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第6話『右腕』②

 気付いた時には翌朝になっていた。昨日の痛みはなくなったとは言えないが、思った以上に引いていた。カプセルから出ると、外界が眩しく感じる。


 おはようございます、と咲が声を掛けて来た。近くに椅子が置いてあり、座って様子を見ていてくれたようだ。


「もしかして、ずっとそこにいたのか」

「うとうとはしちゃいましたけど……」


 悪戯っ子のような笑みを浮かべるが、目の下に隈が出来ており、ほとんど寝ずに見ていてくれたのではないか。こちらの身体の事ばかり気にしてくれているが、彼女も結構心身を削っているのではないかと心配になる。


「今日は休んだらどうだ。どうしてもという用はないだろう」

「課題もありますし、サボる訳にはいきませんよ」

「すまんな、俺の為に」

「いいんですよ。私、むしろ感謝してるんです。先輩のお陰でこんなに充実した日々を送れてますから」

「それ、嫌味じゃなくて本心か?」

「もう~! 当たり前じゃないですか。お世話もそうですけど、研究だって先輩のお陰で今までより真剣に出来てますし、進捗だってしている気がするんですよ」


 また咲は頬を膨らます。そんな風に思ってもらえるのであればありがたい。彼女に単なる負担を強いるのだけは避けたかった。


「じゃあ大学行くか」

「先輩こそ、身体は大丈夫なんですか?」

「お陰様でな。酸素カプセル、多少は効能あるみたいだな」


 優はカプセルを軽く叩いて親指を立てて見せた。サムズアップというやつだ。咲はそれを見て微笑むと、「じゃあ朝ごはん食べましょう」と言って、居間へ招く仕草を見せる。付いて行くと、朝飯を用意してくれており、テーブルにトーストとサラダが置かれていた。


「いつの間に作ったんだ」

「うとうとしてるくらいなら、朝ごはん用意しようかなって」

「ありがとな」

「どういたしまして」


 咲はまた得意気に胸を張る。彼女はこうやってお調子者的な雰囲気の方が魅力的で、塞ぎ込んだり、辛そうな顔をしたりしているのは似合わないと思う。そして、そんな彼女を絶対に守らなければならないと、優は改めて心に誓うのだった。


「先輩、今日はどうされるんですか」

「やらなければならない事が幾つかあるな。まずは例のウォーグの腕の解析、これは大学には持ち込めないから家でやろう。血液採取や成分調査くらいなら出来るだろう。それとこれだな」


 優は食べながら読んでいた新聞を咲に見せた。


「昨日の事務局棟の事件……ですね」

「ああ。学長が亀の怪物に襲われていたのは間違いない」


 新聞には「N工科大学事務棟最上階で事件。学長が負傷、隕石が落下か」と言った見出しで記事が書かれていた。ただ、速水学長が負傷したとはあるが、怪物が出現したような事は一言も書かれていない。


「何があったのか、学長や秘書から話を聞く必要がある。それに……」

「風間さんですね」

「うむ。学長室やグラウンドにいたのは間違いない。それについても探らないと」

「私も聞き込みしましょうか」

「いや、咲はスーツの補修を頼む。また怪物が出たら今のままでは危ういからな」

「わかりました。授業終わったらすぐに取り掛かります」



 食事を終えた二人は優の運転で大学へ向かった。例の腕は物置から出して、布に包んで2階の空き部屋に置いておいた。帰って来たら色々と調べてみるつもりだった。


 大学に着くと、授業に行く咲とは分かれ、優は事務局棟の方へ歩を進めた。学長室で昨日何があったのか、確認に行かねばなるまい。新聞によれば学長は入院したようだが、秘書から何か話が聞けるかも知れない。優は学長室に赴いて表彰された過去の経緯もあるので、直接当たってみる事にした。今日はちゃんと正規の入口から入り、エレベーターに乗った。


 一気に上昇して行き、最上階に着くと、業者が忙しそうに動き回っていた。昨日、亀型の怪物に割られたガラスの取り換えや壁の修繕などを行っているようだった。優はそれを尻目に秘書の方へ足を進めた。


「あら、迫川様。どうされましたか」

 表彰された際に対応してくれた秘書がいて、声を掛けてくれた。ちゃんと覚えてくれているようだ。

「ニュースを見て驚いて……。学長はご無事なのかと思いまして」

「大丈夫ですよ。念のため、病院に入られましたが、大きなお怪我等はされていません」


 嘘を吐いているような表情ではなかった。もっとも秘書ともなれば表情を取り繕ったりするのはお手の物だろうし、絶対に真実かどうかはわからない。どの程度情報を引き出せるのかわからないが、優はさらに踏み込んでみることにした。


「昨日は一体、何があったんですか」

「空からの落下物……隕石なんでしょうかね。それがあそこを直撃したんです」

 そう言って彼女は業者が作業している辺りを指差した。


「隕石? 隕石が落ちてこの程度の被害?」

 優は嘘だとわかっているのであえて尋ねた。秘書の表情は苦しそうだった。

「すみません。隕石というのは単なる想像です。落下物は警察が調査して持って行ってしまったので……」

「そうですか。学長はどういった怪我を?」

「ちょうどあの辺にいたので、ガラスが飛び散って何か所か負傷されました」

 これも嘘っぽい。おそらく答え方が言い含めてあるのだろう。


「お早い回復を祈っています。ところで昨日、ちょうどその落下物があった時間帯にここへ探偵が来ていませんでしたか? 風間さんという……」

「来客された方についての情報はお答え出来ません。申し訳ありません」


 秘書は一瞬顔色を変えたが、すぐに回答を否定した。そう来るとは思ったが、ここは情に訴えてみることにした。


「私、実は風間という男が学長に絡んでいるのを見ているんです。何があったのか、気になって……」

「あの方を……」

 秘書は言い掛けて口を噤んだ。やはり何か知っているのは間違いない。

「教えて下さい。あの男は何をしにここへ?」

「それは……」

「お願いします!」


 優は深く頭を下げた。顔を上げた時、秘書は困ったような顔をしていたが、優を信じているのか、はたまた熱意を感じたのか、口を開いた。


「あの風間さんという方は昨日の夕方、突然来訪されたのです。学長に用があるから話を聞かせてもらいたいと。もちろん、アポイントもないのでお断りしたんですが、かなりしつこくて……。そこへちょうど学長が通り掛かったものですから、そのままお話をする流れになってしまったんです」


 風間のしつこい様子は以前に自分達も身をもって味わったのでよくわかる。学長も姿を見せてしまった為に、あの調子で付き纏われて断り切れなかったのだろう。


「どんなお話をされたかは……わかりません。学長室に二人で入ってしまいましたし、私はお茶を出しただけでこちらにおりましたので……。ただ、学長は随分とご立腹の様子でした」

「そうですか。その……落下物はどのタイミングで?」

「風間様が学長のお部屋を出られた直後です。突然大きな音が響いて……そして、あんなかい……」


 秘書はそこでハッと何かに気付いたように言葉を切った。優は何となく言いたい事を理解したが、あえて尋ねた。


「あんな『かい……』?」

「い、いえ、何でもありません……。巨大な落下物の影響で学長はお怪我をされて、入院しております」


 おそらく亀型の怪物を目撃したのだろう。さすがに口止めされているようで、彼女は口を噤んだ。


「落下物が来て、風間さんはどうしたんですか?」

「わかりません。学長はケガをされるし、建物は壊れるし、もうパニック状態でした。私共は一度避難した後、再度確認しに戻って来て、学長が倒れられているのを発見したんです」


 これは嘘ではなさそうだ。優が亀型の怪物と交戦を開始した時には、既に秘書の姿はなかった。


「学長はいつお戻りですか? 一度お目に掛かりたいと思っているんですが」

「まだ、はっきりとはわかりませんが、お戻りになったらお伝えはしておきます。ご都合がよろしければお知らせしますので」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 これ以上の情報入手は厳しいと判断し、優は頭を下げ、エレベーターへ向かった。詳細は掴めなかったが、風間がここへ来て学長と話していた事は確認出来た。なので、場合によっては、学長若しくは風間本人に問い質してみれば、さらに何らかの情報は得られる筈だ。ただし、風間に危険な香りが漂っているのは否めないので慎重に当たる必要はあるが。


 優はエレベーターの前まで来ると、下の階へ向かうボタンを押した。程なく扉が開き、狭い箱に乗り込む。降下して行きながら、昨日自分が亀型の怪物に激突され落下して行った辺りをガラス越しに眺めていると、痛めた箇所が疼く気がした。やはりそう簡単に回復はしないようで、今日はあまり長居せずに静養に努めた方が良さそうに思えた。



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