第9話『忍』①
目覚めた時はベッドの上だった。心配そうに咲が見ている。その目は潤んでいるようだ。
「先輩っ」
優が起きた事に気付いて、咲が身を寄せて来た。
「本当に心配したんですよ! もう……」
「そうか、俺はあのトラの怪物に……」
「先輩の映像が見られなくなって、もう居ても立っても居られなくて……」
咲は優のマスクが破壊されたのを見て、恐怖も顧みず、事務局裏の林まで走って来たのだそうだ。そして、倒れている優を見付け、すぐに救急車を呼び、病院へ運んでくれたのだった。
トラの攻撃でマスクやスーツは破壊されていたが、それでも身体を守ってくれたのか、大きな傷にはなっておらず、優は打撃や転倒の衝撃で気絶しただけのようだった。レーザーブレードはその時に咲が回収してくれたとの事で、機転を利かせてくれていた。林の中でぶっ飛ばされて坂を転げ落ち、木々に紛れた為か、トラがとどめを刺さずに消えたのは不幸中の幸いであった。
「すまなかったな、心配させて」
優は素直に頭を下げた。咲を不安にさせたのは間違いなく自分のせいだ。
「でも、無事で良かったです。先輩の最後の声を聞いて、何かあったらと……」
「全く歯が立たなかった。ウォーグの時にも感じたが、あのくらいの化け物が出て来ると、スピードとパワーでまともに張り合うのでは限界がある……」
「先輩、スーツも壊れちゃいましたし、もう……」
咲が言いたい事は何となくわかったので、優は口を挟む。
「だからと言って、俺は」
「絶対に諦めないんですか、やっぱり」
咲は呆れ顔だ。
「ああ。よくわかっているじゃないか」
「でも、こんな戦いを続けていたら先輩が……」
「わかっている。だから『こんな』戦いは辞める」
「えっ?」
「戦い方を変える。もう正面切って立ち向かうような戦い方はしない。実は、その為にスピードや技に特化した新スーツをずっと考えていた」
「えーっ、そんな大事な事、何で何も話してくれなかったんですか」
咲は隠されていた事に少し不満気だ。
「それは、反対されるかもって思ったのと、驚かしてやりたかったのと半々でな」
「先輩の意地悪……」
咲は頬を膨らませている。あまり拗ねさせる訳にもいかないので、
「すまんすまん。心配してくれているのに悪かった」
優は素直に謝った。
「そうですよ。どんなに心配したか……」
「だな、ありがとう」
「それでいいんですよ」
礼を言われたせいか、咲は嬉しそうだ。単純だなとも思うが、根が素直なのだろう。優は思わずその頭を撫でた。咲はまた身を寄せて来た。優は一度それを受け止め、両腕で軽く抱いたが、
「さてと、こんな所で寝ている場合じゃない。虎を野放しにはしておけん」
と言ってベッドから起き上がった。実際、それ程のダメージはなかった。
「せ、先輩、そんなに慌てなくても……」
「いや、こうしている間にも怪物が何処で暴れているかわからん。すぐに行くぞ」
優は急いで退院手続きを済ますと、病院の玄関からタクシーに飛び乗った。咲も慌ててそれに続いた。