第9話『忍』④
ふと一息吐いて、気付くと二十時を回っていた。カーテンも閉めており、外の様子が全く分からなかったが、改めて窓から外を見るともう真っ暗だった。
「随分と一生懸命やっちゃいましたね」
咲も額に汗しながら作業を続けてくれていた。
「ここで完成させないと、いざという時に戦えないからな」
「先輩、どうしてもあのトラを倒す気なんですね。無理せずにカイゼルさんに任せれば……」
「そうもいかないさ。彼がいつ来るかもわからないし、何よりあの怪物を倒す事で新スーツの手応えがわかる」
「そう言うとは思いましたけど……。とりあえず遅くなっちゃいましたし、何か食べましょう。どうせ泊まりで作業なんでしょ」
「ああ」
優は仕方ないと言った体で笑ったが、ふとある事に気付いた。
「あ、もしかして咲は帰りたいのか? こんな研究室に俺と泊まるのはマズかったか……」
優は自分の事しか考えていなかったのに気付き、頭を掻いた。
「もう! 付き合うに決まってるじゃないですか。大体、先輩は研究続けるんでしょ。一人で帰っても怖いだけですよ」
「それもそうか……。すまんな、俺のわがままで」
「今に始まった事じゃないですからね~」
咲は笑いながら舌を出すと、研究室内の流しの方へ向かった。そして、「何か作りますから、先輩少し休んでいてくださいね」という声が聞こえた。
「確かにその通りだな……」
優は呟くと、教授室にあるソファにもたれかかるように腰掛けた。
「先輩、食べましょう」
気付くと、咲が応接テーブルに焼きおにぎりや冷凍パスタを用意して並べてくれていた。数分だと思うが、疲れて眠ってしまったらしい。
「すまん、寝てしまったな」
「疲れているんですよ。怪我だってまだ完全に治っていないでしょうし」
「なら腹ごしらえして元気付けないとな」
優はそう言っておにぎりを摘まんだ。
「冷凍食品しかなかったんでこれで許してくださいね」
「十分だ。ありがとな」
冷凍食品でも、咲が用意してくれたからか、不思議と美味しく感じた。優はお腹が空いていた事もあって貪るように一気に食べた。
「先輩、ちゃんと休息も取って下さいね。休むのも大事ですよ」
「わかってるよ」
ちょっと面倒くさそうな顔をした優を見て、咲は頬を膨らます。
「これじゃ何だか私が小言ばかり言ってお母さんみたい……」
「ははは、お母さんか。確かにそうだな」
優は本当にそう思えて思わず笑った。咲の目付きがまたキツくなる。
「笑い事じゃないですよ~!」
「そうだな。だからこそ、咲には今が大事だって事をわかって欲しい。新しいスーツを完成させてあのトラを倒せるかどうかに全てが懸かっているんだ。多少の無理をしてでもやり遂げなくては」
「先輩……」
「頼む。その為に咲の力も必要なんだ」
「わかりました。私も必死にやりますから、何でも言い付けて下さい」
「ああ。よろしく頼む」
優は思わず咲の手を包むように握った。
「先輩……」
「あ、す、すまん。つい」
優は自分のした事の恥ずかしさに気が付いて慌てて手を離した。
「お皿洗って来ます」
咲も顔を背けて流しへ食器類を片付けに行った。その顔は真っ赤になっているようだった。
優はお腹も膨れて俄然やる気を出していた。データの入力や確認を行い、スーツの出力を調整する。咲もその脇でデータの整合性確認やエラーの原因分析などを行っていた。
「この前のトラの怪物のデータは出るかな。奴の速さやパワーと比較してみたいんだが」
「任せて下さい」
優が頼むと、咲はすぐに手を動かし始めた。ものの数分で「先輩どうぞ」と、データを渡して来た。優はそれを受け取り、早速自分が調整しているデータと照合する。パソコン上にシミュレーションが行われ、優はそれを真剣に見つめていた。
「よし……、何とか理論上はあのトラのスピードに匹敵する動きが可能だ」
「でも、それって先輩の身体に負担が……」
咲が心配そうな顔で尋ねる。
「そりゃ多少はな。だが、この新スーツなら、以前ほどの負担もなくやれそうだ」
「ホントですか?」
「ああ、さすが斉田さんだ。身体に懸かる重力を計算したが、随分と軽減されている。おそらく今までのマッハキック程度の負担で、トラと同等のスピードで渡り合える筈だ」
「凄いじゃないですか」
「ただ、マッハキックのように一発単位の攻撃じゃなく、敵との動きを対応させるとなると、俺の目や頭がそれに付いて行けるかというのはあるがな……」
優の顔は若干浮かない。素晴らしいスーツを得たのは間違いないが、自分がそれに対応出来るかはまだ未知数だった。
「それじゃあ最初の心配と変わらないじゃないですか……」
咲の表情はまた曇った。
「大丈夫だ。俺はそう簡単に諦めない。わかってるだろ?」
「そうですけど……。気持ちじゃどうにもならない事ってあるじゃないですか。私はやっぱり心配です」
「気持ちじゃどうにもならないかは、やってみなくちゃわからないさ」
優は言い切った。
「先輩はそう言いますけど、やっぱりウォーグみたいな化け物に人間が挑むなんて無茶です」
「それが普通の考え方だろう。だが、勝とうって気がなければどんな勝負にも勝てないさ。俺はウォーグにだって勝つつもりで戦う。それが0%の確率を1%に上げるんじゃないかって思うんだ」
「先輩は強いですね。私なんて見ているだけで何も出来ていないのに、こんな弱気でごめんなさい」
「そんな事ないさ。誰かを守りたいって気持ちが人を強くする事だってある! 俺は今、咲を守りたいって強く思っている。だから戦えているんだと思う」
恥ずかしくなるような事を言ってしまったが、咲を守る事が優の戦う原動力になっているのは事実であった。
「先輩……。わかってますよ。止めたって聞かないんでしょ」
咲は少し不満そうな顔をしてはいるが、真っ赤になっていた。この顔を笑顔にしなければならない、優はそう思った。
それから二人はしばらくパソコンに向き合っていた。何とか戦えそうな感じにまで仕上げ、優はスーツの出力調整を、咲はデータの解析や処理を行っていた。室内にはキーボードを叩く音だけが響いていた筈だが、
「先輩、何か音が聞こえませんか」と咲が尋ねてきた。
「確かに……」
優にも外で大きな音が響くのが聞こえた。
「何でしょう、こんな時間に」
時計を見るともう二十二時を過ぎていた。窓の外も真っ暗闇だ。しかし、気になった優は、
「ちょっと見て来る。ここで待っていてくれ」
と言って、研究室を出ようとしたが、その手を咲が掴んだ。
「待って下さい。私も行きます」
「いや、何かあったら危ないだろ」
「ここに一人でいる方が怖いですよ」
咲の表情は少し引き攣っているようだった。確かに言われてみれば一理ある。
「だが、もしトラの怪物が現れたら、守れないかもしれんぞ」
「先輩らしくないなあ。絶対守ってくれるんじゃなかったんですかぁ」
「う……」
優は言葉に詰まった。当然、そのつもりはあるが、果たして今の自分でそこまでやれるのか……
「さっきの強気は何処へ行ったんですか? 約束通り、そのスーツで私を守って下さいよ」
「こいつ……言ってくれるな。わかった。じゃあ一緒に行こう」
優はスーツを手に取り、現時点での調整を済ませ、咲と共に部屋を出た。
ダラダラ会話が続いてますが、きっと後で重要なはずです……
冗長な感はあるので、後で少し修正かけます。