第9話『忍』⑥
気付かれぬよう大きな声は出さなかったが、間違いなく銀の戦士・カイゼルの放つ輝きだった。そして、その銀色の光が激しく動き、何かとぶつかり合っていた。
優は足早に近付き、木の陰から様子を見た。カイゼルと交戦しているのは、例の黒いトラの怪物だ。木々に囲まれた窪みのような地帯で、両者が戦っていた。トラは相変わらずの俊敏さをもって、鋭利な爪で相手を狩ろうと襲い掛かる。その凄まじいスピードとパワーは、さしものカイゼルが防戦一方になる程だ。
「くっ……」
ついに避けきれず、強烈な一撃がカイゼルの身体を吹っ飛ばした。トラは大きな声で吠え、再度襲い来る。その猛攻はあのカイゼルを圧倒していた。ガードを破壊し、顔面や腹に猛拳が命中する。次の一撃で、カイゼルの身体は巨木に叩きつけられた。
「素晴らしい。さすが、トラの力と速さ……」
頭上から金属的な声が聞こえて来た。優が樹上を見上げると、そこにいたのは父であるマインズだった。その鉄仮面が笑っている。
「今こそ好機。一気に行くぞ」
マインズは地に降り立つと、トラと共に木にもたれ掛かっているカイゼルに襲い掛からんとする。
「待てっ!」
優はたまらず飛び出した。両手を開き、前を塞ぐ。
「優……」
目の前に現れた者を見て、マインズは足を止めた。トラもその制止に従う。
「2対1の卑怯な状況、見逃す訳にはいかん」
「無駄だ、優。止めておけ。お前が出て来てもどうにもならん。こいつに痛い目に遭ったばかりだろう」
マインズはトラの肩を叩いて見せる。猛獣が完全に懐いている。優がこのトラに敗れたのは先刻承知しているのだろう。自分の息子とどっちが大事なんだ、そんな風に感じて優は憤った。
「そんなのはやってみなくちゃわからない!」
「再度、身をもって知らねばわからぬと言うか……。こうも融通の利かぬ奴とは思わなかった」
マインズの笑った鉄仮面が俯き加減になり、苦笑、呆れといった表情に見えなくもない。だが、優はそれに反発するように強く言い放った。
「父さん、いや、マインズ! そっちこそ何も見ずに判断とは、早計ではないのか。成り行き上、出て来てしまったが、こうなりゃ実戦投入だ。見せてやる、俺の進化を」
「進化だと……」
「装填っ!」
叫びと共に優の身体が今までの銀色の光とは異なり、薄黒いもので包まれる。その中から現れたのは、
「姿が変わったな。忍者にでもなったつもりか……?」
マインズが呟いた通り、まさに黒装束を纏った忍者の如き姿だった。ただし、マスクだけは金属製で、目の部分がゴーグルのように赤く光っている。
「忍者と言ったがその通り。俺は現代の忍者になる!」
「何を戯けた事を……。このトラの力を持った実験体はそこのカイゼルすら圧倒した。忍者だろうが、人間の力でどうにかする事など出来ん」
「出来るか出来ないか、その目でよく見てみるんだな、父さん!」
「ふん。やれっ」
マインズが合図すると、トラの怪物が襲い掛かってきた。やはりそのスピードとパワーは凄まじく、優は一気に押し切られ、数発食らって地に叩きつけられた。
「大口叩いてその程度か。ならば私はカイゼルを始末させてもらう。覚悟っ!」
マインズは一瞥すると、木に寄り掛かったカイゼルに標的を定め、飛び掛かりつつの掌底を繰り出す。だが、次の瞬間、
「舐めるなっ!」
叫びと共にカイゼルの全身が強烈な光を発し、マインズの身体ごと上空へ飛び上がって行った。
「さすがだぜ、余計な心配だったか。ありゃ、父さんの方が心配だな……」
優は二人の様子を見ながら立ち上がった。そこへ再びトラが襲い掛かる。
「くっ……」
何とかその攻撃を捌きながら避ける優。しかし、トラの勢いは止まらず。振り回した右腕の一撃が肩口に命中して、吹っ飛ばされた。優は一回転して、何とか着地する。
「やっぱり凄えな……」