第9話『忍』③
斉田からスーツや装備を預かった優と咲はタクシーに乗り、大学へ戻った。だが、入口には複数の警官が立ち、封鎖されていた。案の定、連続殺人事件が起きた為、構内の出入りを禁止しているとの事だった。詳しく聞こうとしてもトラの怪物については全く話に上がらず、「危険ですのでお帰り下さい」の一点張りだった。警察もある程度わかってはいるだろうに、世の騒ぎを考慮して、怪物については公表しないつもりらしい。
「先輩、どうしましょう?」
咲が心配する通り、正面切って中に入るのは難しそうだ。
「どうもこうもない。スーツは作らねばならんから、中には入る」
優は入口を離れ、大学の外周へ足を運ぶ。「待ってくださいよ~」と言いながら、咲もそれに続いた。
「この辺なら良いか」
警察の姿が見えない辺りまで来て、優は脇道から大学を囲む木々の中へ入った。大学の外周は広大で、警察でも脇から入り込むような隘路まで警備する余裕はない。優は構内に通じるそんな小道に入り込み、研究室へ向かう腹積もりだった。
「あとは万が一にもトラに会わなきゃいいがな。今、出会ったら間違いなく殺されるな」
「お、脅かさないで下さいよ」
「すまんすまん」
怖がる咲を見て、優は自然に彼女の手を引いた。スーツを完成させるのは当然だが、彼女を守らなくてはいけないという使命感は変わらない。
幸い、研究室までは警官にも怪物にも出会わなかった。二人は逃げるように建物に入り、研究室の扉を開けた。当たり前だが、中には誰もいなかった。優は万が一を考え、施錠してブラインドやカーテンを全部閉じた。
「しばらく籠もる事になるが、良いか? ここじゃないとスーツは完成出来ない」
「わかってます。大丈夫です。ただ、何か食べ物を買って来れば良かったなあ」
「何かあるんじゃないか」
優は室内の冷蔵庫を開けた。研究室は泊って研究していく者もいるので、冷凍食品や飲み物などが多少は置かれている。見ると、冷凍のパスタや焼きおにぎり、お茶のペットボトルなどがあり、腹の足しにはなりそうだった。
「ご飯は何とかなりそうですね。あんな雰囲気だと人も来ないでしょうし、集中して出来そう。寝袋もありますし、数日ならここで十分やれますよ」
「そうだな、なら早速始めよう」
優はパソコンを立ち上げ、咲に作業を指示した。これまでのスーツでの戦闘データを新スーツ用に移行する作業だ。
「俺はこのスーツで出力を発揮出来るよう調整する」
それは斉田から預かったスーツを、強化スーツに仕立てる作業だ。ある程度、斉田に依頼して調整はしているが、今までの実戦データ等は優が組み込むしかない。同時に各種忍者装具も実戦用に編成する必要がある。
「よし、トラがまた暴れ出さない内に完成させるぞ」
「はい」
作業が始まった。二人は黙々と取り組む。優はスーツを出力可能とする為、配線と繋ぎ、パソコンで調整を始めた。しばらく互いのキーボードの音のみが響いていた。入力しては直し、また入力しては直す。集中はしているものの、黙っている事に耐え切れなくなったのか、咲から口を開いた。
「先輩、そんなに根を詰めて大丈夫なんですか。まだ傷だって……」
「大丈夫だ。このスーツ見たら一気に気持ちが盛り上がって来た。やっぱり病は気からだな」
「病じゃないですけどね……」
「負傷だって同じようなもんさ。痛いは痛いが、気持ちが乗ればアドレナリンが出て、薄らいでくる」
話しながらも優はディスプレイに集中していた。それをわかっているからか、咲も気にせず話を続ける。
「先輩、そう言えば、この前の戦闘のデータ、面白い結果が出たんですよ」
優は没頭していて応えない。咲は気にせず話を続ける。
「先輩とカイゼル、そしてお父……さん、三者のデータを取ったら、お父さんの速度やパワーの数値が一番低かったんですよ」
「何だって」
優も驚いて聞き返した。
「秘密はお父さんの戦い方です。先輩の動きを先読みして動いているんです」
「なるほどな……。何の因果か、やっぱり親子って訳か。俺の考える新スーツも似たようなコンセプトなんだ。単なる強さだけじゃ勝てないのはわかった。だから、俺は忍者になる」
「ぷっ」
咲が思わず笑う。確かに発言だけ取ったら、アホみたいに聞こえるかも知れない。
「笑い事じゃない。本当に心身ともに忍者にならないと、これからの戦いは生き残っていけないんだ」
「先輩……」
優の真顔を見て、咲の顔も真剣になる。
「父が動きを先読みしているって言ったな。俺の目指す戦い方もそれに近い。あらゆる幻惑や策略を持って、相手を誘い込んだり惑わしたりして、自分の有利な戦法で戦う。そんな形を考えていた」
「それが先輩の言う、これまでの戦いを辞めるって事?」
「うむ。もう一つ考えていたのは、マスクに内蔵のAIと演算機能を強化して、一度闘った相手の動きを記録・記憶・分析する事だ。これで次回以降、いや、上手くいけばその戦闘中に対処可能としたい」
「今までは戦闘後にデータを取得してましたが、それをリアルタイムでという事ですね」
「ああ。科学の力も存分に駆使する。力任せじゃないだろ?」
「さすが先輩、そこまで考えていたとは」
そう言いながら咲は少し浮かない顔をしている。
「どうした? 何か不満でも?」
「サポーターのアイデアは活かされないんですかね」
「そう言うからには何か妙案があるのか?」
「妙案……なんて言われるとプレッシャーだなあ。私はただ、先輩の様子とかちゃんと把握したいってだけです。昨日だって、先輩のマスクが壊されてからは自力で探しに行ったし。だから、GPS的な機能とか、先輩の脈拍などの状態もこっちでわかるようなシステムがあると助かります」
「咲……」
優は咲の気持ちを感じて嬉しくなった。こんなにも自分の事を心配してくれる人は、両親以外にはいなかったと思う。
「お願いしますよ、先輩」
「わかったよ。元々、データを取る為にもそのつもりだったしな」
「えっ、そうだったんですか。やっぱり意地悪ですね、先輩は」
そんな風に拗ねた顔を見せながら、擦り寄って来る咲。そんな様子がまた愛おしく感じた。
「心配してくれているのはよくわかった。だから、なるべく心配かけないようにする。さすがにウォーグとまともに戦えるかと言うと、名言は出来ないが、ただの怪物相手なら俺も自信がある。その為に考えてきた新しいスーツだ。絶対に成功させてみせるさ」
「諦めないんですもんね」
咲はいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「ああ。絶っ対に諦めない!」
優は強い口調で改めて宣言した。口には出さないが、それは咲も守るという決意が込められていた。
「わかりました。先輩に付いて行きます!」
「ありがとうな。だが、口より手を動かそうぜ」
優はすぐさまパソコンに向き直った。話し出したらやはり作業は停滞する。優は遅れを取り戻すかのように猛烈にキーボードを打ち始めた。それを見て咲も「はーい」と間延びした返事をして、クリックを繰り返していた。