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第二十二話:もう……関わらないで

「流石に一対五は卑怯だろ」

「僕達は彼女を守らないといけないんだ。そんなこと言ってられないよ」

「……そうかい」


 イコンにとってのエネルギー源とは、そのキャラクターに向けられる憧れや好意といったもの。それを彼らの出典元となる〝原典〟を媒介してイコンとしての力を生み出している。それ故に最近の人気キャラクターである日向は供給されるエネルギー量も多く、強力なイコンとなっていたが、先ほどシグらによって原典を破壊されエネルギーの供給が断たれてしまった。力を使い果たした日向はその存在を保てず、彼の世界へ帰る時が来てしまったのだった。

 トーマはそれを理解し、すでに体が半透明になってきている日向を静かに見下ろしていた。


「君を歪めたのは誰なんだい。本当の君はそんな人間じゃないはずだ」

「さぁな。覚えてねぇ。あの人斬りだってそうだったろ?」


 日向は最後の抵抗と言わんばかりにせせら笑うと、そのまま頭だけを起こして結季奈の方を向いた。


「おい」


 声をかけられ、結季奈の肩が震える。結季奈はそらしていた視線を少し戻し、目で返事をした。


「お前も大変だよな。こんなことになって。もっとも、もう俺には関係ねぇことだから謝っとくよ。すまなかったな。まぁ後はそこの〝イコン〟と上手くやれや。お前の周りにはイコンがいっぱいなんだからよ!」


 イコン、という言葉をやたらと強調した言葉を残すと日向は満足そうにそのまま消えていった。後に残ったのはトーマと結季奈だけ。完全に日向の気配が無くなったのを感じ取ると、トーマは銃を収め、手袋をはずし綺麗な手を結季奈に差し伸べた。


「……大丈夫? ごめんね。危ない目にあわせちゃって……もう大丈夫だから。さ、帰ろ──」

「や……やめて」


 結季奈の手を取って立ち上がらせようとしたトーマの手を結季奈が振り払う。突然のことにトーマは困惑するような顔をした。


「け……結局……イコンって何なの。なんで私を襲ってくるの?」

「結季奈……?」

「確かに私がここに来たのがそもそもの始まりだし、助けてくれたのもありがたく思ってるよ。けどなんで私がこんな目にあわなくちゃいけないの……!?」

「ちょ……ちょっと落ち着こう? ね?」

「なんで私なの!? 私何か悪いことした!? ねぇなんで!?」


 せきを切ったように言葉があふれ出てくる。それに呼応するかのように涙も溢れ、気丈な少女が恐怖に潰れるのはあっという間だった。

 トーマはそんな結季奈を前にどうすればよいのかわからず、頼りなく言葉にならない声をもらすだけだった。


「え……えぇと……と、とりあえず帰ろう。ここに居てもあれだしさ……あ! そうだ!この前宇琳が美味しいお茶菓子見つけて来たんだ! ごちそうするよ。皆待ってるからさ。ね?」


 しかし結季奈はそんなトーマの言葉を無視し立ち上がる。


「もう……関わらないで。神保町にも行かないから」

「待って、それじゃあ君が」

「ほっといて!」


 結季奈は強くそう言いトーマを突き放すと、既に賑わいを取り戻している武道館の方へ足早に去り、その人混みの中へ消えていってしまった。


「……結季奈……」


 ***


「……」


 終わった。ディスプレイに映し出された点は味方を示す青い点だけになり、日向が退場、改変世界も消滅した。一応、窓の外を見やるといつものように人で溢れ、ディスプレイの情報が事実であると理解する。

 月姫は神保町の一角、例の書店の一室で伸びをした。彼女は先ほどまでシグに提供された機材を用い、イコン達の戦闘を指揮していた。シグがあまり言うことを聞かなかったが、相応の結果を生んだからよしとしよう。


「さて、まずは情報の収集と分析か……」


 忠雪の時もそうだったが、何者かにそのあり方を歪められたイコンは情報を残す。そのイコンの背後にいる者、つまりは結季奈を狙う者、このイコン事件の黒幕が。イコンによる改変を防ぐのにはこういった目的もあり、無事改変を止めたからはいおしまい、とはいかないのだ。

 しかし今回のイコンは既に消滅し、回収できない。どうやって情報を集めるか──

 ──逃げろッ!


「ッ?」


 瞬間、誰かの声が聞こえたかと思うと月姫の視界が激しく点滅する。同時に体の感覚が一斉に異常を訴え、自分が立っているのかすらわからなくなる。


「駄目だ! 行っちゃ駄目!」


 また誰かの声。同時に視界が開けた。

 先ほどまでと同じ書店の中ではなく、周囲は赤く染まり、全身の神経が熱を感じた。わけもわからず周囲を見渡すとそこは──神保町だ。しかし様子がおかしい。ここが神保町なら──何故どこもかしこも〝燃えている〟のだ。


「ううん。もうどうしようもないよ。もうこれ以上皆を苦しめたくない」


 先ほどの声に対し、月姫の口が勝手に開き言葉を吐き出す。同時に視界がまわり、自分が振り返ったのがわかった。同時にスライドするように大きな帽子を被った子どもの顔が映りこむ。


「……でも!」

「大丈夫。覚悟はできてるから」


 月姫はそう言い燃える神保町へ走り出す。驚くほど軽やかに体が動いた。


「駄目だ! 行くな!」


 背後から先ほどの子どもの高い声が届く。が、月姫はおかまいなしに地を蹴り、大通りを走っていく。


「……〝結季奈〟あああぁぁぁああぁぁぁぁああぁぁっ!」

「ッ!?」


 その光景はまるで夢から覚めるように急に終わった。気づくと周囲に火はなく、のどかな神保町が帰ってきていた。しかし月姫の全身は汗でぐっしょりと濡れ、たった自分に起こったことを思い出しながら呆然とその場に座り込んでいた。


「今のは……」


 まさか、自分の失われた記憶だとでもいうのか。日向を倒したこと、いや、おそらくそれは直接的な理由ではないが、今の戦いの中にあった何かしらがトリガーとなって自身の記憶の一部を呼び覚ました。そうなのだろうか。

 だが──そうならば。あの少年は何故月姫のことを結季奈と呼んだ。あの記憶は月姫の記憶というより結季奈の記憶と言った方がしっくりくる。しかし少なくとも結季奈が生まれてから今日に至るまで神保町であの規模の火災は起こってないはずだ。ますますわけがわからない。


「一体……私は」


 日向とイコン達の壮絶な戦い。それはあまりにも不穏なものを残して不気味に終わっていった。





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