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第2話『迫川優』③

「おはようございます」


 優が起きて居間へ行くと、咲が待っていて朝食が用意されていた。いい匂いがして食欲を誘う。


「すみません。勝手に材料使って作っちゃいました」

「そんな事までしてくれたのか。すまんな」

「いえ、このくらいしかお役に立てないですし」

「そんな事はないさ。まあせっかく作ってくれたんだから、早く食べよう」


「いただきます」

 二人で声が揃い、自然と笑みがこぼれる。優にとってこんな朝食は久しぶりの事だった。

「美味しいな」

 目玉焼きとトースト、野菜スープが並んでいたが、どれも優の舌にとって満足のいくものだった。

「そう言ってもらえて作った甲斐がありました」

 咲は胸を張る。本人なりに料理に自信があるようだ。

「うむ。本当に美味しい」

 優の食が進む。用意された食べ物が次々となくなっていく。咲は嬉しそうにそれを眺めていた。


 食後、支度を済ませた二人は、大学へ行く為に優の車に乗り込んだ。外は快晴で、朝にもかかわらず車内は少し暑かった。車は車庫を出て少し走ると田舎道に入って行く。


「桜花は松倉教授の授業か」

 ハンドルを握りながら優が尋ねる。

「はい。先輩はお手伝いですか? スーツなんて着るんですね」

 咲は、優の濃紺のスーツ姿を見て気になったようだ。確かにいつもはパーカーとか、良くてジャケットを羽織る程度だから少し違和感があるのかも知れない。

「今日はちょっと用事があってな。ゼミには行くから」

「えーっ、先輩一緒じゃないんですか。ちょっと不安……」

「奴らもバカじゃないから、昼間に大っぴらに襲ってはこないと思うけどな。もし何かあったら携帯で呼び出してくれ。すぐ駆け付けるから」

「は~い」

 咲は少し不満気だが、納得したようでキャンパス内の駐車場で別れた。彼女は食堂近くにある階段教室のある校舎へ、優は事務局棟のある建物へ向かった。


 事務局棟はN工業大学の中でも最先端の建造物だ。前面ガラス張りのタワーと言った様相で、金も掛けられていた。優の用事は最上階である十階の理事長室だ。全方向の景色が透き通って見えるエレベーターは、宙に浮いているように錯覚しそうだった。学長兼理事長の速水雄三郎教授の趣味でこのような物が作られたと聞いている。


速水教授も父と同じく宇宙研究の第一人者で、優も子供の頃、何度か会った事がある。速水教授は大学経営の道にも進んだ為、現在学長職を務めているが、研究においても世界的権威で、数多くの論文や特許取得など成果を出していた。優の用事はその速水学長から表彰を受けるというものだった。


 エレベーターが十階に到達して停まった。ガラス張りの窓は緑色に染まってきた近隣の山々の美しさを映し出していた。エレベーターを出た少し先に秘書が座っていて、会釈してきた。


「おはようございます。迫川様ですね」

「はい」

「お待ちしておりました。どうぞ」


 細身で眼鏡を掛けた女性秘書は、物腰穏やかな調子で優を招いた。後に従って扉を潜り、学長室と書かれた部屋を通り過ぎて、さらに奥の応接室に入った。


「学長が参りますのでお待ち下さい」

 秘書に座るよう勧められ、優はクッションの利いた椅子に腰掛けた。待っている間、部屋を見回す。贈答物や土産物なのか、ガラス戸棚の中や壁面に価値のありそうな絵画や木彫りの彫刻品が飾られている。あとは本棚があり、大学経営や大学改革に関する書籍が複数並んでいた。


「ん?」


 ふと一冊の本に目が留まった。優は『宇宙の旅人』というタイトルに見覚えがあった。近付いて見てみると、父の著作だった。優はその本を手に取り、中を開いて見た。表紙をめくったところに著者近影があり、優が幼い頃の父の姿があった。よく見ると、共著として速水雄三郎の名があった。


「お父さんは本当に優秀な研究者だった」


 背後から低い声がして、優は驚いた。慌てて本を戻し、姿勢を正し、頭を下げる。

「申し訳ありません。父の著書があったものでつい……」

「構わんよ。私にとっても思い出の一冊だ」


 学長・速水雄三郎は黒のスーツに身を固め、ゆっくりと近付いて来た。ライオンをイメージさせる白髪、そして鼻の下にも立派な白髭を蓄え、威厳ある佇まいであった。彼の後ろにはスーツ姿の男が二人いた。賞状や記念品を持っており、事務官であろう。


「君とはゆっくり話してみたいと思っていたよ。その為にも、まずは用事を済まそうか」

 速水の指示で事務官が動く。一人は速水の脇に立ち、一人は優に立ち位置を指示してきた。速水と向き合う形になり、優は少し緊張した。香水でも付けているのか、良い香りがする。


 学長による若手優秀研究者表彰として、優に賞状と記念品が渡された。速水が指示して、事務官は去って行き、部屋には二人きりとなった。二人は座って向き合った。


「優秀な研究者の親子鷹とは大したものだ。お父さんもきっと喜んでいる事だろう」

「いえ。私なんてまだまだです」

「そんな事はない。私も君のスーツを紹介した動画を見せてもらったが、素晴らしい。我々のような老後を迎える世代の希望にもなる」


 速水は優を褒め称える。確かに優の開発したスーツは、筋力の衰えた老人の役に立つ事も想定されていた。速水は単なるお世辞でなく、優の研究をちゃんと見てくれているようだ。


「地域や社会のお役に立てればと思います」

 昨今の大学には社会連携・地域貢献といった要素も求められている。優自身にそこまでの意識はなかったが、話を上手く合わせておいた。

「あのスーツ、下手したら軍用にも活用され得るものかね?」

「それは……」


 大学の研究が武器や軍事に転用されるのは大きな問題で、チェックを受けて許可を得るような仕組みも整えられている。優自身、昨日怪物を撃退したように、彼が進めている研究はそちらの方向に行き着く可能性も大いにあった。


「アレ着て戦ったら、凄く強そうだよなあ。学長がこんな事を言ってはイカンのだが、実践投入してみたいもんだな。」

「まだ、そんなところまで研究は進んでないです」

 優は嘘を吐いた。速水も冗談めかして笑って話しているようだったし、下手に自分を危うくする必要はないと判断したのだった。

「まあしかし、そういう危険性はあるという事だ。そこは肝に銘じておいてくれたまえ」

「はい」


「話は戻るが、お父さんの行方は掴めていないのかね」

「ええ。何の手掛かりも……」

「彼が行方不明になった日、一体何があったんだい? 君は何か見たりしたのかい?」

「山の中で、はぐれて行方不明になってしまったんで……」

 これは嘘だ。咲に話した通り、優はその場にいたが、真実は話さないつもりだった。

「そうか。迫川君は武道も達人レベルだった筈……。そんな彼に一体何があったと言うのか……」


 速水は渋い顔で呟く。優も武道の心得はあるが、それは全て父から習ったものだった。幼い頃から心と体を鍛えるよう言い含められ、一緒に柔道・剣道・空手の道場に通ったのだった。確かに速水の言う通り、父のレベルは相当なものだった。しかし、昨夜の戦いでもわかるように、相手は人間のレベルでどうにかなる怪物ではない。


 何となく沈黙が流れた。現時点で父の行方不明に答えはない。優も何か言えるところではなかった。


「す、すまない。君の表彰だったのに暗い話題にしてしまったな」

「いえ」

「でも、お父さんはきっと生きている。君も信じるんだ」

 何の確証があるのかわからないが、速水は自信有り気にそう言った。

「ありがとうございます。そう信じたいです」

「君は研究に専念して、彼が帰ってきた時に立派な姿を見せてやれるよう頑張るんだ」

「はい」


 速水が手を差し出してきた。優もそれに応えて右手を出す。大きな手だが、速水の体温は意外と冷たかった。


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