第12話『人獣』②
「どういう事だ……」
優の身に緊張が走る。この場は既に破壊された跡地の筈、ウォーグの手の者が何か大事な物でも取りに戻って来ているとでもいうのか。優は慎重に辺りを見回しながら、とはいえ透明なので何者かがいても気付かれない筈だが、学長室のあった地点へ足を運んだ。
速水学長室の屋根もほぼ吹き飛んでしまって空が見えていた。優は透明状態を解除すると、大きな木の机に近寄った。引き出しがあり、何か手掛かりになるような物が残されていないか、確認する為だ。鍵は掛かっておらず、引き出しは開いた。幾つかファイルされた書類が入っていたが、本物の速水学長の業務上の資料のようで、特に手掛かりになるようなものはなかった。
一通り調べた優は、応接室の方へ足を向けた。中に入った瞬間、優のマスクが生体反応を感知した。
「誰だっ」
優より先に相手が叫んでいた。窓際に置かれた金庫の傍に大学生くらいの男がいた。
「それはこっちのセリフだ」
優が応える。大学なので学生がいる事自体はおかしくないが、現在の厳戒態勢でこの場にいる状況は不自然だ。
「その姿……迫川……か、キサマは」
「何故、俺の名を!」
「ここに侵入者があれば殺せとの命を受けている……。特に迫川優という男が来たら必ずとな。そして忍者のような風貌……間違いない」
「人の姿をしているが、ウォーグの手の者か……」
「あの方の名を口にする事など許されぬ……」
呟くように言うと、男は襲い掛かってきた。その動きは速く、あっという間に優との距離を詰めてきた。黒い怪物に匹敵する動きで、明らかにただ者ではない。マスクの性能で何とかかわせるものの、繰り出す徒手空拳の速さは人間のレベルを明らかに超えている。
「こいつ、何者だ」
優は相手の右ストレートを捌いて、カウンター気味に右フックを命中させ、窓際まで吹っ飛ばした。
「さすがに強い……。では、こちらも本気で行くぞ」
奴が全身に力を籠めるのがわかった。まるでウォーグが禍々しい赤いオーラを纏う時に似た雰囲気だ。危険を察知した優はダッシュして飛び蹴りを放つ。
「何っ……」
マッハキックではないが、渾身の一撃だった筈だ。しかし、相手は顔面で平然と蹴りを受け止めている。
「ガアァァッ!」
吠え声を発すると、優の身体は吹き飛ばされた。力が漲るような黒いオーラが相手の身体に渦巻いている。そして、その姿は人間からゴリラのような風貌に変わっていた。髪は逆立ち、筋肉は盛り上がり、この男も今まで同様の怪物なのだと判別出来た。
「こうなったからには手加減出来んぞ……」
ゴリラが呟く。
「喋れるのか……」
「当たり前だ。今までの不完全な失敗作共とは違う事を証明して見せよう」
ゴリラが突進してきた。
「速いっ」
優は避けきれずタックルを食らい、壁まで押し込まれた。スピードだけでなく。パワーも今までの怪物並みだ。
「知能を持った、人間型の怪物……って事か。こいつが、先程の警備員を……」
壁にもたれながら優が呟く。これは厄介な相手が出てきたと実感せざるを得ない。今までの怪物は猛獣のようなもので、暴れ振りには手を焼いたが、知能が弱い分、御しやすさもあった。しかし、目の前のゴリラは、どうやら知性を持ったまま怪物のスピードやパワーを発揮出来るようだ。
「迫川、キサマは人間にしてウォーグ様の配下を数体倒したようだが、オレを今までの奴らと一緒にするなよ」
言葉と共にゴリラが襲い来る。何とかかわす優だが、そのパンチは壁を破壊するほどの威力だ。そして、そのスピードも相当なもので、マスクの演算と予測で何とか凌げてはいるものの、大振りではなく小刻みな攻撃を繰り返してくるので、隙がない。
「ただのゴリラじゃないなっ」
「ゴリラなどではない。人間の進化系だっ!」
相手の一撃が優のガードを粉砕して顔面に命中した。マスクの計算能力が追い付かない速さ、しかも防御を打ち砕く程のパワーだ。優の身体は逆側の壁まで吹っ飛ばされた。
「何という……パワーだ」
立ち上がった優は己れの見立てが誤っていた事に気付いた。目の前のゴリラは今までの怪物と同等などではない。素体に人間を介しているせいなのか、それを凌駕する力を持っている。
「ダメージを上手く逃がしているな。何体かを撃破しているだけの事はある……」
「お褒めに預かり光栄だが、こっちも少し本気でやらせてもらうぜ。インビジブル!」
品定めをするように覗き込んでくる相手に、優は透明になって対抗する。姿を見失い、まごつく相手を尻目に、優は咲に通信する。
「咲、すぐに目の前の相手のデータを取ってこれまでとの相手との比較を教えてくれ。何か気付いた点があれば併せてだ」
「わかりました」
リモート監視で戦いが始まった事を承知しているのであろう。すぐに咲から返事があった。
そんな間にもゴリラは見えない優の姿を探そうと、周囲を見回している。それだけではない、何か嗅ぎまわるような仕草も見せた。
「そこかっ!」
次の瞬間、ゴリラが見えない筈の優に飛び掛かってきた。その突進は完璧に優の身体を捉え、またも壁まで吹き飛ばした。
「どういう……事だ」
何故見えない筈の自分の位置を捉えられるのか、優の頭は混乱していた。だが、まだ姿は消えたままだ、体勢を立て直すと再び攻勢に転じようと距離を詰める。
「そこだっ!」
そこを塞ぐようにゴリラが立ち塞がる。明らかに優の居場所をわかっているような動きだ。優は透明の状態でパンチを繰り出すが、奴の鼻先を掠めるだけだった。




