第6話『右腕』⑦
「確かに優、お前は強くなった。いいだろう、もう寸止めなどしない。来い!」
マインズが挑発する。だが、優は動かない。
「たまにはそっちから来たらどうだい?」
「何っ」
「俺が怖いのか、父さん?」
「何を戯けた事を……。侮るなっ!」
マインズがマントを翻して襲い来る。速く正確な正拳突きの連打が降り注ぐ。
「確かに速いし、威力もある。だが……」
マスクとスーツの性能で何とかかわせない攻撃ではない。マインズの攻撃は怪物レベルではあるが、カイゼルやウォーグのようにどうにもならない程ではない。こちらが攻撃出来るかはともかく、かわすだけなら何とかやりようはある。
「なるほど。素晴らしい性能の装備を作ったな。だが、そこから攻撃に移れるかな」
さすがに父の読みは鋭い。攻撃の間隔も短くて隙がなく、なかなか割り込んで反撃出来そうにない。
「普通なら難しいかもな、だがっ!」
次の瞬間、優のカウンターが火を噴いた。連続の正拳突きの間に強烈なマッハパンチでの右ストレートが炸裂し、マインズをぶっ飛ばしたのだ。
「まさか……」
マインズは尻餅を付いたところからゆっくりと起き上がる。マッハパンチのカウンターはさすがの威力で、鉄仮面の左側を完全に粉砕した。その下からは肌色の皮膚をした人間の顔、懐かしい父の顔が覗いていた。
「父さん……こんな形で顔を見たくはなかったよ……」
「お前がこんな一撃を食らわすようになるとはな……」
父は見られたくないのか、露出した部分を右手で隠す。身体が小刻みに震えており、少なからず効いているようだった。
まさにマスクの性能に頼り切った一撃だった。今決めたカウンターは、相手に攻撃させた事に意味がある。マスクはこれまでもウォーグやカイゼルの動きすら捉えていた。そこで優は、相手の攻撃が繰り出される瞬間を見切って、機械主導でピンポイントにマッハパンチを繰り出し、カウンターを決められる筈だと計算したのだった。実際見切ったのは優ではなくマスクであり、高速で演算して次のマインズの攻撃が出る前に、スーツを通して優にマッハパンチを繰り出させたのだった。優は自然に身体を突き動かされただけだ。
「今の攻撃……機械に身を委ねたか」
「見破るとはさすがだな、父さん」
「明らかにお前の動きではなかったからな。というより、人間を超越したモノを感じた。こういう事が出来るのであれば、確かにウォーグ様の右腕を斬り落としたのも頷ける」
「そうだよ! 俺は……あの時からこうやって戦う為、準備してきたんだ。父さんが立ちはだかると言うならそれも薙ぎ倒すだけだ」
「小癪な……。お前の今の動き、確実に封じてくれるわ」
半分鉄仮面、半分人間の顔をしたマインズが両腕を上げて向かって来る。優は再び先程と同じ、相手に攻撃させてカウンターを取る戦法で行くつもりであった。
しかし、さすがに父も武道の達人だけあって、同じ手は二度食わない。マインズは、パンチやキックを出さずに、掴み掛って来た。柔道で言う組手争いのような揉み合いの末、優は払い腰で投げ飛ばされた。
「そういう手で来るとは……」
驚く優だが、マインズは間髪入れずに間合いを詰めて来る。そして瞬時に首根っこを掴まれ脳天から投げ落とされた。まさに目から火花が出るような一撃だ。そして、再び優の身体を捉えんとする。
そう言えば、こんな事は昔にもあった。優は『投げ地獄』と命名していたが、父に何度も投げられ、受け身を鍛えられた。いや、投げられる事は衝撃に耐える強靭な身体を作る事にも繋がっていたように思う。今の父の意図がそこにはないとしても、やっている事は当時の再現だ。
しかし、これをどう攻略するか。父の武術の腕前を考えると、そう簡単に何とか出来そうにはない。
「いや、組手争いに付き合う必要もない……か」
優は腰に差したレーザーブレードの柄に手を伸ばした。そしてスイッチを入れ、青白い光の剣を発生させた。これで近寄ろうとしていたマインズが後退した。
「そのレーザーでウォーグ様の腕を斬ったのだな」
「ああ」
「それをもって投げを封じるつもりか。だが、私はお前の太刀筋なら見切っている」
「父さんが知っているのは俺の昔の太刀筋だ。それに、このレーザーの威力は証明済みだ。それでも踏み込んで来るかい」
優は剣を構え、マインズの姿を見据える。構えは変わらず、ゆっくりと向かって来る。どうやらレーザーブレードを恐れている様子はない。
逆に自分が父を斬れるだろうか……。この戦いの場で恐れる気持ちなど持っては命取りだが、どうしてもウォーグの腕を斬った時の事が頭を過ぎる。自分が父をあのように斬る事が出来るのか。その覚悟が今の自分にあるのかどうか……。
しかし、父は待ってくれない。徐々に距離を縮めて来る。思わず優は剣を振るった。迷いのまま振るった一撃は簡単に避けられ、懐に潜り込まれ、一回転させられた。
「くっ……」
受け身を取り、何とか剣は手放さなかったものの、体勢は崩れており、再びマインズが迫り来る。斬る事に迷いが生じているのを読まれているようだ。いや、先手を取って投げられただけに、斬るどころか、次の動きにすら戸惑う始末だ。その時、
「先輩っ! 一度立て直して!」
マスクの中で咲の声が響いた。これにハッとした優は、掴み掛って来るマインズの手を避け、後方に回転して再度距離を取った。
「咲……、マスクに仕込んだな」
「すみません。邪魔にならないよう黙ってるつもりでしたが、先輩がピンチで居ても立ってもいられなくて……」
どうやら咲は宣言していた通り、マスクに遠隔視機能と通信機能を取り付けたようだ。突然の声に驚かされたが、反面、冷静になる事が出来たのは間違いない。優は剣を構えつつあえて相手と距離を取った。レーザーブレードの威力を考えれば、そう簡単に飛び込んでは来られない筈だ。
「話は全部聞いてたな?」
「はい……。お父さん……なんですか? 相手の鉄仮面……。大丈夫ですか。あんなに慕っていたお父……」
「大丈夫だ!」
優は咲の言葉を遮った。それ以上先を聞きたくなかったのもあるが、彼女が呼び掛けてくれたのが一つの決心を産んだ。
「俺はお前を守る、そう約束したよな。目の前の敵が父だろうが何だろうが、俺がやられたら誰がお前を守るって言うんだ」
「先輩……」
「目の前の私を無視して誰と話している? まさか独り言ではあるまいな」
敵を前にして一人で喋っている優に不審なものを感じたのか、マインズが尋ねてくる。
「あんたには関係ない。俺の大事な人だ」
「お前の大事な人? 誰だ」
「誰でもいいだろう!」
優は剣を携え一気に距離を詰めた。虚を突かれたのか、マインズの手は出ない。優は居合抜きのように腰からレーザーブレードを振るった。その一撃は、慌てて後退るマインズのマントを溶かし斬った。
「もう躊躇はしない。マインズ、お前を斬る!」
「ふっ、いい面構えになったな、優」
父の半面の顔に笑みが浮かんでいた。
「何を言っている? 俺はマスクを被っていて顔など見えない筈だ」
「わかるさ、お前がどんな表情をしているかくらい」
本気で言っているのかはわからないが、マインズではない父の言葉であるような気がした。だが、優の決意は揺らぐ事はなかった。
「そうか。だが、父さんでもマインズでも関係ない。俺はウォーグの配下であるというあんたと戦う!」
「優……」
再び優は斬り掛かった。もう迷いはない。その剣は流れるようにマインズ目掛けて振り払われた。マインズも華麗な動きで避けるが、何度か剣先が身体を掠め、赤い鮮血が噴出した。
「どうやら本気で私を斬る気らしいな、優」
「ああ。もう何の迷いもない。立ち塞がる敵は容赦なく倒す」
「ならば私も覚悟を決めよう。あわよくば傷めずに連れて帰ろうかと思ったが、そうもいかないようだ」
そう言うとマインズは今までの大きな構えをやめて、斜に構えた。言い換えると細い一本の棒のような印象で、今までより的が小さくなった感じだ。優は父のこんな構えは見た事がない。
しかし、優は構わず斬り込んだ。上段から横に薙ぐような払い斬りを繰り出すが、今度のマインズはこれを風のようにかわした。最初の上段は流れるように避け、その後の薙ぎ払いはギリギリを見切ってスウェイバックしたような感じだ。
「ええいっ」
優はさらに斬り掛かる。しかし、その全ての斬撃が風になびく柳のようにかわされてしまう。構えといい、動きといい、初めて味わうものだ。
「覚悟を決めれば、素手対剣でも恐れる事なし……」
避けながらマインズが発したセリフだ。これもマインズというよりは父の言葉なのだろう。その言葉通り、父は優の振るレーザーブレードの嵐を全て優雅にかわした。そして、大振りになった一振りに対して一気に踏み込んで来て、かわしながら強烈な肘撃ちを胸板に命中させたのだった。そして、この一撃を繰り出す時に見えた父の真剣な表情が、優の目に焼き付いた。
「がはっ……」
優はうめきを揚げ、後方に吹っ飛ばされた。幸い庭の地面は芝生なので、身体を打ったダメージはさほどではないが、肘撃ちの一撃が効いた。やはり父は強い。
剣を振るってもこの有様では、勝機はないかも知れない。改めて父の懐の深さを思い知らされたように思う。だが、それでも優は絶対に諦めないと思い込んでいた。だから素早く立ち上がり、再びレーザーブレードを手にして構えを取った。
「そうだったな。お前はその信念を持っているんだったな」
父には言葉は発せずとも考えている事が通じるらしい。そもそも優にその信念を植え付けたのは当の父本人だ。
「そうだ。だから、幾ら跳ね返されようが俺は諦めない! 行くぞ、マインズ!」
優は覚悟を決めて、斬り掛かった。しかし、マインズは先程と同様、柳のように攻撃をかわす。攻撃が少し大振りになったところでまた一気に距離を詰められ、掌底が繰り出されんとする。
「くっ……何っ?」
しかし、マインズの掌底が到達するより速く、優の身体は後方に弾き飛ばされていた。突然、空から降り立った何者かから一撃を受けたのだ。