第二十話:一人は嫌です!
「ここまで来れば大丈夫か……?」
時間は少し遡り、神保町に忠雪と宇琳が乱入してきた頃。シグと相澤は神保町を走りぬけ、秋葉原にたどり着いていた。脇道に車を止め、平時の賑わいを見せる秋葉原を前にここはまだ改変の外の世界のままだ、と理解する。
「おい」
そのまま助手席の相澤に声をかけた。先ほど神保町で死に目にあった相澤は頭を抱えて震えており、シグの呼びかけに反応しない。
「……おい、聞こえないのか? ……相澤!」
「は、はいぃっ!」
裏返った声で相澤が反応し、顔を上げる。そしてあたりを見回す。無人の神保町ではなく、むしろ人で溢れかえった秋葉原が目に入り、目を白黒させている。
「あ、えっと……」
「怪我はないな?」
シグがシートベルトをはずしながらぶっきらぼうに言う。心配しているよりは事務的な確認に近い声色だった。
それに相澤は小さな声で返事をする。シグはよし、と言うと扉を開け車から出ようとした。
が、その腕を相澤が掴む。
「……なんだよ」
「ど、どこへ行くんですか?」
「多摩川とスミスがまだ向こうだろ。戻る」
なんでもないように言うシグの言葉に、相澤はショックを受けたように瞬時に泣き顔になった。
「なんでお前が泣くんだ」
「お……置いていかないでください!」
「無理だな。お前を連れて戻れば逃げてきた意味がねぇし、何より足手まといだ」
「一人は嫌です!」
──一人は嫌なの!
「ッ!?」
瞬間、シグの耳に相澤のものではない言葉が響く。すぐにただの空耳だと理解するが、彼の頬を汗が伝った。
「……チッ」
シグは小さく舌打ちすると、ポケットから小さな通信機を取り出して相澤に押し付けた。相澤の方は突然渡された通信機を前に、それとシグの顔を交互に見比べた。
「何かあればそれを使え。俺の通……スマホに繋がってる。それからこの車から絶対に降りるな。この中にいる限り安全だ。二十分以内には戻る。それまでそれで我慢しろ」
シグは一方的にまくしたてるようにそう言うと乱暴に扉を閉め、何か言っている相澤を無視して神保町に向けて走り出した。角を曲がり、相澤から見えなくなった辺りで人影がまばらになり、ある一点から空気が変わる。
そこでシグは改変世界に入ったと理解した。同時に彼が着ていた制服が溶けるように消失していき、その下からシンプルだが機能的なデザインがなされた近未来の軍服が姿を現す。
「コード〝グラスホッパー〟!」
そう叫ぶとシグと並走するようにワームホールが現れ、中から一台のバイクがエンジンを荒々しく吹かしながら現れた。シグはそれに飛び乗り、右手を捻って道路を突っ切っていく。
やがてがれきや破壊された建物が目に映り、場所が〝近い〟ことを理解する。懐から相澤に押し付けたものとは違うトランシーバーを取り出し、無作法に言葉を投げかけた。
「俺だ。まもなくそっちにつく。誰でもいいからスミスを退避させろ。見られたくない。送れ」
相澤に言ったときのように一方的に言うと口を離す。一拍置いてトランシーバーが雑音を吐き出した。
「某がやります。三分ください」
「了解した。五分でそちらにつく。以上」
そう言うとトランシーバーを腰のポーチにしまいこみ、さらにエンジンを吹かす。乱暴な運転だったが、今は少しでも時間が惜しい。
やがて予告通り五分も走った頃にセンチュリオンの巨大な背中が目に映った。隣に見える小さい人影は宇琳と見て間違いないだろう。忠雪は既にメアリを連れて離脱したようで二人以外の人間は見えなかった。
「あの子はどうしたのよ」
「秋葉に置いてきた。あそこなら安全だ」
「もう、傍に居てあげなさいよ馬鹿ねぇ」
「やなこった」
シグがバイクを降りるとセンチュリオンが声をかけてくる。その背後でバイクはひとりでに走り出し、再び現れたワームホールに消えていった。
「で、状況は」
「見てのとおりだよー……」
宇琳がぐったりとした顔で前方を指すと、やはり数の減らない影が蠢いていた。
「雑魚じゃねぇか何手こずってる」
「数が減らないのよ……多分あの子とは別の所からの出力ね」
「面倒だな……原典を狙っちまうか」
シグが指を鳴らすと上空からプラモデルサイズのプロペラ戦闘機が数機出現し、彼の周囲を旋回し始める。
「検討はついてるの」
「お前らだって感じてんだろ?さっきからそこの本屋が怪しくてしょうがない」
シグが言うと、別に指を指しているわけでもないのにセンチュリオンと宇琳が同じ場所に目をやる。その視線の先には交差点に面した場所に建てられた立派な書店があった。既に交差点を埋め尽くす程の影が蠢いているが、その書店の前だけ少し密度が濃いように見える。
「今あいつはどこに?」
「コーキョ? だったかしら? 結季奈ちゃんを追ってそこに行ったわ。トミーが対応してるはずだけど」
「なるほどな。隠す余裕も無くなってるみてえだ。ならさっさとやっちまおう。攻め時だ」
言うなりシグは右腕を振り上げた。すると彼の周囲を旋回していた戦闘機が急に軌道を変え、影に向かって真っ直ぐに飛んでいく。同時にセンチュリオンが飛び出し、影の群れに飛び込んでは爆発が起こったように吹き飛ばしていく。更にあたりに散らばっていた宇琳の人形も次々に立ち上がり、影に飛び掛っていった。




