第10話『共闘』③
1時間後、優と咲は原子力センターの前に立っていた。優が消火した影響もあってか、建物が傷んでいる様子はない。もっとも奥の実験室の窓ガラスは割られたままだろうが。
万が一にも警備や怪物に見つかるような真似はしたくないので、二人は木の陰に隠れて風間が現れるのを待った。しばらく風間は現れなかった。
「遅いな……。すっぽかされたか、それとも……」
「それとも?」
咲が聞き返す。
「何かの罠か……。だとしたら、既に嵌められた可能性はある」
「そんな……どうしたらいいんですか?」
「下手に動くのも危ういかも知れん。もう少し様子を見よう」
優は木に背を預け、周囲を見渡した。しかし、人っ子一人いない。
「それにしてもふざけた奴だ。散々煽って来ないとは……」
「ホントですね!」
二人で怒りの感情を呟いていると、
「こりゃまた酷い言われようだ」
頭上から声が聞こえて、優はギョッとした。次の瞬間、木の上から何かが降って来た。
「やあ」
綺麗に着地して笑いながら手を振ったのは、他ならぬ探偵・風間だった。あまりに驚いた咲はその場に尻餅を突いた程だ。
「ずっと……そこにいたんですか」
優は樹上を指差した。
「まあ普通の事ですよ。尾行するのと一緒です。来るとわかっていたんで少し様子を見させてもらった次第」
「俺達の話を盗み聞きしてたって訳か。趣味が悪いな」
「仕方ありません、それが探偵たる私の役割です」
「探偵……ねえ」
「何処か含みのある言い方ですな」
疑り深そうな表情の優を見て、風間が言う。
「そりゃそうでしょう。風間さん、あなた、怪し過ぎますよ。この前は学長室で見掛けましたし」
「ははは、見られてましたか。しかし、それを言ったら怪しいのは私の方じゃないでしょう」
風間は悪びれる事無く笑う。
「俺の方が怪しいと?」
「そうは言ってませんよ。ただ、モノの見方ってのは、正面だけ見れば良いって訳じゃないですからね」
「何が言いたいんだ、あんた」
優は苛立って風間を睨む。
「よく状況整理をした方がいい。そう言いたいだけですよ」
「だったらあんた、学長室で何をしていたんだ」
「私は学長に聞き込みを行っていただけです。学校の事を調べるならトップに聞くのが一番でしょう」
「しかし、だとしたらあの時あんたは見た筈だ。学長に襲い掛かる怪物を!」
優は人差し指を突き付けて言い放った。だが、
「はっはっは」
風間は悪びれる事無く高笑いする。
「何がおかしい?」
「私があの場にいたからどうなるというのかな」
「怪物がその場にいたのに平然としているのは明らかに怪しい。あんたがけしかけた可能性もある」
「私が? 怪物を? はっはっは。何を言い出すのやら……。そもそも、あなた、ある程度私を信用してそちらのお嬢さんを委ねたのではなかったかな?」
風間の指摘通り、駐車場での戦いの際、確かに優は一度咲を彼に託している。
「俺もあんたは怪物側ではないと思っていた。だが、どうにも怪しい行動が多過ぎる。学長の所で怪物が出現した後の行動しかり、俺の行動を把握している事しかり……」
「探偵ですからね」
「あんた、探偵としての務めと人命、どっちが大事なんだ」
優は風間を睨み付けた。
「決して人命を疎かに考えている訳ではないが、守秘義務ってものがあります。言える事と言えない事があるという理解が欲しいですね」
「あんたは怪物の秘密を何か掴んでいるって事か」
「それも秘密です」
笑みを浮かべ、からかうような口振りを示す風間に、優は苛立ちを覚えた。
「いい加減にしろよ」
優は相手の肩を掴む。風間はそれを結構な力で振りほどいた。
「いい加減にするのはあなたの方だ。私の捜査に口を出される覚えはない」
「そうやってちゃんと答えないって事は、何か後ろ暗い部分があるって事の裏返しだな」
「……」
優の指摘に風間は黙った。再度優が詰め寄ろうとした時、頭上から二つの影が降り立った。二体の黒い怪物だ。
「そういう事かよ……」
優が再度風間を睨み付けると、奴は笑みを浮かべて逃走した。怪物達が優の側を向いていた事も災いし、傍らにいた咲を後ろにやる事で精一杯で、追う事は出来なかった。