第6話『右腕』⑦
「何者だ?」
片手で優を突き飛ばし、もう一方でマインズの掌底を押さえていたのは……
「あんたは、カイゼルっ!」
優が叫んだ通り、銀の戦士カイゼルだった。
「カイゼル……ようやく会えたな」
「俺を知っているのか?」
カイゼルはマインズの言葉に首を傾げる。
「ああ。お前に会いたかった。いや、用があるのはお前ではない、お前の持つアメージングストーンだがな」
「そんな話を持ち出すところを見ると、貴様、やはりウォーグの仲間だな」
「マインズと申す。以後お見知りおきを……」
マインズはうやうやしく頭を下げる。優にも二人の会話が聞き取れたが、アメージングストーンなる言葉は初めて聞いた。父がカイゼルを狙っていた事にも驚かされた。
「毎度の事だが、邪魔者は下がっていろ。俺をご所望のようだしな」
「くっ」
カイゼルが優に向かって言い放つ。どの場面から見ていたのかわからないが、今のザマでは言い返す事も出来なかった。優は仕方なく芝生の上に胡坐を掻いた。
「さてと、マインズだったか。正々堂々、1対1でやろうじゃないか」
「これは光栄の至り。では、お相手させていただく」
マインズは先程と同じく、身体をやや斜めにした構えを取っていた。対するカイゼルは自然体とでも言うか、特に防御を想定していないような動きでゆっくりと近付いて行く。いきなりカイゼルの右腕が走った。マインズのガードも間に合わず、顔面に命中してダウンした。
「は、速い」
優もわかってはいたが、カイゼルの攻撃はさすがに速い。おそらくマインズはカウンター気味の攻撃を狙っていたのだろうが、それをさせないスピードがあった。カイゼルは手を緩める事無く、倒れた相手に蹴り掛かる。マインズは間一髪芝生を転がってこれをかわした。
立ち上がったマインズにカイゼルが再び猛攻を加える。ガードをすり抜け、次々に攻撃がヒットする。マインズは立て直す余裕もないようだ。
「さすがだぜ、カイゼル」
見ている優も感心するしかない。自分が先程苦戦した父が子供扱いで、やはりカイゼルは常識を超えたレベルの強さだ。
膝を突いたマインズが強烈なアッパーで宙に浮かされた。カイゼルはその浮いた相手に飛び蹴りを食らわす。この一撃を食らったマインズの身体は家の壁に激突し、前のめりに倒れた。
「その程度で俺を狙うとは、少し虫が良過ぎるんじゃないか」
「いやはや、さすがとんでもない強さだ……。確かにいきなりアメージングストーンをいただこうというのは虫が良過ぎた」
マインズはゆっくりと起き上がりながら手を叩く。カイゼルの強さを賞賛しているようだが、半ば馬鹿にしているようにも見える。とはいえ、蹴りを受けた胸部の鎧も破損しており、結構なダメージのようだ。
「その目算誤りのツケを払ってもらおうか」
カイゼルはすかさず突っ込む。ダッシュと共に放たれた高速の右ストレートがマインズを捉えんとした瞬間、
「消えた……」
相手の姿が消失した。いや、マインズは瞬時にカイゼルの背後を取っていた。
「またお会いしましょう、カイゼル」
「何をっ!」
カイゼルは裏拳を放つが、またもマインズの身体は消え、これも空を切る。
「優、また会おう」
「なっ……」
マインズの声が優の背後で響く。慌てて振り向くが、既にその姿はなかった。父の姿はこの場から忽然と消えてしまった。あとに残されたのは優とカイゼルの二人だ。
「瞬間移動のような類の技だな」
離れた位置でカイゼルが呟く。
「瞬間移動……」
そんな事が可能なのか、と優は思ったが、現実に目の当たりにしては信じるしかない。
「お前も命拾いしたな。奴が今の技を使って本気になって掛かって来たら間違いなくやられていただろう」
「あんたはまた、助けてくれたって訳か」
「俺はある程度の距離ならパワーを感知できる。すぐに大きな力が動いているのがわかった」
「今のアイツと俺の?」
「いや、違う……。何か大きなパワーを持ったモノが……」
「そうか、あの腕か」
優にはウォーグの腕が思い当たった。あのレーザーの威力を考えたら、カイゼルがパワーを感知したというのも無理はない。
「腕?」
「俺が斬り落としたウォーグの腕だ。調べようと持ち帰ったら、動き出して襲い掛かってきて……」
「お前……そんな事をしていたのか。馬鹿な事を……。お前達の常識で考えられる相手ではないのだ。地球人の考える『人間』とは違う」
「今日でそれがよくわかったよ。あんたもそうだろ? マインズの言っていたアメージングストーンって何なんだ?」
ずっと気になっていた事だった。父はカイゼルに会うのを待ち侘びていたようだったし、確かにカイゼルが『アメージングストーン』を持っていると発言していた。
「そう来たか。それに答える訳にはいかないな」
「何故だ」
「言ったろう。俺はお前を認めた訳ではない。そんな奴に大事な話など出来ない」
「くっ……」
これは正論で、優に言い返す言葉はなかった。
「ただ、奴の言う通り、俺がそのアメージングストーンを所持しているのは事実だ。確かにウォーグとの戦いにも関係がある。言えるのはそこまでだ」
「俺はまた蚊帳の外か……。だが、何度でも言う。俺は絶対諦めない! 必ずあんたに認めさせてみせる」
「そうなるよう、期待したいものだな。先程のような奴がウォーグに付いているとなると、俺も苦戦しそうだ。仮に二人掛かりで来られたら危ういかも知れん……」
「カイゼル……」
優は珍しくカイゼルが否定的な言葉を吐かなかった事に驚いた。マインズの実力を見て、彼も少し味方の必要性を感じたのかも知れない。それにしても自分の実力不足が情けないし、悔しい。自分にもっと力があれば……、優は改めてそう実感するのだった。
「お前の事だ、どうせ戦う事を諦めないのだろう? 俺も毎回助けられる訳じゃないから、せいぜい腕を磨いておくんだな」
そう言うと、カイゼルは背を向けて夕闇の中へ飛んで行った。彼の行った跡に銀の線が空に一本通った。
「疲れた……」
優はカイゼルの飛んで行った軌跡を見つめながら、思わず呟いた。肉体的なダメージはもちろん、父がウォーグの配下となって現れた精神的なショックもあり、へとへとだった。絶対に諦めないのが信条の優だが、今日の出来事は堪えた。強大な敵、父の裏切り、自分の無力さ、どれもすぐに解決出来るレベルの話ではなく、絶望の壁が前に立っているような心境だった。重い腰がなかなか上がらない。
「先輩」
その時、咲からマスク越しに声が掛かった。優は「ああ」と元気のない返事をする。
「大丈夫ですか?」
「ああ」
「あんまり……大丈夫じゃないみたいですね」
「父が……あんな風に現れたのは参ったよ……」
優が正直な気持ちを吐露すると、しばらく咲は黙っていたが、
「無理に元気出さなくてもいいんですよ。辛い時はゆっくり休んで、美味しい物でも食べましょう。私さっき買ってきた食材で夕飯作りますから」
「ふっ」
思わず笑いがこぼれた。こんな命懸けの戦いをしている最中、夕飯を食べようなどと言われるとは……。咲は気にせず続けて来る。これも彼女なりの気遣いなのかも知れない。
「何がいいですか? 先輩の食べたい料理作りますから」
「その前に……まずは引っ越しだな」
父に居所を知られている以上、ここに留まるのは下策であろう。えーっ、と咲の驚く声がマスクを通して優の頭に響いてきた。優が状況を説明すると、
「そっか、怪物が襲って来るのに料理どころじゃないですよね」
「ああ、ひとまずこの家を退散しよう。ご飯はそれからだ」
優は立ち上がった。咲のお陰か、何だか気持ちが軽くなった気がして、身体も軽かった。
第6話終わりです。少し昔の作品の手直し・投稿を考えているので、ここでちょいとばかり休載する予定です。
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