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第十五話:今はヒーローだよ

「さて……それからどうだ」


 数時間後。すっかり人の気配が無くなった校舎の一階、保健室の隅でパソコンを前に月姫が重々しく口を開いた。

 向かうパソコンにはセンチュリオンと忠雪が映し出されていた。


「駄目ねぇ。収穫ナシ。外の様子も平和そのものよぉ」


 センチュリオンが申し訳無さそうにそう言うと、月姫の方もまぁ予想通りだといわんばかりに息をつく。


「……原典の方は」

「駄目ですね……どうやら最近人気の物語らしく、どこの店にも置いてありました。これだけあってはどれが彼の生まれた本なのか……」

「くそ……最近のイコンだから見つけやすいと思っていたがかえって見つからないか」

「戻ったぞ」


 ふと、その時月姫の背後から声がする。月姫が椅子を回し振り返ると制服姿のシグとジャージ姿のトーマが立っていた。


「あら! いいわねぇ学生生活楽しんでるじゃない!」


 画面の中のセンチュリオンが嬉しそうに体をくねらせるが、一方のシグは至極不快そうな顔をした。


「なわけあるか。こっちは早々に顔覚えられちまったんだ。余計に気をつける必要が出てきやがった……キッド、お前だってそうだろ」

「僕レギュラー目指すよ」

「……とにかく面倒この上ない」


 シグは望んでいた返答が得られなかったことで顔をしかめたが、そのまま無理矢理話を収めた。画面の中のイコン達は思いのほか馴染んでいるトーマらを見て、やれ羨ましいだの実は楽しんでるんだろうだの好き勝手言いはじめる。シグのこめかみに青筋が浮かび上がるまでそう時間はかからなかった。


「まぁ、学校生活を楽しむのもほどほどにな。もともと情報収集の意味も持つ潜入なんだ。結季奈の周辺で妙なことがないか目を離すなよ」


 やがて月姫が助け舟を出す。その言葉を合図に硬い空気が保健室を満たした。


「そうねぇ、結季奈ちゃんを守るのも大事なミッションだものね。頑張るのよ坊や達」

「だったら初めからあいつをどっかに閉じ込めとくなりなんなりしとけばよかったんだ。自由にほっつき歩かせてると初動が遅れるぞ」


 センチュリオンの言葉にシグが指揮官然とした表情で答える。実際的を射ている意見ではあった。日向を初め、敵がどこから結季奈を狙ってくるかわからない以上、結季奈から片時も目を離すべきではない。月姫らに多くの仲間が居れば良いが、残念ながらさほど人数は多くない。そのため情報収集も同時に行える手段としてトーマやシグらが学校へきたわけだが、シグの言うとおり結季奈をどこかに軟禁でもすれば少なくとも結季奈を護るイコンは一人でいい。

 だが誰もこの案を採用しようとせず、かと言って明確な答えを出さなかった。皆この案を議論するのを意図的に避けている。ある種最適解とも言えたからだ。

 シグに結季奈に対する情はない。だからこそ彼はあくまで最も効率的で、かつ安全な案としてこの意見を提示していた。しかし──


「駄目だよ。束縛はできない」


 トーマがはっきりと否定した。それを聞いたシグがトーマを睨みつけるように見つめる。対してトーマは相変わらず優しげに微笑んでいた。

「結季奈は物じゃない。僕らと同じで心があるし、もっと言うと彼女の時間は有限なんだ。そんなことしちゃ気の毒だよ。それに僕らはヒーローなんだ。誰かを悲しませるようなことはしちゃ駄目。違うかい?」


「俺はヴィランなんだが」

「今はヒーローだよ」


 トーマは優しく笑い、やんわりとシグの意見を否定した。シグは呆れたようにトーマから視線を外すと再びパソコンに向かい合った。月姫らはそれを話題の終焉と理解し、次の議題に移る。

 それから話し合うことは続々と出てきた。まず結季奈の護衛を誰がどう務めるかという話。今は宇琳が下校中の結季奈を尾行しているが、やはり限界がある。それをどうするか──次に日向の対策。本人の能力もさながら、自身に集まる人気を糧にするというイコンの性質上、〝旬〟のキャラクターは強力なイコンとなる。一筋縄で行く相手ではない。

 議論は良くも悪くも白熱し、侃々諤々と意見が飛び交った。議論は日が沈んでも続き、深夜になっても終わらず──


「トーマ……トーマ!」

「……はッ!?」

「はッ!? じゃない!見事ないびきかいて全く……はいここ、品詞分解できる?」

「品……? えへへ……すいません、まだ日本語ちょっと……」

「充分話せてるじゃないか……幣原、いける?」

「カ行変格活用連用形です」


 翌日。結局日が昇るまで議論を続けていたトーマは眠い目をこすりながら授業を受けるはめになってしまった。国語を担当する若い講師は今日何度目かわからない程居眠りを繰り返すトーマを完全にマークしており、彼が眠らないよう目を光らせていた。

 一方、窓際の席に座っている結季奈はそんなトーマの様子をなんでもなさそうに見ていた。初めは頬をつねったり、どこから買ってきたのかミントの香りの消しゴムを鼻に近づけたり抵抗していたが、五分目を離すともう頭を垂れていた。

 手元のノートに目を落とす。国語の成績だけは妙に良い結季奈にとって、この授業は退屈以外の何物でもない。ノートの隅に書かれた落書きは既に授業の内容をそろそろ侵食しそうな程に増えている。無意識に思いつくまま書き連ねていた落書きだが、ふとその中央に雑に描かれたカウボーイを見つけた。

 トーマ・ザ・キッド──。ちらと横に目をやる。席を二つ挟んだ所に座り、睡魔に負けじと不自然な程目を見開いている金髪の正体は映画の中から現実に飛び出してきたキャラクター。よく考えてもみればそんなのありえない話である。自分はどうにかしてしまったのだろうかと思えてくるほどの突飛な話で、あってはならないことでもある。どうしてこんなことに。考えても答えなんて見つかるわけがない。そう思い結季奈は既に考えないようにしていたが、もしずっとこのままだったらどうしよう。彼らはどうなっていくんだろう。そして、私はどうしていけばいいんだろう。ふと、そんなことを考え急に気持ちが鬱屈になっていくのを感じた。


「……はぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「うお、すっごいため息ネ」


 その心持ちのまま、まるで泥のようにねっとりとした一日を終えた。放課後、やっと終わった一日に安心した結季奈はいつものように帰路についていたが、無意識に自分でも驚くほど派手なため息が出た。

 隣に立っていたメアリはそれを茶化すように大げさなリアクションを取った。ここ数日、非現実的なことに見舞われすぎて現実の定義があやふやになってきている結季奈にとって、メアリはこれまでと変わらない数少ない〝現実〟の一つだった。そんなメアリの反応に結季奈は本音を言うと安心していた所がある。


「……ホントに最近ユキナ変だヨ」


 が、メアリの方はそうでもなかった。友人があまり元気がなく、突然やたら大きなため息をするようになれば、流石に心配する。


「え? そんなことないよ大丈夫」


 口をついて言葉が出る。メアリは不審げな顔をしたがそれ以上言葉を続けなかった。代わりにこんなことを言い出す。


「あ、そうだこの後時間ある?」

「え?」

「え? じゃないヨ今日すずらんまつりでしょ? 行こうヨー!」


 そう言えば、と思い出した。今日は神保町でイベントが催される日だった。正直あれから神保町には行かなくなっていたのですっかり忘れていた。つい一週間前までは毎日のように通っていた場所だったが、まるで数年足を踏み入れていなかったような不思議な懐かしさを感じる。

 正直行きたくはない。またイコンに遭遇する可能性があるからだ。しかし──


「うーん、ま、いいか。わかった行くよ」


 それでも習慣と化していたことをそう簡単にはやめられない。ホームシックに近い感情と、メアリの誘いであるという事実が結季奈の首を縦に振らせた。








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