第5話『逆襲』⑦
「何だと……」
いつまでも攻撃が来ないと思っていたら、ウォーグが驚いた声を揚げていた。優は見た、ウォーグの後ろに銀色の光を放つ別の怪人が立っているのを。
銀の戦士だ! 彼がウォーグの右腕を掴み、とどめの一撃を止めたのだった。
「ウォーグ、ようやく会えたな。あの山での戦い以来、ずっとお前を探していた」
「カイゼルゥ……」
マスクの翻訳機能により、優にも地球の言葉ではない二人の会話が聞き取れた。ウォーグは掴まれていた腕を振り払うと、銀の戦士に猛然と襲い掛かった。先程、優が吹き飛ばされた一撃も、銀の戦士の前では通じない。赤いオーラを塗り潰すかのように銀色の光が瞬き、ウォーグの攻撃は全て封殺された。
「ここにお前が来るとは計算外だった。最近、我の配下を悉く倒す者がいると知り、潰しに来たつもりだったが、カイゼル、お前も背後にいたとはな……」
「何を勘違いしているのかわからんが、俺はそこのヒヨッコの事は知らん。だが、貴様の仲間に関しては全て殲滅する。その姿勢は変わらない」
銀の光が一層輝いた。銀の戦士の拳がウォーグの顔面を捉え、奴の巨体ごとぶっ飛ばしたのだった。ただ、ウォーグはダウンするのではなく、そのまま後方へ逃げて行くようだった。銀の戦士は宙を駆け、それを追う。
「待てっ」
「まだお前と戦う時ではない。ここは一時撤退させてもらうぞ!」
ウォーグの身体が一際赤く輝いた。すると奴の全身から、銀の戦士に向かって赤いレーザー光線のようなものが何本も降り注いだ。
「くっ」
銀の戦士は空中で反転し、全てをかわした。しかし、その間にウォーグの姿は闇夜に消失していた。レーザーが撃たれた地面は何本も深い穴が空いていた。
「逃がしたか……」
銀の戦士は着地すると、優に背を向けて去って行こうとした。その背中に声を掛ける。
「待ってくれ!」
「命拾いしたな。俺の言う通りだっただろう。お前では奴と戦うのは無理だ」
振り向いた相手から辛辣な言葉が投げ掛けられたが、優は取り合わず
「まずは礼を言わせて欲しい。ありがとう。本当に助かった。そしてこの前も、俺を病院に運び、回復を施してくれたのもあんただろう」
「さあな」
銀の戦士は両手を広げて知らないというジェスチャーをした。
「あんたが優しさから俺を戦わせまいという態度を取ってくれているのはわかる。でも、俺だってどうしても引けないんだ!」
「何故、わざわざ命を捨てる。そんな事に何の意味がある?」
「俺は……両親を奴らに奪われた。覚えているかい、俺を」
優はマスクを取って素顔を見せた。周囲は暗いが、おそらく相手には見えている筈だ。
「お前は……あの時の少年か……」
優は頷いた。銀の戦士もK山で遭遇した人間だと認識出来たようだった。
「俺はどうしても両親を自力で取り戻したくて、こんな装備を作って戦う決意をした。お願いだ、一緒に戦わせてくれ!」
優は懇願した。銀の戦士はしばらく腕組みをしていたが、徐に口を開いた。
「ダメだ。今だって死にかけた奴を一緒に戦わせる訳にはいかない。みすみす死地に赴かせるようなものだ」
「俺だって戦える。さっきだって一度はウォーグの腕を切り落としたんだ」
「何っ……」
少し驚いた相手に、優はレーザーブレードを拾って青い光を見せた。
「これで奴の腕を斬ったんだ。再生はされてしまったけど……」
「そうだ。奴は腕や脚を斬り落とした程度では死なない。そんな怪物にこの星の人間が立ち向かえる筈がない」
「そうやって決めつけないでくれ!」
「お前の意気は買う。だが、そうやって意気込む奴が何人も死んで来た。俺はそんな事実を目の当たりにしている」
「だから俺みたいな奴は認められない……」
「わかったら、もう戦うんじゃない。今日でわかっただろう、奴がどんなに恐ろしいか」
確かにその通りだった。優は先程の戦いでウォーグの想像以上の強大さを知り、大きなショックを受けていた。だが、その一方でいつもの信条が心の底から湧き上がってくるのだ。だからこの場も食い下がる。
「どうしても……認めないつもりだな」
「ああ。中途半端な戦力は足手まといだ」
「だったら必ず認めさせてみせる! 俺は絶対に諦めない」
優が強い語気で言い放つと、銀の戦士は黙ってその顔をじっくりと見たようだった。
「勝手にしろ。次はもう助けんぞ。自分の命は自分で面倒を見るんだな」
「そんなの……言われなくてもわかってるさ」
優は強がった。今にもへたり込みたいようなダメージだったが、ここで弱い姿を見せる訳にはいかなかった。
「俺に認められたかったら、奴らとの戦いでも死なずに生き抜いて見せろ」
そう言って銀の戦士は背を向けた。
「カイゼル……、あんたカイゼルって言うのか」
優は呼び止めた。
「よくわかったな。さっきウォーグの奴が叫んだからか」
「あんたらの言葉もこのマスクで解読出来る。山では全くわからなかったが、今日は全てわかった」
優は先程取ったマスクを指し示した。
「そうか。お前の執念、何となく理解出来た気がする」
「カイゼル……さん、俺はあんたの戦いを見て憧れて、こんな装備を作ったんだ。そんなあんたに認めて貰えるまで、俺は諦めない」
「……」
カイゼルは何も言わなかった。再度背を向けると、暗黒の宙を飛んで去って行った。
「くっ……」
カイゼルが去って行った後、優は地に膝を付いた。必死に強がっていたが、限界だったのだ。首と腹部に痺れるような痛みが残っている。優はそのまましばらくグラウンドに横たわり、いつの間にか気を失ってしまった。
「先輩!」
暗闇の中、自分を呼ぶ咲の声で目が覚めた。
「気を失っていたのか……」
「いつまでも戻って来ないから心配したんですよ。GPSでスーツがここにあることがわかったんで……」
「そうか。心配掛けてすまなかった」
「そうですよ! 何が起こったかちゃんと教えてくれないと困ります。大丈夫なんですか」
暗闇の中、マスクを外しているので顔は見えないが、咲は相当心配してくれている様子だった。
「大丈夫……だ。多少負傷はしたが、致命傷ではない」
優は簡単に事情を説明し、首と腹部が痛む旨を伝えた。咲は用意が良く、取り急ぎアイシングしてくれた。
「ウォーグが! ボスが出てきたんですね」
「また銀の戦士……カイゼルって名前らしいが、彼に助けてもらったよ。相変わらずお前はいらんって手厳しかったけどな……」
「でも、先輩は諦めないんでしょ」
「ああ。絶対に認めさせてやるさ」
「そんな負傷をしているのに呆れた……。まずは傷を癒して下さいね」
「わかってる。ありがとう、咲」
「えっ? 今、何て言いました?」
咲が驚いた声を揚げる。
「ありがとう、咲って言ったんだ。何度も言わせるなよ」
優は頭を掻いた。こんなに恥ずかしい思いをしたのは初めてかも知れない。