第6話『右腕』⑥
「私の正体だと?」
「父さん……、父さんなんだろ!」
優は叫んだ。このマインズと戦って、真っ先に思い出したのは、父との稽古だった。まさに今のように攻撃は全く当たらず、翻弄された記憶が刻み込まれている。そして、マインズの動きや構えはまさに過去の父と同じであった。
鉄仮面は表情を変えない。仮面の口元は笑ったままだ。奴はしばらくこちらを黙って見ていたが、
「優……、やはりお前は優なのか」
マインズの口から優の名前が出た。こちらからは名乗っていない。という事は……
「父さん……なんだね?」
「私もお前ではないかと思っていた。だから、本気で戦うつもりはなかった」
「父さん……」
優はマスクを外して顔を見せた。だが、マインズは鉄仮面を取る事無く言葉を続けた。
「優……、やはりそうだったか。動きを見てすぐにそう直感したが」
「父さんもわかっていたのか……」
「この家にお前以外が住んでいるとは思えんしな。先日、ウォーグ様が腕を斬られたと聞き、それを回収に来て、ここだと知り驚いた次第だ」
鉄仮面の父は笑顔以外の表情を見せないし、声質も金属的な音のまま変わらない。ウォーグ『様』という呼称が引っ掛かるが、何を考えているのか。
「まさかお前がこんな戦いに身を投じているとは……。そして、ウォーグ様の腕を斬った……。そこまでの力をよくぞ身に着けたな」
「俺は父さん母さんを取り戻したかったから……その為に戦う力が必要だった」
「そうか」
「なあ父さん、母さんは……母さんは無事なのかい?」
「……」
父は無言で答えない。鉄仮面の表情は笑ったままだ。仮面の下で父は一体どんな顔をしているのか。
「父さん!」
「お前達にはすまない事をした」
「何故そんな姿に? そしてどうしてウォーグなんかに付いているんだ」
優は疑問を次々にぶつけた。今の父の姿といい、衝撃的な出来事が重なり過ぎている。全て、あの日、ウォーグが地球にやって来て以来の事だ。
「言い訳のしようもない。俺は探求欲に負けたんだ。彼は俺にあらゆる宇宙の真理を見せてくれた……」
「だからって地球を滅ぼすような輩に手を貸すなんて、父さんのやる事とは思えない……」
「ウォーグ様はこの星を滅ぼそうとしている訳ではない。あくまで居住するつもりでの征服を考えている」
「あんな怪物が跳梁跋扈して、元々いた人間が自由に生きられないんじゃ、滅ぼすのと変わらないよ」
「怪物か……しかし、お前が倒して来たであろうその怪物達は皆、地球の生物の進化系だ」
「えっ……」
「実験体を倒している輩がいるとは聞いていたが、それが優、お前だったんだからな。お前も気付いただろう。怪物達がどこかこの星の生き物に似ていると」
言われて思い当たった。確かにタコやカメ、カメレオンのような怪物がいた。
「あれはこの星の生き物を改造した……と?」
「ウォーグ様の実験だ。この星の生物と惑星ミョルドの技術が融合した形だ。ウォーグ様による、この星の研究であり、また、その尖兵となるべき戦士を発掘する意味もある」
「何という事を……」
まさにキメラ的な実験であり、この星で言えば大犯罪だ。何よりも人を簡単に殺害するような怪物を生み出す事自体、正気の沙汰ではない。
「私の頭がおかしくなったとでも思っているのか?」
「父さんがそんな事に加担するなんて……。地球に住む者として、到底容認出来ない」
「生命倫理という観点で言えば、間違っているのだろうな。だが、宇宙規模での戦いを潜り抜けて来たウォーグ様にとっては、生き抜く力・術を得る事こそが第一義なのだ」
「父さんもその考え方に賛同していると?」
「わかってくれとは言わん。せめて優、お前は我らと戦う事から手を引いてくれんか」
初めてマインズの発する金属音が弱々しくなったような気がした。これは父の本音なのか、策略なのか……。だが、優にその提案を飲む気持ちはない。
「我ら……か。父さんはもうそっちの人間なんだね。なら、俺も引く訳にはいかない」
「優!」
優は再びマスクを装着した。目の前の男は父ではない、ウォーグの参謀マインズだ。ならば戦うまでだ。
「仕方ない……やらざるを得んようだな。抵抗するようであれば、捕らえてウォーグ様の元へ連れて行く他ない」
優が身構えたのを見て、父も再び腕を広げた戦闘姿勢を取る。しかし、優は躊躇して一歩踏み出せずにいた。
「どうした優、覚悟を決めたんじゃなかったのか?」
さすがに父は心を見透かしたように指摘してくる。実際、理屈ではわかっていても頭は混乱していた。大好きだった父の面影がどうしても頭を過ぎるのだ。幼き頃から武道や学問を教えてくれた父、宇宙について夢のように語っていた父、母と共に三人で仲良く暮らしていた日々……。あの頃の記憶は鮮明に残っていて、父を憎む気持ちを強く持てない。
「では、このままウォーグ様の元へ連れ帰らせてもらおうか」
「ウォーグ……」
父の口から怨敵の名が出て、同じ記憶でも奴が現れた時の事を思い起こす。あの時、自分と母はどんなに辛い目に遭った事か……。父は先程言い訳めいた言葉を口にしたが、全ては父のせいではないか……。
「うおおおおおおっ」
優は迷いを振り払うかのように叫んだ。そして、再び鉄仮面の父を見て決意を固めた。こいつは敵だ、そして精神も肉体も尊敬に値した父はもういないのだ。倒すしかない。
「迷いを捨てたか……」
「マインズ、俺は貴様を倒すっ!」
優が叫ぶと、マインズも再び身構える。大きな構えは優の攻撃全てを飲み込んでしまいそうな雰囲気があった。
(策は二つある! まずは相手の戦いのスタンスを確認する。先程までと同じような戦い方をするのであれば、攻略する術はある!)
優は一気に間合いを詰めて殴り掛かった。高速のワンツーを繰り出すも、マインズは相変わらず軽々と捌く。
「いくらやっても同じだ。お前の攻撃は通用せん」
またもカウンターで寸止めして見せるマインズ。しかし、次の瞬間、かわされた優の拳が高速回転して鉄仮面を薙ぎ払った。マインズの身体が芝生の上で転がる。
「何だと……」
後方に吹っ飛ばされたマインズは驚いている様子だ。
「父さん、いや、マインズ! そんなナメた戦い方をするのであれば、容赦なくそこに付け込むぜ」
「なるほど。寸止めを予期して次の攻撃を準備していたか……。やりおる」
マインズの分析通り、優は相手が寸止めする事を予期して、最初の攻撃を捨て駒に、マッハパンチを繰り出したのだった。