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第十六話:なんか増えてね?

 九段下と神保町は隣接しあう地域であり、距離はまったくと言って良い程無い。メアリの提案を承諾してから十分もしないうちに二人は神保町にたどり着いた。

 やはり体が緊張する。どこかに日向が潜んでいるかもしれない。それ以外のイコンがどこかで自分のことを見ているかもしれない。どうしてもそう意識してしまう。純粋にイベントを楽しもうとしているメアリの横で、結季奈の挙動は不審になっていた。


「ん? あれ……」


 ふとそんな時に、結季奈の視界にどこか見たことのある後ろ姿が映り込んできた。短いショートボブの髪型に細い肩、学校指定のカーディガンを着用して、どこか頼りなさげにふらふら歩くあの姿は──


「あっ、ね、ねぇ!」


 無意識に声をかけてしまう。対して、声をかけられた相手はゆっくりと振り返った。相澤だ。昨日コンピュータ部の前で見かけた下級生の姿があった。

 声をかけたはいいが何の為に声をかけたのか。結季奈でさえわからないのに相澤にわかるわけがない。彼女からすればいきなり知らない人間に声をかけられ、しかも目の前で固まっている。結季奈を前に彼女は目を白黒させた。


「は、はい……私ですか?」

「えっ、あ、うん」

「んー? どしたユキナー?お友達ー?」


 メアリが会話に入ってきた。しかしメアリは相澤と初対面どころか存在すら知らない。結局メアリも結季奈の返答を待って固まってしまった。


「あ……えーと……菜緒ちゃん、だよね?」 

「え……あ、はい。そうです、けど……」


 何を言ってるんだ私は。結季奈は心の中で存外冷静に自分にツッコミを入れた。名前を確認したところでどうしたというのだ。もう話を切るタイミングを見失ってしまった。


「ナオ? いい名前ネー! 私はメアリ!メアリ・スミスっていうの! よろしくー!」


 が、ここでメアリが動く。持ち前の人当たりの良さを発揮し、相澤の両手を掴むと上下にぶんぶん降る。握手のつもりだろうか。相澤の方はそんなメアリに気圧されたのか口から言葉にならない声をかすかに漏らすだけでされるがままだった。


「名字は何ていうの?」

「えっ……あ、相澤って言います」

「ワオ! かわいい名前! ンー、そうね。私もナオって呼んでいい?」


 ずけずけと話すメアリに相澤はだんだんと目が回ってきたのかふらふらと足が覚束なくなってきた。さすがにここで結季奈が調子を取り戻し、二人の間に入る。


「すみません……私、あまり人と話すの得意じゃなくて……」


 少しして、落ち着きを取り戻した相澤は結季奈らと並び歩きながら申し訳なさそうにそう言った。


「いや……私もいきなり声かけて完全に不審者だったわ、ごめん……」

「私もちょっと遠慮なさすぎたヨ……」


 なりゆきで相澤と一緒に歩き出した結季奈は、相澤の名前を知っていた理由を昨日コンピュータ部の前にいたからだと説明した。昨日のシグとのやりとりを聞かれていたことを知った相澤はひどく赤面したが、通りかかっただけで名前以外のことは何も聞いてないと慌てて訂正すると、少し安心したような顔をした。


「そういえば……菜緒ちゃんはここ通学路だったりするの?」

「あ、いえ……すずらんまつりに行こうかと思ってて……」

「リアリィ? 奇遇ネ、私達も行く途中だったんだヨ、一緒に行かない?」


 奇遇にも目的地が一緒だった三人はそのまま神保町を進み、イベント会場を目指した。


「……」

「ん? どうしたのユキナ?」


 が、会場についた所で不意に結季奈が足を止めてしまう。

 流石になんともないわけはなかった。すずらんまつりの会場はすずらん通り──数日前、日向に襲われた場所なのだ。友人と一緒にいたからか、ここに着くまでは比較的落ち着いていられたが、急に心臓の鼓動が早くなり、背中をいやな汗が伝っていった。

 しかしメアリや相澤にそれは言えない。今更メアリにこれ以上心配をかけたくはなかったし、理由を話したところで信じてもらえるはずがない。


「い、いや、大丈夫……いこうか」


 そう言って結季奈が一歩足を踏み出す。

 その瞬間、目の前の人間が一斉に姿を消した。


「えっ」


 ──自分の運命が誰かに紡がれた物語だとすれば、おおよそ紡いだ人間は良い性格をしてはいないだろう。結季奈は強くそう思った。三回目ともなればもうわかる。もう理解できてしまう。恐れていた事態がやはり起こった。容易に予想できることだったはずだ。なんで行くなどと言ってしまったのか。結季奈は数十分前の自分の浅慮さを恨んだ。いや、恨みを通り越して他でもない自分に対して憎しみを覚えた。

 口がぱくぱくと観賞魚のように奇妙な動きをする。声が出ない。思考も働かない。意志が体から切り離され、まったく言うことを聞かなくなった。

 しかし動かなくてはならない。もうなんでもいい、動けばいいと無理矢理体を動かし、背後に立っていたメアリと相澤の腕を乱暴に掴むと引きずるように来た道を引き返し始めた。


「ちょっ……何するの!?」

「多摩川先輩!?」

「逃げなきゃ!」


 やっと上ずった声を出し、自分を鼓舞するように叫ぶ。どこからだ。今度はどこから襲ってくるつもりなんだ。今回は近くにトーマ達はいない。襲われたらひとたまりもないだろう。結季奈はまずそう考え、全身に目に見えるほど鳥肌が立った。

 と、同時にふと別の疑問が浮かんできた。今、メアリと相澤の手を掴んで引きずっているが改変が起こったのに何故二人は消えなかったのだろうか。改変世界に入ってこれる人間は自分だけだったはずでは──


「おっと……なんか増えてね?」


 その時、前方で声がする。結季奈の全身にまた震えが走り、全身の末端神経が早くも仕事を放棄した。相澤とメアリの腕を掴んでいる感覚がなくなり、自分が立っているのかどうかすらわからなくなる。

 いやだ。前を見たくない。そこにある事実を受け入れたくない。

 頭でそう強く思ったが体はそんなのおかまいなしに、まるで見えない力にそうさせられているかのようにゆっくりと結季奈の顔が前を向く。やはりそこには──日向が立っていた。







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