグは先程学校を出て行ってしまったが、まだトーマがいるはずだ。まずはそこと合流しよう。そう思い月姫は扉に乱暴に手をかける──が。


「うん?」


 開かない。どうやら閉じ込められてしまったようだ。月姫は遠慮なく大きな舌打ちをし、白衣の内側に忍ばせた通信機を取り出した。


「トーマ、トーマ! 応答しろ!」

「うぁ……せ……先生……?」

「どうした !何があった!?」


 返事はすぐに帰ってきた。だがその声は弱々しく、明らかに〝何かあった〟声色だった。

 時間は少し遡り、シグと相澤が校門を出て行った頃。


「待ってよ! ねぇ待ってったら!」


 廊下でトーマが大きな声を出す。その視線の先にはやはり結季奈の背中があった。

 トーマがこれだけ呼んでいるのにも関わらず結季奈は返事をせず、早足に廊下を進んでいく。

 あれからシグを抜いて一人であれこれ手を回したトーマだったが、やはり成果は上がらず、半ばヤケになり直接結季奈に声をかけに出た。当然相手にされる訳は無く、見事に無視を決め込まれた。

 普通の人間ならばいい加減距離を置いて時間が解決するのを待つのかもしれないが、あいにくトーマにはそうする発想も無ければ時間も無い。逆効果だということを知ってか知らずか諦めずに声をかけるのだった。

 と、不意に結季奈の足が止まる。


「……あのさ」


 追いついてきたトーマに背中を向けたまま言う。トーマにはその言葉が随分久しぶりに聞いた結季奈の声のように感じた。


「関わんないでって言ったじゃん。あんたと関わるとろくなことが無いんだよ」

「それは……その」

「あんたはいいじゃん。銃向けられても向け返す銃があるし。追いかけられても馬に乗って逃げられるし。でも私にはそんなの無い。私にとって、イコンと出くわすことがどれだけ怖いことかわかってる?」

「……」


 先ほどまでが嘘のようにトーマが黙ってしまう。結季奈が話に応じてくれた時の言葉はたくさん用意していたはずだったが、いざとなるとまるで初めからそんなこと考えていなかったかのように忘れ去ってしまった。


「やめてよ。本当に……私に近づかないで。もうあんな怖い思いしたくないの」

「……結季奈」

「聞きたくないよ! 君が君がってまた私を理由に使うの!?」

「そんなことは!」

「じゃあいいじゃん! ほっといてよ!」

「そうじゃなくて……!」

「なんなのもう! 皆私に何を求めてるの!?」

「結季奈!」


 突然、トーマの鋭い声。


「……落ち着いて、ゆっくり周りを見てくれ」


 急に雰囲気の変わったトーマの声に気圧され、素直に言葉に従う。

 顔を上げ、廊下の奥が視界に入る。廊下の終着点には無機質で無表情な窓が取り付けられ、その向こうには東京のビル群が見え──


「え?」


 見えない。いや、見えるのだがいつもの風景じゃない。空は真っ赤に染まり、血糊のような雲が不気味に浮かんでいる。漫画の中でしか見たことのないような黒い霧が出ており、見間違いでなければ不気味に変形した鳥が空を横切っていった。


「何……これ……」

「結季奈……まず落ち着いて」


 振り返る。するとそこにはカウボーイの装束になったトーマが立っていた。

 ああいやだ。またこうなった。

 改変だ。とうとう神保町以外の地でも起こってしまった。


「もう……やだ……!」


 その場に座り込む。もう我慢しようとも思わなかった。とめどなく涙が溢れ、顔を覆う両手の隙間からこぼれて行く。

 トーマはそんな結季奈を刺激しないようゆっくりと近づき、さめざめと泣く結季奈の前でしゃがみ、視線の高さを合わせた。


「……本当にごめん。もう……なんて言ったらいいのかわからない。でも……どうか、どうか信じて」


 そう言い、トーマが結季奈の方に優しく手を置く。


「君は僕が絶対に護る。もう僕のことを嫌ってくれてもいい。でも、これだけは信じて」

「ほう? 言ったな」


 突然、結季奈の口が歪みそう言葉を吐いた。トーマの両目が驚愕に見開かれる。今発言したのは結季奈だった。だがしかし──今の声は明らかに結季奈のそれではなかったからだ。


「離せ」


 結季奈はそう言い肩に置かれたトーマの手を振り払う。そのまま大儀そうに立ち上がり、トーマを見下ろした。


「……誰だ。結季奈に何をしたんだ!」

「ふむ。流石に見抜くか」


 声がそう言うと、何かがむりやり引き剥がされるような湿った音がし、結季奈からまるで湯気が立ったかのように黒い煙が飛び出した。それらは空中で集まり、背後の様子を映さない程濃くなったあたりで突然中から黒いローブをまとった何かが姿を現した。






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