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第二十四話:見てくれている人間が居るということは存外活力を与えるものだ

「メアリか。あれからどうだ?」

「いやー、ビックリしちゃったケドもう大丈夫だヨ」

「そうか。結季奈はどうしてる? 最近会ってくれなくてな」

「そうなんだヨ。その結季奈のことで相談が……」


 月姫はあれからメンタルケアを理由にメアリと関係を構築していた。何も知らないはずとは言え、イコンと関わった人間を放置しておくわけにはいかない。更に改変世界へ入ってこれた理由も気になる。

 月姫は保健室の隅に置かれた椅子を雑に置き、メアリに勧めた。メアリは軽く例を言うと素直に座り月姫と向き合う。


「さて……結季奈のことで相談、とは?」

「やっぱりあれから……イコンに襲われたのがよっぽどショックだったみたいでふさぎ込んじゃってるんだよネー……」

「お前の目から見てもそうか。参ったな……」

「まぁでも助かっただけいいんだけど。あのカウボーイのイコンには感謝しないとネ」


 結季奈が塞ぎこみイコンとの関係を徹底的に断とうとしていること自体はまだいい。しかしそれが過剰になって次に結季奈がイコンに襲われた時に行動できないようなことになれば厄介この上ない、というのが月姫の考えだった。

 流石に結季奈をイコンを引き寄せるための餌と思うほど薄情ではないが、実際関係が断たれることによって被る損失を考えない訳にはいかなかった。良くも悪くも黒幕へ繋がる手がかりを持ったイコン達は結季奈を狙ってやってくるのだから。


「やっぱりセンセーでも難しい……?」

「お前で駄目なら私にも無理だろうさ。親友にできないことがどうして着任数ヶ月の保険医にできるんだ」

「むぅーん……駄目かぁ……」

「とにかく、今は見守ってやれ。見てくれている人間が居るということは存外活力を与えるものだ」


 月姫はそう言いながら事務椅子に体を預け、きいきいと軋ませながら机上のマグカップを手に取った。

 そうしてまたメアリの方を向くとマグカップ越しにメアリと目が合った。見るとまるで感動的だと言わんばかりに目を輝かせている。


「……なんだ」

「それだヨー! センセーかっこいいヨ! そうだネそうだネ。誰だって一人は寂しいもんネ……」

「あ、あぁ……そうだな」


 あまりにオーバーなリアクションに月姫は面喰らったように曖昧な返事を返した。一方のメアリはそんな月姫の様子などおかまいなしにずい、と顔を近づけてくる。


「ひょっとしてセンセーも誰かに見守られたことあるの? じゃないとそんなかっこいい言葉でてこないからネ!」

「……」

「センセ?」

「……あ、ああいや、なんでもない。そうだな。私にもそれくらいの経験はある」

「だよネだよネ! 誰? ファミリー? ブラザー? あ、ひょっとして……」


 と、そこでチャイムが鳴る。恋愛話にときめく乙女の顔になっていたメアリの表情が露骨に曇った。


「そら、次の授業が始まるぞ。早く行け」

「むぅー。次は教えてよネ!」

「覚えてたらな」


 月姫はひらひらと手を振り、メアリを追い出すように見送った。メアリが退室していった後も少しの間そうしていたが、やがて表情が硬くなり、一人思案を始める。

 ──見守られる、か。

 口をついて出てきた言葉。そういう言葉にはその人間の経験、価値観が反映される。だからこそ、月姫は自分の口からそんな言葉がでてきたことに自分で驚いていた。自分が傷つき、誰かに支えられた経験が過去にあったかもしれない、とは。〝イコンと戦う狂気の闇医者〟紫乃崎月姫にも存外かわいい過去がありそうだ。

 ──ん?


「……そういえば、なんで擬態を解いたトーマの姿を知ってるんだ、あいつは」


 トーマが現れたのはメアリが忠雪に退避させられた後のはずだ。流石に正体には気づいてはないようだが──まぁ、おおかた宇琳あたりが口を滑らせたか。月姫は一人そう納得し、手元の情報整理を再開した。


 ***


「あー……惜しいな。そこは関係代名詞を使うんだ」

「うえっ!?」

「だから言っただろ……」


 それから少し経った後のこと。英語の授業中にそれは起こった。黒板に無慈悲に書かれた赤文字の訂正。それは今そこに書かれた解答が不正解であることを示している。

 その前に立っていたのは結季奈。彼女の解答はどうやら模範解答とは違ったらしく、赤文字での訂正を受ける。しかし意外なことにその訂正に声を上げたのはトーマだった。その隣でシグが教科書に顔を埋めながら頭を抱えている。


「どうしたトーマ? あ……そうかネイティブはもう関係代名詞はあんまり使わないよな」


 バツが悪そうに納得する英語教師の背後で結季奈は教室の後方へ強烈な視線を送る。その視線の先ではトーマが中空を見つめながら口をぱくぱくさせていた。


「仲直り作戦第六弾も失敗……と」


 その隣でシグが自分のノートに赤い丸を書き込みながらそう呟く。

 あれからトーマはなんとかして結季奈との関係を修復しようとあれこれ手を尽くしていた。第六弾となる〝あてられた英語の問題の答えをこっそり教えてあげる作戦〟はネイティブスピーカーであるトーマにとって自信のある作戦だったようだが、ネイティブであるが故に間違うという事態を引き起こしてしまっていた。


「ど……どどどどうしようシグ……! 結季奈めっちゃ怒ってるよぉ……!」

「だから落ち着けって言っただろ……! 何度も言わせんなバカ!」


 やや肩をいからせ座席に戻っていく結季奈を横目にトーマは小声でシグに意見を求めるがシグの方も苛立ちを隠せない様子だった。見ると彼のノートには赤い丸が所狭しと並んでおり、わかってたなら言ってよと身を乗り出して抗議するが話を聞いてなかったのはそっちだろと無理矢理押し返されてしまう。


「ううう……まだだ、まだ僕は諦めないぞ……!」


 シグに抗議してもらちが明かないとやっと理解したトーマは一人呟き、そのまま即座に次の〝作戦〟を練り始める。大丈夫、答えはあるはずだ。何かやりようがあるはず。そう自分に言い聞かせて──


「……今何弾まで行ったんだ……」

「第二八弾までやりました……」


 昼休み。朝と同じく廊下に陣取ったトーマとシグが疲労困憊といった様子で肩を落とす。その表情は朝よりもひどく、ここまでの彼らの奮闘を悲劇的に物語っていた。

 授業中の助け舟だけでなく、トーマは思いつく限りのことを実行していた。落し物を誰よりも早く見つけてあげる作戦、偶然一個多く買ってしまったチョコレート作戦、忘れ物をこっそり貸してあげる作戦──。それなりに頭を使い手をつくしたようだが、全て失敗に終わり、ものによっては裏目にすら出た。シグはというと、そんなトーマの隣の自販機で朝と同じジュースを購入していた。


「てめぇこの野郎……もっと上手くやりやがれ……」

「上手くやってるでしょ……」

「上手くやれてたらどうして今俺らはこうなってるんだ……」

「諦めないぞ……僕は諦めないからな……午後も第二九弾から再開だ!」

「おう勝手にやれやれ……俺はもう今日は降りる……」

「いいや大丈夫。まだざっと十本くらい作戦がある!」

「何言ってんだお前」


 上がって行く気温の中、二人の動作はやや緩慢であったがそれでも途切れない言葉の応酬が白熱する。


「あ、あのっ」


 と、その時二人の会話に三つ目の声が割り込んでくる。唐突な乱入者に二人は虚を突かれたように一瞬黙り込み、ゆっくりと首を回す。すると、二人のすぐ隣にいつの間にか相澤が立っていた。


「あ、あぁ……菜緒ちゃんじゃないか。どうしたの?」

 トーマはすぐに持ち前の愛想の良さを発揮し、笑顔を作ってみせるが相澤は相変わらず伏し目がちにもじもじとしている。

 と、ここでトーマの隣でシグがため息をついた。


「……俺に用だな?」


 面倒臭そうにシグがそう言うと相澤は何も言わずに小さく頷いた。目を合わせず言葉も発しないが意思疎通が成立したことにトーマは驚き、口をあんぐりと開けシグの顔を見やった。






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