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第一話:だから私はここが好きなの

 日本、東京都千代田区。北部神田地域に属する場所。西は九段下、東は小川町に挟まれた地域。この土地には神保町の名が与えられ、多くの人間が足を運ぶ場所になっている。

 かつての大火事で一度全てを失ったこの町は、焼け跡に生まれた一件の古書店から再出発し、今では国内有数の書店街となった。

 出版界の最先端を走る巨大な書店から、美しく年を重ねた古書を扱う小洒落た古書店まで、おおよそ書店の個性というものをここまで感じ取れる場所はそうそうないはずだ。


「だから私はここが好きなの」

「あぁ……そうだったの」


 劣化した紙の独特のにおい、多くの人間の手を渡り歩いてきたであろう本が醸し出す老練な雰囲気を全身で感じながら、多摩川(たまがわ)結季奈(ゆきな)はそう語った。

 向かうはこの古書店の主人。自らの祖母程に年が離れているが、結季奈にとっては数年来の大事な友人である。


「いやね、お隣の本屋さんにならわかるんだけど、ここに置いてあるようなものはほとんどあなたくらいの子の親御さん……ひょっとしたらその更に親御さんが読んだり観たりしてきたものだから……珍しいと思ったのよ」

「へへ、まぁ……確かになかなかJKが来る場所……じゃないよね」


 結季奈がよく訪れるこの店は「古書店」という言葉をそっくりそのまま体言したような店だった。年月が経ってすっかり紙が湿気た洋書や色あせた古い漫画など見るからに〝古書〟が並んでいた。

 加えて隣には大きな書店、というよりビルが建っており、下手をすると日照権トラブルが起きかねない配置になっている。それ故この店の存在感は見事に呑まれてしまっており、元より客足は少なく、ましてや結季奈のような女子高生が訪れることなどほぼ無いと言ってよかった。

 多摩川結季奈。東京都九段下の高校に通う女子高生。最近の悩みは名前が長くて記名が面倒くさいということ。古書や古い映像作品が好きで、趣味が神保町通いであることを除けばこれと言って特筆することのない普通の女子、悲しいことにいわゆる量産型というやつである。

 しかし一方で自分の趣味においては筋金入りだった。この古書店の主人と友人関係を築くぐらいには通いつめており、下手をするとどの店に何が売っており、さらにはそれぞれの店主と気さくに話しあえるほどに顔が知れている。古書好きの女子高生──そう言えば聞こえはいいが結季奈のそれは他人には異質に見える程の域に達しておりなかなか同志は現れない。もっとも、結季奈自身友人関係が狭いわけではないので趣味の友人など初めから求めてはいなかったが。


「あれ?」


 と、そんな時結季奈が急に声を上げる。カウンターの向こうで帳簿に何やら記入していた主人はぼんやりと顔を上げた。


「ねぇ、おばあちゃん、これって!」


 結季奈はやや興奮気味に声を上げ、隅にひっそりと置かれていたビデオテープを取り上げた。


「んー? あ、それ。意外ねぇ。結季奈ちゃんそういうの観るの?」


 結季奈が取り上げたビデオテープはこれまたボロボロの紙の箱に入れられており、かろうじて残っている銃と荒野の印刷から恐らく中身は西部劇だろうと推察できた。


「え? あー、うん。まぁね。それよりおばあちゃん! これどこで!?」

「少し前に資産を整理したいってお客さんが来てね。その中にあったのよ」

「うっそぉ……よく手放したね。ネットオークションにでも出したら結構な額になるよこれ」

「詳しいのね」

「もちろん!」


 結季奈はそのビデオテープをまるでもう購入したかのように胸に抱くとその場でくるくると回りながら解説を始めた。


「〝チルドレン・フロンティア〟……エルヴィン・S・ポート監督の最初期の西部劇作品だよ。当時の白人対原住民っていうよくある構図じゃなくて、武装蜂起した子ども達に対して元カウボーイの少年シェリフ、トーマ・ザ・キッドが派遣されてそれに対処するっていう珍しい脚本で……!」


 肩まで伸びた髪を揺らしながらやや早口に語る結季奈の姿を主人は満足そうに眺めた。ここまで嬉しそうに振舞われると見ているこっちも嬉しくなってくる。


「戦後、ひっそりVHS版が出てたんだけどあんまり人気のある作品じゃなかったから売れなかったらしいんだよね。あぁでもいいなぁ。まさか見つかるなんて……! おばあちゃん、これ頂戴! いくら!?」

「えぇと、うーん、ボロボロだし結季奈ちゃんだから……そうね、一万円でどう?」

「一万!? いいの!? うぅん……届くな。ちょっと待ってて、ATM行ってくる!」


 結季奈はそう宣言すると一番近いATMへのルートを頭の中で弾き出し、店を出た。

 ところで、演劇用語に〝第四の壁〟と呼ばれるものがある。客席と舞台の間には客席からは見えない壁があるとする考え方だ。物語と現実を区切る境界線であり、物語を物語たらしめる絶対の壁。

 しかし時に物語はこれを越えて来る。しかしどのような形であれ、客はそれを受け取る。キャラクターの息吹をよりリアルに感じると喜ぶ者もいれば、そんなものは邪道だと嫌がる者もいる。しかし、これらはいずれもこの事態を演出であると捉えている前提がある。物語が現実を侵食しているというのに、呑気にまだ相手が物語であり続けていると考えているのだ。

 そういえば昔、大切なことは目に見えないと言った人がいた気がする。面白半分にこの見えない壁を越えさせるべきではない──後に結季奈は強烈にそう感じるようになる。


「……あれ」


 店を出た瞬間、ふと結季奈の視界がちらついた。妙な光の反射に一瞬くらつき、二、三まばたきをして頭をふる。

 どうも最近は寝不足気味か。そう思いながら顔を上げた。

 いつもの十字路、いつもの瓦屋根、いつもの──武家屋敷?


「は?」


 結季奈の口から間抜けな声が漏れる。店の外の光景は一変していた。本屋が立ち並ぶ書店街であるはずの神保町は日光や太秦、川越を彷彿とさせる古風な光景が広がっていた。






こんにちは! ラケットコワスターです!

ネット小説大賞に合わせて作品を公開していこうと思います! 応援よろしくお願いします~

こちら既に過去のコミックマーケットで頒布している作品ですのでエタる心配はありません。はじめましての方はぜひぜひ最後までお付き合いください……

それでは、最終話までの短い間ですが、よろしくお願いします!

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