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第6話『右腕』①

 負傷した優は咲の肩を借り、何とか車まで行く事が出来た。汚れたパワードスーツ姿で触れるのは悪い気もしたが、背に腹は代えられなかった。彼女も嫌がる素振り一つ見せず、身体を支えてくれた。


「本当にありがとう」

「お安い御用ですよ。でも、省略せずに、さっきみたいにちゃんと呼んで下さいね」


 車内灯に照らされた咲の顔はニヤついていた。優に名前呼びさせたのが心底楽しかったようだ。


「先輩、それはトランクですか?」

「ああ。開けてくれるか、すまん」


 咲の尋ねた「それ」は、斬り落としたウォーグの腕だった。彼女は気味悪がったが、生物学的なアプローチをすれば、何か攻略の手立ても掴めるかも知れないと思い、拾って来たのだった。この腕を拾うのはもちろん、車へ来る前に亀の甲羅もレーザーブレードで粉々に破壊しておいた。あんなモノをグラウンドに残して置いたら、どんな騒ぎになるかわかったものではないからだ。


 優は後部座席に横たわった。幸い、咲はペーパードライバーだが免許を持っていて、代わりに運転してくれた。優は横になりながら、研究室を出て行った後の出来事を話して聞かせた。


「え~っ、あの風間さんが消えた後にウォーグが?」

「それだけじゃない。奴は理事長に会いに行っていた」

「怪しいですね、それは。ひょっとして風間さんがウォーグの手下?」

「手下ならともかく、あのただならぬ雰囲気からして張本人の可能性もあるな」


 優は風間から感じた鋭い雰囲気を思い出していた。あくまで人間レベルでの感覚だが、あの強者感は巡り巡って先程戦ったウォーグに通ずるものがないでもない。正体を隠しているのであれば、その可能性もあるだろう。


「何で学長の所へ行ったんですかね」

「さあな。以前、駐車場でも絡んでいたしな。探偵ともなると何か嗅ぎまわっているのか、それとも奴がウォーグ側の人間ならば何かこの大学に欲するものでもあるのか……。いずれにしても、おかしな動きをしている事は間違いない。我々も気を付けないと」

「そう考えると、先輩、私をあの人に預けて行きましたね。今思うとゾッとします」

「確か、区役所に放置して去って行ったって?」

「そうですよ。置いてきぼりにされて困りましたもん」


 駐車場で2体の怪物が出現した際、風間に咲を預けて戦いに赴いたのだった。あの時は風間をそこまで怪しい者とは疑っていなかったが、今にして思うととんでもない結果になっていたかも知れない。


「何もなくて良かったよ」

「先輩、今度、マスクと通信出来る機能を付けますから。いいですね」

「えっ」

 突然の咲の提案に驚かされた。

「私、トレーナーなのに、先輩に何が起こっているのか、全然わからないの困るんですよ。今みたいにケガでもされたらたまらないもの。カメラと通信機能を付ければ、私もリアルタイムで先輩の様子がわかりますよね」


 これには何も言い返せず、機能の搭載に納得せざるを得なかった。戦いの時に集中を乱されないかという不安はあるが、確かに咲が見ていてくれる安心感もある。


 夜道をしばらく揺られて家に着くと、咲が気味悪がったのでウォーグの腕を物置にしまった。明日以降、ゆっくりと調べてみるつもりだった。まずはさっと身体を洗い流して酸素カプセルにでも入って静養しようと思ったが、いかんせん身体が重く、咲がシャワーを手伝ってくれる事になった。


「そんな状態じゃ洗うのも大変でしょう。介護と同じですよ」

「いや、いいよ、そんな事まで」

「いいからいいから」


 無頓着な調子で楽しそうに言う咲だが、とてもそのまま頼む気にはなれず、高校時代の海パンを取って来てもらってそれを履き、身体を洗い流してもらった。彼女は服を着たまま濡れるのを厭わず汚れを落としてくれたが、それでも恥ずかしい事この上なかった。だが、まだ身体も痛む状態だったので、甲斐甲斐しく世話をしてくれる事自体はありがたかった。


 こんな風に身体に触れられたりするのは照れ臭くて、優は自分の顔が熱く赤くなっている事に気付いた。幸い激しくシャワーが流れていて、咲は洗い流す事に夢中になっているようだった。


 そういえば、真に介護等に身を捧げているような者は、他者の世話をする事に生き甲斐ややり甲斐を感じていると聞いた事がある。優はこんな事をやらせている自体が申し訳ない気分であったが、ひょっとすると咲もそういう人種なのかも知れない。彼女がそうなのかどうかはともかく、人に尽くす事が生きる目的である者もいるのだろう。だとしたら、自分は何の為に生きて、何の為に戦っているのか。優は身体を洗ってもらいながら、そんな事を考えていた。


「綺麗になりましたよ」


 咲はシャワーを浴びてずぶ濡れになりながらも笑顔だった。こそばゆいくらい身体を泡立ててタオルで擦ってくれ、さらに床屋のように洗髪してくれて、確かにスッキリした。浴室から出ると、今度は身体を拭いてくれて、至れり尽くせりだった。


「そんなにびしょ濡れになって……。すまなかったな」

「いいんですよ。私は先輩のトレーナーですし、このくらいはさせてもらわないと」

「そんなに甲斐甲斐しくされると、こっちも何か御礼をしないとな」

「別に御礼目当てじゃないですから。先輩が無事ならそれでいいんですよ。今はサポートする事しか考えてないです」

「咲……」


 殊勝な言葉に優は感動すら覚えた。思わず名前を呟いてしまった程だ。優はありがとう、と言って咲の頭を撫でた。今度は自然に手が動いた。彼女の髪の毛は濡れていたので、タオルを取って拭いてやった。


 先輩……と呟く咲の顔が真っ赤になっていた。貸したタオルで顔を覆ってしまったくらいだから、恥ずかしかったのだろう。優も恥ずかしくないと言えば嘘になるが、今は素直に感謝を伝えたい気持ちの方が強かった。


「先輩、まずは休んで下さい。私に構わずに」

「あ、ああ」


 咲は顔を隠したまま肩を貸してくれて、酸素カプセルに入れてくれた。初めて入ったカプセルの中は、弱めの青い光で満たされていて心地良く、疲労や負傷も癒えて行くような気がした。この空間はリラクゼーションにも適しているのだろう。ウォーグの事、風間の事など、色々気になる事はあるが、まずは余計な事を考えずに治癒に専念したかった。だが、何も考えずに目を閉じようとしたが、意外に雑念が浮かんで来る。


 まず思い浮かんだのは敗北の衝撃だ。正直もう少し戦えるとは思っていたが、予想外にウォーグは強大であった。少しスーツの出力を上げた程度ではとても太刀打ち出来ないのがよくわかった。その前に戦った銀の戦士といい、レベルが違い過ぎる強敵にどう立ち向かったら良いのか、現状では名案が浮かばず、挫けそうになる。


 その一方で、咲の事や、先程少し考えた何の為に戦うのかという事も頭に浮かんできた。咲の献身的な協力は本当にありがたく、彼女を絶対に守らなければと実感していた。それはつまり、ウォーグ達の侵略を防ぐ事に他ならない。自分が戦わなくてはならないし、もし敗北して命を失えば咲を守れなくなるという事実に直結する。


 そんな事は絶対にあってはならない。自分が負ける、死ぬだけでなく、大事な人まで失うような事態は防がなくてはならなかった。だから、もっと強くなる必要がある。圧倒的な力の差を見せ付けられたが、やっぱり諦める訳にはいかない。優は薄れゆく意識の中、自分の心にそう誓った。


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