第二十五話:そこビンと缶だよ
「何の用だ」
「そ……その、えっと……今日の放課後って空いてますか」
「放課後……放課後か」
と、ここで首を回したシグが隣に立っていたトーマと目が合う。微妙な表情をしているトーマの顔を見て一瞬固まったが、そのまますぐに相澤と向き合い、
「暇だ。めっちゃ暇だ」
やや早口気味に言った。トーマが反応を示したがすぐに無理矢理口を塞ぎ黙らせる。
対して相澤はそれを聞いて安心したように顔を綻ばせた。そしてほんのわずかに顔を上げると、シグ同様、やや早口に続ける。
「じゃあ、部室に来てください。き、聞きたいことが、あって」
そう言って足早に二人の前を去って行く。最後まで二人と目を合わせようとしなかったが、そこにこめられた意味を考察できる二人ではなかった。
「……よし」
「よしじゃないよ!」
シグがそう言うと、口にあてがわれていた手を無理矢理引き剥がしたトーマが抗議する。相当強く押さえられていたようで口のまわりにうっすらと痕ができていた。
「あ? なんだよかわいい後輩の頼みだぞ? 断るわけにはいかねぇだろ」
「うう、それを言われると痛い……」
かくしてトーマによる放課後の仲直り作戦から降りる口実を得たシグは手に持っていたパックジュースを握りつぶし、朝とは違うゴミ箱に投げ込んだ。
「そこビンと缶だよ」
***
「さて……」
そのまま午後の授業も終え、放課後になった。流石に約束がある身ならばトーマに拘束されることなく安全に仲直り作戦から降りることができる。
もともとシグからすれば部室には毎日向かうので相澤の約束があろうが無かろうが関係無かったのだが、あのタイミングで声をかけられたのは正直助かった。機嫌が良いのでたまには少し優しく接してやろうか──と、やや下衆に考えながら部室へ向かう。
シグの教室から部室へはそう離れておらず、階を一つ降りるだけで着く。のらりくらりと階段を下っていると、部室の前に立っている相澤が目に入った。
「あ、先輩」
「おう」
いつも通りの無愛想な返事をするとそのまま無遠慮にドアノブに手をかける。が、今日に限って扉は素直に開かず、まるで抗議するようにガチャガチャと音を立てた。どうやらまだ鍵がかかっているようだ。
「……開いてねえじゃねえか」
「あ、はい……せっかくなので一緒に鍵取りに行きませんか?」
いつもなら一蹴し、一人で取りに行かせる所だが今のシグは機嫌が良かった。ほんの気まぐれのつもりで相澤の提案に乗り、職員室へ足を向ける。
教室から部室までは大した距離は無いが職員室は違う。棟を跨がねばならないのでそれなりに距離があるのだが、意外にもその距離を歩くことに嫌悪感は無かった。
「私が取ってきますね」
職員室の前まで来ると相澤は突然そう言い、慣れたように職員室へ入って行くとすぐに鍵を持って出てきた。
「早いな」
「毎日やってますから」
それもそうだった。毎日健気に部室に来るのは相澤だけだ。と、なればこの〝鍵を取ってくる〟という行為も習慣化しているのだろう。シグはその返答に適当に反応を返すと、来た道を引き返し始めた。
復路でも相変わらず相澤の雰囲気は妙だった。シグはそれに気づいてこそいたが、面倒くさがってそれを指摘しない。結局部室から職員室までの間で交わされた会話はこれだけだった。
そのまま部室に着き、扉が開かれる。その頃にはシグもすっかりいつもの調子に戻ってしまい、部屋に入るなりやや乱暴に鞄を投げ出した。
「で? 聞きたいことってなんだ」
近くにあった手ごろな椅子を引き寄せ、前後逆に座るといきなり話題を切り出した。
「えっと……いや、その前に」
相澤も相澤で手ごろな椅子に行儀良く掛け、シグと向き合う。
「この間は……ありがとうございました」
「この間?」
シグが眉をひそめる。
「じ、神保町での……あの……」
「ああ。この間ったって割と前じゃねえか」
「そうですけど……まだ、ちゃんとお礼……言えてなかったので」
段々と小さくなっていく声と比例してシグの眉間にはしわが寄っていく。
「そうだったか? まぁいいさ。それだけか?」
「あ、いや、ここからが本題なんですけど」
そう言うと相澤はパソコンを起動し、同時に鞄の中から束ねられたルーズリーフを取り出した。
「これ……なんですけど。あれからちょっと頑張ってみて。でもその……やっぱりわかんないなぁって……。前は聞き方が悪かったと思うので、ちゃんとわからなかった所まとめてきたんです」
「……マジか」
シグはそう呟き、相澤から渡された紙の束に目を通す。いずれも初歩的な質問だったが、どれもパソコンを触ってみないと出てこない疑問ばかりだったので〝頑張ってみた〟という言葉は嘘ではないということが読み取れた。
以前パソコンについて質問を受けた時は面倒だったので適当にすませたがこうされてしまうと邪険にはできない。シグはやっと観念し、小さくため息をついた。
「……あぁ、そうだな……しょうがねえ、まずはここからやってくか……」
そう言って立ち上がったばかりのパソコンに手を伸ばした。
***
「……第三十三弾も失敗か……」
一方その上階ではトーマが膝から崩れ落ちていた。手に持ったノートには本人曰く綿密に計算された仲直り作戦第三十三弾が記されていた。
「ハァイトーマ!」
「えっ、あ、あぁ、メアリ。どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないヨ! 今日レギュラー選抜の日でショ?」
「あああそうだ忘れてたぁ!」




