第2話『迫川優』⑤
(桜花の動きを察知して襲って来たか!)
優はすぐに反応して、向かって来た黒い怪物に飛び蹴りを食らわせた。しかし、身体が吹っ飛んだのは優の方で、怪物はその場に止まっただけだった。
「固いな……」
後方に回転して受け身を取った優はすぐに起き上がり、咲の前を塞いだ。そこだけは何があっても通す訳にはいかない。
「桜花、ゆっくりでいいから距離を取るんだ。俺が絶対通さないから」
「はい」
距離が開くと回り込まれかねないので、優は怪物との距離を詰める。二メートル近い背丈の怪物は唸りを揚げながら右腕を振り下ろしてくる。
(これはガードでもヤバい!)
優は瞬時に判断して避けたが、すぐに左腕がフックのように唸ってきた。
「ぐあっ……」
優は避け切れず、右肩に一撃を食らい、吹っ飛ばされた。まるで交通事故にでもあったかのような衝撃だ。受け身も取れず、身体の左側全体を叩き付けられた形になった。
「くっ……、マズい」
怪物と咲の間に空間が出来てしまった。怪物の視線は咲に向き、一吠えすると彼女に突進する。
「くそっ……絶対に……諦めねえっ!」
優は瞬時に起き上がり、脇からタックルを仕掛けた。怪物はびくともしなかったものの、咲に到達する前にギリギリ止まった。咲も驚いて腰が抜けて、へたり込んでいた。
怪物はガアッと叫ぶと優を振りほどいて吹っ飛ばした。しかし、意識は彼に集中してくれたようで、再び向かって来る。
「ちょっと待ってくれ。変身する時間くらい……くれよ!」
突進してくる相手に優は身を伏せて水面蹴りを食らわせる。これは見事に決まり、勢いの付いていた怪物を一回転させた。
「反撃開始だっ! 装填!」
優はマスクを装着し、再び銀色の仮面戦士に変化した。そして、起き上がって襲い掛かって来た怪物を今度は完全に受け止めた。
「先輩っ! 頑張って下さい!」
咲が大きな声援を送って来る。優としては、怪物の注意を引いてしまうので避けて欲しいところではあったが、一方でその気持ちには応えなければという使命感が湧いてきた。
マスクの暗視スコープが、怪物の全貌を捉えた。タコのような顔で丸い口が少し伸びており、身体は二メートルを超す長身だが、ゴリラのようにガッチリとしていた。優は捕まえた相手を柔道の内股の要領で投げ飛ばした。
「タコゴリラってところか。オイ、%“&()」‘¥$&(’&)」
優は父がウォーグと通信していた言語を用いて怪物に話し掛けた。意味は「ウォーグは何処にいる?」だったが、怪物の耳には届いていないようで、唸りを揚げてまた突進してくる。
「ちっ、奴の仲間であっても、言語を解する知能がないタイプか……」
優は相手の突撃をひらりとかわし、後頭部にソバットを浴びせた。スーツを纏った事による筋力増強効果は凄まじく、この一撃で怪物は吹っ飛び、駐車車両に激突して派手な音を立てた。
「申し訳ないが、車を気遣っている余裕はない。遠慮なくいかせてもらう!」
優は起き上がろうとしている怪物へ向かって行く。そのまま瞬時に爆発的な威力を発揮するマッハキックを飛び蹴りで食らわせるつもりだった。このマッハキックは身体にもスーツにも負担が大きく諸刃の剣であるが、優はこの怪物共を退治するには必須の大技であると認識していた。
ところが、優が踏み切って飛び上がろうとした瞬間、怪物はタコのような口から液体を噴出した。「これはヤバい」と判断した優は、咄嗟に右側に身体を捻ってそれを避けた。優には当たらず地面に落ちた液体は、砂利の石を溶かしていた。強力な溶解液のようだ。こんなものを食らったら、身体が溶かされかねない。
「危なかった。先程、バンを真っ二つにしたのもこの液体か……」
「ブシュゥゥ……」
怪物は息吹のような妙な音を立てると、液体を次々に吹き出してきた。飛距離は三メートル程度だが、合間が少ないので、避けるので精一杯だ。
「桜花、俺の背後をキープしながら下がって車の後ろに隠れるんだ」
「はいっ」
優は咲を守るようにゆっくりと向きを変え、数台の駐車車両が自分の背後にあるように位置取りをした。そして、咲が車の後ろに隠れたのを見届けると、液体を吐き続けている怪物との距離をゆっくりと詰める。
このような何かを吐いてくるような動きは、光の速さでもなければ意外と計算がし易い。吐いた位置、吐く間隔、飛距離、落下地点などは、マスクが演算してくれるので、それと連動したスーツの性能で当たらないように避ける事も可能だ。優の頭では、一気に距離を詰めて、奴が溶解液を吐く前に弾丸並みの威力を誇るマッハパンチを炸裂させる計算だった。
「マッハパンチッ!」
一気にスーツの出力を上げ、相手の喉目掛けて数十倍の速度とパワーを解放する一撃を放つ。しかし、予定外の事が起こった。怪物は液体を吐くのではなく、何かを投げ付けてきた。それは勢い込んで突っ込んで行った優の右腕に命中し、彼はバランスを崩して後退させられた。
「ぐうっ」
右腕は結構なダメージで、痺れていた。ぶつけられたのは車の破片、いわゆる鉄塊だった。奴は溶かした車の残骸を掴んで投げ付けてきたのだ。こういう予期せぬ攻撃は機械の予測を上回る。野性の勘というか、戦いの本能のようなもので対応しなくてはならない。優は武道を嗜んで、多少なりともわかっているつもりではあったが、そうであっても機械に頼ってしまった自分を悔やむ他なかった。
これで優位に立った怪物は、再び溶解液を撒き散らしてくる。優は右腕を押さえながら何とかこれをかわす。今の状態ではおそらくマッハパンチは打てない。無理に放てば、腕の方がイカれてしまうかも知れない。