第11話『正体』①
別れる前に優はカイゼルと言葉を交わした。
「カイゼルさん、風間という男の事は知ってますか?」
「誰だ?」
「探偵です。怪物の事を嗅ぎ回っているみたいなんですが、俺やここの学長の事も調べてるみたいで」
「その男がウォーグに関係があると?」
「わかりません。けど、さっき奴と話している最中に怪物が出現して……。奴が呼んだようにも思えて」
「そうか……そんな男がいるのであれば警戒しないとだな。あのお前の父マインズ以外にも知恵を持ったウォーグの仲間がいるとなると厄介だ。お前の話を聞いた限りでは地球人のようだが、ウォーグがこの星でそんな存在を信頼するだろうか……」
カイゼルは首を傾げる。
「そういう話であれば、父はまさにそんな存在では?」
「だからだ。さらにもう一人……、そんな事をする奴には思えないのだが」
「ウォーグと戦って来た貴方ならではの感覚ですか」
「俺だって奴の全てをわかっている訳ではないがな」
「ますます怪しいな……」
カイゼルの口振りから、彼が風間を知っている様子は感じられなかった。もっとも銀のマスクに覆われていて表情も読めないから何とも判断は出来ないのだが、そもそも相棒とまで言ってくれているカイゼルを疑う余地はない。
「まあ危険な兆候があるなら、次に見掛けたら俺に知らせるんだな。その方が安心だ」
「わかりました。そうします」
カイゼルは手を上げると銀の光を引いて去って行った。
「くっ……」
気が抜けたのか、優は途端に疲労感に襲われた。身体が重くて片膝を突く。
「これじゃあまた咲に止められちまうな……」
優の計算では(計算と言いながらデータに基づくものではないが)、今まで以上に体力を付ければおそらく疲労を感じなくなると考えていた。が、しかし、予想外に重力が身体に掛かる上、スーツに無理矢理身体を動かされる感覚は消耗が激しい。そして、動きやデータを読みながら戦う為、精神力や頭の消耗もかなりのものだった。せめてもの救いは、戦っている時は集中してアドレナリンが出ており、疲労が表に現れて来ない事だった。だから、戦いが長期に及ばない限りは、瞬間的に実力を発揮する事は出来そうだった。
「それにしても……」
結構な疲労感だった。仮に今、敵が出現すればなす術がないだろう。何とか膝を上げようとした瞬間、
「先輩っ!」
後ろから声が掛かった。咲だった。彼女は優の姿を認めると、駆け寄って来た。
「もう~っ、やっぱりこうなってる。疲労度の数値見て絶対そうだと思いましたよ」
「さすがサポーターだな……」優は苦笑いした。
「感心するなら少しは言う事聞いてください」
咲は少し膨れっ面を見せると、肩を貸して来た。
「ありがとな」
「もう~、本当に無理ばっかりするんだから」
「咲のサポートあっての賜物だよ、感謝してる」
「そんな口先だけの言葉は信用しませんから」
咲は文句を言いながらも献身的に優の身体を支え、歩を進めてくれていた。優は意識が薄れゆく中、安心して体重を預けたのだった。
ブザーの鳴るような音で目が覚めた。咲が運んでくれたのか、いつの間にか研究室で寝ていたようだ。ブザー音はカイゼルとの通信機が鳴っているのだった。目を開けようとしている内に、咲が通信機を手渡してくれた。カイゼルの声が聞こえてくる。
「今、大丈夫か?」
「ええ」
「たぶんお前の言う風間という男が、大学の事務局棟だったか……、そこに入って行ったのを見た」
「えっ。そうなんですか」
「俺はこれから後を追って様子を見る。お前も来るか」
「い、行きます。事務局棟ですね?」
「ああ。急いで来いよ」
カイゼルは通信を切った。早速立ち上がって出て行こうとする優の前に咲が立ちはだかった。
「何処へ行こうというんですか」
「事務局棟だ。風間が現れたらしい」
「そんな疲れた体で行ったら危険です。私は反対です」
「大丈夫だ、休んだお陰で回復したよ。もう問題ない」
優はそう言って足を進めようとするが、咲は両手を広げてそれを遮る。その表情は硬く、目は真剣だ。
「咲、行かせてくれ。カイゼルとやっと共闘出来たんだ、ここでやらなきゃ何の為にここまでやって来たのか……」
「それはわかりますけど……、無理して戦って先輩がボロボロになるのは見てられません」
「ボロボロになんてなってない! 慣れれば大丈夫だ。まだスーツ着て戦ったのも2回だけじゃないか」
「ちゃんとデータも出てますけど……」
咲は紙を渡して来た。そこにはここ2回の戦闘で掛かった負荷や重力、疲労度が数値で示されていた。わかってはいた事だが、やはり以前のスーツに比べて疲労度が極端に高い。
「まさか先輩がこのデータを読めない訳ないですよね」
「データはデータだ。勿論、信用している。だが、先程も言ったようにまだ2回しか戦ってないじゃないか」
苦しい言い訳だというのは承知していた。しかし、今は何とかして咲を納得させて、風間を追いたい気持ちで一杯だった。
「次は違う数値が出ると……言いたいんですか?」
「そう信じてもらえないか。サポーターなら」
優がそう言うと、咲は困った顔をした。優の性格もわかってきており、葛藤しているのだろう。
「頼む。行かせてくれ」
「先輩の意地悪っ……」
咲がそっぽを向く。優が拝むような仕草をすると、
「わ、わかりましたよ」
「咲! ありがとう」
優は思わず咲の手を握った。彼女の顔は少し赤くなっているようだった。
「でも、ちゃんと見てますからね。わかってますよね?」
そうだった。結局はGPSも付いているし、マスクのカメラで視界は連動しているのだった。
「ストーカーかよ……」
「何か言いました?」
「いや、何でも……」
咲は一瞬睨んだ後、意地悪な笑いを浮かべた。




