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第二十一話:時間切れ、だ

「補給中隊、戦車中隊を投入」


 シグがまるでオーケストラの指揮をしているかのように腕を振ると、その場に数十輌の手乗りサイズの戦車、更に宇琳の人形達の上に降り注ぐようにこれまたミニチュアサイズの小銃が現れた。


「ホントに敵に回したくないわねアナタ」


 銃を持った人形、さらに小さな戦車の援護射撃を受けながらセンチュリオンが言う。これがシグの実力。一つの軍隊を率い、恐らく月姫らの中では最も高い火力と制圧力を持つイコン。それがシグだった。幣原としての顔を持つ以上、相澤やメアリの前で正体をさらすわけにはいかなかったが、果たしてその制約が無ければどうなっていたのだろうか。


「ほぉらおどきなさぁい!」


 しかしセンチュリオンも負けてはいない。援護射撃を受けながら書店の入り口までたどり着くと、堅く閉ざされた入り口に躊躇なく手をかける。


「開け~ゴマっ! ふんっ……どるぁああぁぁあぁぁああぁぁあぁぁッ!」


 腕に力を入れ、みしみしと音を立てながらも力技で入り口の扉を開く。しかし同時に店内から溢れんばかりの影が現れ、センチュリオンに降り注いだ。


「あらやだ」


 センチュリオンがそう言うのと同時に、反対方向から色鮮やかな服を着た人形が飛びかかる。一つ一つは小さいが質量を持った集団がぶつかり合い、センチュリオンを呑み込み衝撃を発生させる。


「センチュリオン! だいじょぶー?」


 相変わらずの間の抜けた声。しかし人形と影の集団の中からやたらと太い腕が突き出し、親指を立てた。


「無事よぉ!」


 そう叫ぶと同時に周囲の物を吹き飛ばしセンチュリオンが現れる。片腕は親指を立てたまま、もう片方の腕には不思議な光を放つ本が一冊握られていた。


「見つけたか。やれ!」


 シグが叫ぶとセンチュリオンが本を宙に放る。それに合わせて戦闘機が飛来し、機銃掃射を浴びせかける。本はたちまち穴だらけになり、やがてぼろぼろの紙くず同然になった。


「……よし、これでもう大丈夫だろ」


 本としての原型を失い、地面に転がった日向の原典を前にシグが口を開く。これで日向のイコンとしての力の供給は断たれ、あの強大な力は封じられる。シグはそれを確認するとまたバイクを出現させ、秋葉原の方角へ足を向けた。


「あら? 結季奈ちゃん助けにいかないの?」

「もうキッドがいるしお前らも行くんだろ?ならそれで充分だ。俺は行かねぇよ面倒くさい」


 ぶっきらぼうにそう言うとバイクにまたがり、そのまま走り去ってしまう。


「もう。素直じゃないのねぇ」

「そうだねー」


 そんなシグを二人はにやにやと笑いながら見送り、そのまま彼とは反対方向に走り出した。


 ***


「うっ!」


 九段下には田安門という大きな門がある。江戸城跡、つまり皇居の入り口の門の一つであるが、ここを通れば日本武道館、さらにその奥へ行けば北の丸公園へと辿りつく。

 今、トーマと結季奈はその北の丸公園にいた。対するは日向。たった今、彼の放った電撃に当たり落馬してしまう。


「随分逃げてくれたじゃないか、この前の威勢はどうしたよ」


 日向はトーマを挑発しながら歩み寄る。既に自爆技の傷は癒えてきており、動きも充分回復してきておりトーマにとっては苦しい相手に戻ってきていた。

 日向はトーマを無視し、その後方へ落ちた結季奈のもとへ足を向ける。が、近くまで来たところでいきなりトーマが手を上げる。その手には拳銃が握られていた。


「おっと」


 銃声とともに日向が身を翻す。その一瞬の隙をついたトーマが立ち上がり、日向に殴りかかった。


「焦ってるね、この前の余裕はどうしたんだい?」


 トーマが挑発を返す。日向の表情がわずかに歪んだ。


「……」


 結季奈はそんな二人のイコンのやりとりを黙って見ていた。すでに叫んだり悲鳴を上げる気力は残っておらず、実際に銃弾や電撃が飛び交う戦いをぼんやりと、どこか他人事のように見ている。

 俎橋からここまでの距離はそう長くない。ましてや馬に乗っていたことを考えるとあっという間に着く距離と言っていい。しかしその短い距離で結季奈にとっては致命的とも言える場面が何度もあり、前回忠雪に襲われた時以上の恐怖、衝撃が結季奈を支配してしまっていた。


「ここまで来て……何度もお前らに邪魔されて……! これ以上俺を怒らせんな!」


 緻密さのかけらも感じられない電撃が放たれる。トーマは瞬時にその場に伏せそれをやりすごすと、そのまま脚を伸ばす勢いを使って日向に詰め寄る。


「それは無理だね。君に彼女は連れて行かせない」


 素早く背中の散弾銃を抜き、銃身の方を握るとそれを棍棒のように振るう。日向はそれを右腕で受け止めると即座に空いた左手でグリップを握り、乱雑に引き金を引いた。

 臨戦態勢になっていた散弾銃は誰を狙っているのかも知らずに素直に散弾を吐き出す。しかし自分の銃に撃ちぬかれるなどというヘマをするトーマではない。まるでそうしてくるのがわかっていたかのように直前で散弾銃から手を放し、はたくように銃口をそらすと流れるように片手でピストルを抜き、日向の左腕を撃ち抜いた。


「うぐッ!」


 そのまま日向が取り落とした散弾銃を拾い上げ、腕の中で素早く一回転させピストルの代わりに日向に突きつけた。


「もうやめにするべきだ。君だってわかってんるだろう?もう君の原典は……」

「うるっ……せぇ!」


 今度は日向が肉弾戦を挑んできた。トーマやシグを越える俊敏さで飛び出し、トーマを押し倒す。そのままの勢いで頭突きをお見舞いした。トーマは鼻から血を吹き、痛みに顔を歪める。


「ハンサム顔が台無しだな色男」

「そうだね。鼻が曲がったらどうしてくれるんだ」


 来るしそうに、しかしそれでもトーマは皮肉を返すと日向の下腹部に膝蹴りを打ち込み、体を浮かせる。間髪いれず投げ飛ばし、鼻を押さえたまま立ち上がった。

 その瞬間トーマの足元に電撃が着弾する。突然のことにトーマはバランスを崩し、再び転んでしまう。


「結季奈!」


 が、その瞬間トーマは何故か結季奈の名を叫んだ。唐突に名を呼ばれた結季奈は我に返り、顔を上げると日向が指をこちらに向けている。


「くっ……!」


 トーマが飛び出す。しかし距離がある。間に合わない。一方の結季奈は反射的に腕で頭を庇い、意味のない防御態勢をとった。


「結季奈ああぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 トーマが叫ぶ。何度阻まれたかわからない日向の必殺の一撃は数多の妨害を潜り抜け、ついに護りのなくなった丸裸の結季奈に向け放たれる。

 ──やっぱり、もう神保町とは縁を切るべきだったんだ。

 結季奈は音が無くなっていく世界の中でそう思った。後悔というよりはただそう思ったという程度の言葉だった。当然だろう。これから死んで多摩川結季奈としての記憶はなくなるというのに、何を反省することがあるのか。

 視界が白く染まっていく。死ぬというのは案外痛くないもののようだ。視界はやがてきれいに白に飲み込まれていった。

 が、そのまま特に何があるというわけでもなく、少しすると当然のように他の色と音は戻ってきた。


「あ……れ」


 結季奈が腕を下ろし、恐る恐る顔を上げると、日向が無表情のまま立っていた。腕は相変わらず結季奈に突き出したまま、しかし先ほどまでの殺意はきれいに無くなっていた。


「……ケッ」


 小さく舌打ちをする。そのままその場に仰向けに倒れこんだ。


「……?」

「時間切れ、だ」


 トーマが静かにそう言い日向に歩み寄る。日向は寝転んだままトーマの顔を見上げた。その表情には先程までの怒りや殺意は込められておらず、諦観が感じ取れた。






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