第十四話:即馴染んでんじゃねーか
「ふむ……」
シグはパソコンに手を触れ、外観を少し観察すると電源を入れる。おそらくここも掃除されていたのか埃は一切被っておらず、動作もスムーズだった。
やがて少し大きめな画面が黒から濃い紺色に変わった。久しぶりに電源を入れられたパソコンは嬉しそうに駆動音をたて、起動の準備を整えていく。
ふと、その時シグは画面に目をやった。何も映し出されていない画面は鏡のようにシグの無愛想な顔を映している。そしてその背後に、本から顔を上げ、こちらを不思議そうに見ている女子生徒が映っていた。
なんとなくふりかえると女子生徒と目が合う。すると彼女は途端に慌てて手元の本に目を落とし、何でもないように振る舞いだした。
シグはそれを受け、今度は手元のキーボードに視線を移した。向こうが関わろうとしてこないならこちらから話しかける理由もない。別に自分はここに友達を作りにきているわけではないのだから。
そして顔を上げると、また不機嫌そうな顔と、こちらを見る気弱そうな顔が映り込んだ。そしてふりかえる。予想通り慌てた顔が視界に映りこむ。
「……何か用か」
とうとうシグが口を開いた。女子生徒は赤くなっている顔を隠そうとしたが結季奈とは違いショートボブの短い髪では隠しきれていなかった。
「……そ、それ……使い方、わかるん、ですかっ」
「あぁ。だからどうした」
「……えて……ください」
「あ?」
「教えて……ください!」
女子生徒がゆっくりと顔を上げながらシグにそう言った。目を合わせるのを怖がっているのか、伏し目がちにそう言うとそれ以上顔は上がらなかった。
「教えろ?お前やっぱりこいつの使い方わかってなかったのか」
「は……はい……」
本をたたみ、うつむいたままそう言う。
「名前は」
「あ、相澤……です。相澤菜緒といいます」
相澤はそう言い、体勢を変え座ったままシグと向き合う。そろそろ夏が見えてくる季節だというのにカーディガンを着用し、もじもじと袖をいじる姿はなんとも頼りない。世の多くの男は庇護欲がどうのこうのと言いそうだが、生憎シグにそんな感性はなかった。
「そうか。わかった。じゃあ代わりにいくつかこっちの質問にも答えてくれ」
意外にもシグは相澤の願いを聞き入れた。シグの返事を聞くと相澤は顔を上げ、笑顔を見せたが次の瞬間には曇ることになる。
「このボタンを押せばパソコンが起動する。あとは好きなプログラムを起動させていじくり回すだけ。以上。で、次はこっちの質問だが」
「ちょ……ちょっと待ってください!」
「あ? なんだよ教えただろ」
「も、もっとその……ワード? の使い方とかそういうのを教えてもらいたいんですけど……」
「嫌だね面倒くさい」
「うぅ……」
その後も相澤は食い下がるがシグが折れることはなかった。結局その日は相澤が部や学校に対して持っている情報を一方的に引き出されただけで終わってしまった。そのまま下校時間が近づくと彼女ははがっくりと肩を落とし、一人とぼとぼと部室を出て行った。
「あいつ……もっと接し方ってモンがあんでしょ……」
一方、相澤が出て行った後にコンピュータ部の前に置かれた掃除用具入れの陰で結季奈が一人毒づいた。
トーマに比べればシグはまだ安心できる方ではあったが、それでも放課後に学校に残っているということに一抹の不安を覚えた結季奈は、下校するとみせかけてこっそりシグの後をつけ、この部にたどりついていた。初めこそシグの動向を注意深く観察していたが、途中から相澤の方が気の毒に思えてきて、目的が〝シグの監視〟から〝相澤を見守る〟に切り替わっていた。
「菜緒ちゃんねぇ……そう言えば一人だけ健気に部室に通う一年生が居るって聞いてたけど、あれじゃもはやかわいそうなレベルだね……」
そう呟き、結季奈のその場を立つ。シグの動向は気になるが、下校時間を過ぎて指導を喰らうというのも面倒な話だ。そう思い校舎の出口を目指す。ふと、窓越しに体育館で見事なシュートを決めるトーマの姿が見えた。
「即馴染んでんじゃねーか」