第6話『右腕』④
玄関の鍵を開けて中に入ると、何やら物音がする。二階から聞こえてきているようだ。咲が不安そうに腕を掴んでくる。
「先輩……」
「泥棒でも入ったか……。ここで待ってるんだ」
優は咲に玄関にいるよう促し、邸内に踏み入った。足音を立てないようにして階段を上る。音がしているのは二階の空き部屋だ。扉の向こうで何かを破壊するような音が響いている。優は意を決して扉を開けた。
部屋に入り、眼前の光景に驚くしかなかった。ガラスが割れ、陶器は砕かれていた。その犯人は……
「まさかあの腕が……」
昨夜斬り落としたウォーグの腕だった。腕が包んでいた布から動き出して、辺り構わず暴れていた。さすがにウォーグの意志を通じた時程の破壊力はないようだが、腕は宙に浮き自らを振り回して暴走している。近くにあった物は壊され、叩き落され、部屋は結構な荒れ模様だ。
次の瞬間、中指が光り、レーザーのようなものを発射してきた。優は慌ててこれを避けた。壁に穴が空く程の光弾だ。
「何という破壊力……」
驚く間もなく次のレーザーが放たれる。優は慌てて扉を閉じ、一旦その場を離脱した。閉じた扉には光弾が貫いた穴が空いていた。
「予想外の展開だが、これはやるしかないか……装填!」
優は身構えると、懐からマスクを取り出し、装着した。全身が銀色の光に包まれる。スーツを纏った優は再度、部屋に踏み込んだ。
次の瞬間、レーザーが飛んでくる。優は部屋の中央に転がり込むように入り、これをかわした。浮いている腕をマスクが解析する。確かに昨日斬り落とした筈の右腕だが、それが生命反応を持ち、動いている。ただ、暴れているだけで意志はないように見受けられる。レーザーは優の生体反応でも感知して、撃って来ているようだ。
また指が光る。優は狭い部屋を真横に逃げる。同時に彼は自らも青白い光を現出させた。昨日、まさにこの腕を斬り落としたレーザーブレードのスイッチを入れたのだった。
「調べようなどという考えが甘かったか……」
まさか斬り落とした腕が動くなどとは予想だにしなかった。昨夜、そして今朝の時点では間違いなく動いてはいなかった。何らかのきっかけ、例えばウォーグが意志を働かせば、遠隔でも再生する事が可能なのかも知れない。
次の光弾が襲い来る。優は避けながらレーザーブレードを振るった。光と光がぶつかり合い、強烈な輝きを放つ。優のレーザーブレードは、右腕が放つ光弾を薙ぎ払ったのだ。これはマスクが計算した光弾の分析から何となく予想出来た為、かわしながら剣をぶつけてみたのだった。
「これで戦いやすくなったな」
優は剣を構え、腕に対して前傾姿勢を取った。腕は大きく指を広げてこちらを威嚇しているように見える。優は剣道の試合のような感覚だった。相手との間合いを計り、どのタイミングで斬り掛かるか。これまで見ている限りでは、スピードはそれ程のものを感じない。問題は指からのビームだけだ。
優は次のビームを凌いだ後、一気に斬り掛かるつもりでいた。しかし、右腕はここで予想外の動きをした。広げた指の全てが光り、5本のレーザーが襲い来る。
「何っ……」
これにはさすがに焦った。剣を振り回して何とか弾き返したが、既に次の発射が準備されていた。今度は剣を振る間もなく、床を転がって避けた。壁に命中したレーザーは次々に穴を空けていた。こんなものを食らったら、身体を貫かれてしまうだろう。
そして、右腕は容赦なくレーザーを連発してくる。先程、剣道の間合いを思い浮かべたものの、もはやそんな領域を超え、銃撃戦の戦場みたいになってしまった。しかも、空き部屋でスペースはあると言っても、さすがに避け続けるには狭過ぎる。
優は次に放たれた光弾を薙ぎ払うと、瞬時に体勢を整えた。何処かで踏み込まないと、やられるのはこちらになりかねない事を悟ったのだ。次のレーザーが放たれんという瞬間、
「マッハキック!」
優は床を蹴り、飛び蹴りマッハキックの勢いを利用しながら、レーザーそして右腕に向かって剣を振り回した。レーザーブレードは全ての光弾を弾き返し、そのまま右腕を中指の辺りから縦に切り裂いた。斬られた右腕はふわふわと漂うのみで、もう攻撃能力は残っていないようだった。優は体勢を整えると、返す刀で何度も斬り刻み、これを粉々に粉砕した。
「ふう~っ」
一仕事終えた優は一息吐いた。恐るべきレーザーブレードの威力は、右腕を跡形もなく消し去っていた。
「先輩、大丈夫ですか~」
下から呼ぶ声が聞こえる。優は慌てて部屋を出て、階段を駆け下りた。玄関では心配そうな顔をして咲が待っていた。
「すまん、待たせたな」
「どうしたんですか? その格好……」
咲は優がスーツを纏っているのを見て驚いていた。優は二階で起こった事を話した。
「う、腕が動いた?」
「ああ。俺も驚いた。だが、俺達と同じ尺度で考えてはいけないのかも知れないな」
咲はまだ信じられないといった顔をしていた。ただ、優が腕を仕留めたと聞き、安心したようだった。
「じゃあ、せっかく買い物もしてきましたし、夕飯作りましょうか」
「うむ。頼むよ」
優が返事をした時だった。玄関の呼び鈴が鳴った。