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「ねぇ…ちょっといくらなんでも遠くない?」
こちらにきてからも動き続けている腕時計を見ると、もうイブーの街をでてから36時間が経とうとしていた。
日の出と共に街をでてからもう2度目の夕焼けを馬の上で迎えている。
「でももうカタフィギオ山を越えて随分経ちましたから、もうそろそろ王都が見えてくる頃ですよ」
確かに最初レイが迂回すると言っていた大きな山が木々の間から今では背中の方角に少し小さく見える。
「今日は魔物の森も静かでしたし、これでも早い方なんです」
前に乗っているレイが声色に苦笑いを含ませながら、もう少し我慢してください、と続ける。
「ローリエが今朝洋服を綺麗にしてくれた魔法みたいに、チョチョイと王都まで飛べないの?」
「無理ですよ、私は魔法使いではないので」
ローリエは笑って答える。
「今朝のあれは魔法じゃないっていうの? あの大きな丸の中に入ってペンライトみたいなやつを割ったら体も洋服も綺麗になったやつ」
地球では立派な魔法なんですけど、とちょっと不貞腐れながらいうと、ペンライトが何かわかりませんが、と前置きした上でローリエは説明してくれた。
「あれは魔法ですよ、でも魔力を持っているのは私ではなくて石の方です」
石というのはあの割ると淡く光ったペンライトのようなもののことを言っているのだろう。
「あの石は魔法石と言って魔力が詰まった石で、魔法陣の中で魔法石を割ると陣に応じてさまざまな魔法が使えるんです。魔法規模が大きくなればなるほど質がいい魔法石がたくさんいるんですよ」
横を馬で並走するローリエは鞄からその石を出して私に見せてくれる。
どう見てもただのペンライトにしか見れないこれで魔法が使えるなんて、さすが異世界である。
「イブーから王都まで魔法で移動しようと思ったらもう魔法石では無理ですし、そもそも移動魔法は安全性が低くって」
「俺たちの使命はあくまで陛下を胴体と頭をくっつけた状態でお連れすることなんでね」
ローリエに続いてロザは楽しそうに笑いながら続ける。
まぁ頭と胴体が離れ離れになるぐらいなら2泊ぐらい我慢するか、とレイの後ろで項垂れる、
レイはチラリと後ろを振り返り、疲れたかいと気遣ってくれる。
「まぁね、試練とでも思っておくよ」
そう返すとレイは小さく笑った。
「でもさ、最初から王都によんでくれればよかったじゃない? レイが迎えにきてくれたわけだからある程度どこに私が来るか分かってたわけでしょ」
「俺たちはソラがこの国のどこに来るかは御神託でわかっていただけだから」
レイは少しだけ申し訳なさそうにしているのを見ると、まあ人ならざるものの力なら仕方ないというものだ。
まぁレイたちも私が想像している純粋な人間ではないのかもしれないが。
「ほら、見えてきましたよ」
ローリエが指差す方を見ていると徐々に周りの木々が減ってきて、ぐるりと大きな塀で囲われたお城が見える。
お城から少しだけ離れたところに小さな町も見えた。
あれは?と私が指差すと、リュナの町です、とレイが答えてくれた。
「リュナは神殿があるいわゆる宗教街なんです」
ローリエが続けて説明を続けてくれる。
修道士さんとかが住んでいる町なのだろうか。
「陛下も近々行くことになりますよ」
ふーん、とローリエの話に相槌を打っていると、遠くに見えた町が徐々に近づいてきて、ついには街への入り口とそこに立っている兵士が見えてきた。
門の前に立っている兵士は私たちを視界にとらえたのか、背筋を伸ばし敬礼した。
どうやらこの国でも敬意を表すポーズは同じらしい。
レイとロザが門の兵士と何か話している。
兵士の緊張感からレイとロザの方が兵士より立場は上なようだ。
しばらくすると、門の脇の小さな扉から数人兵士が出てきた。一人は青毛の馬を連れている。
ソラ、とレイは私の名前を呼ぶと馬から下ろしてくれた。
ここからは歩いていくのだろうか、と思っていると兵士に連れられた青毛の馬が私に寄ってきた。
馬は手綱で引かれるのが鬱陶しいのか、鼻を鳴らしながら頭を振った。
「民の前で馬に乗れない姿を見せるわけにはいかなくてね」
つまりは私に一人で馬に乗れということだ。
にしてもまだレイの馬の方が穏やかそうに見える。
「この馬は生まれた時から俺が丹精こめて育てたんですよ」
兵士に引かれているときは鬱陶しそうにしていた馬も、レイが手を伸ばせはおとなしくそれを受け入れ、気持ちよさそうに撫でられた。
私も恐る恐る手を伸ばすと、匂いを嗅ぐまでもなく自ら頭を下げた。
毛並みの良い頭をそっと撫でると、それは嬉しそうに頭を手に押し付けてくる。
「やっと自分の主人に会えて嬉しいんですよ」
レイはそういうと、私に馬に乗るよう促した。
手綱は俺が持つので大丈夫です、と念を押されなんとかレイの手助けを受けながら馬に乗る。
するとちょうど街の大きな門が動き出し、徐々に街の中が見えてきた。
それと同時に多くの歓声が湧く。
ロザとローリエはレイと同じように私の馬の脇に立った、レイはゆっくりと歩き出し、私はついに街の門を越える。
より大きくなる歓声の中、レイの声だけはしっかりと聞こえた。
「ようこそ、王都ユグヌムへ」
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