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第1話『疑惑』③

 怪物はグウウッと一吠えすると、咲目掛けて突進してくる。咲は腰を抜かして身動き出来ない。やられる、と観念した時、


「待てっ!」

 咲に襲い掛からんとしている怪物に飛び蹴りを食らわせたのは迫川だった。


「せ、先輩……」

「話は後だ。俺の後ろに!」


 迫川は咲の前に立ち、怪物に向き合った。怪物は飛び蹴りを食らっても一向に怯む気配はなく、喉を鳴らして距離を詰めてくる。咲は腕と尻を動かして、何とか迫川の後ろへ回った。次の瞬間、何かが光った。


 鋭利な爪を立てた一撃が振り下ろされたのだ。迫川は何とか右腕を挙げてガードしたが、引っ掻かれて上着が破かれていた。


「先輩っ!」

 咲はただ叫ぶ事しか出来なかった。事情はよく理解出来ないが、迫川は間違いなく彼女を守ろうとしてくれていた。


「大丈夫だ。とにかく木の陰にいるんだ。下手に離れると、飛び掛かって来るかも知れん」

「は、はい……」


 咲の返事を聞くと、迫川は怯まずに踏み込んでいった。そして、怪物から繰り出された大振りの腕を掴んで一本背負いで投げ飛ばした。それも受け身が取れないよう、脳天からアスファルトへ向かって叩き落した。


「凄い……」

 咲は以前、迫川が武道の有段者だという話を聞いた事を思い出した。今の一撃も達人ならではの技だろう。咲は格闘技の事はよくわからないが、迫川があんな牙や爪を持つ怪物に踏み込んで行ける勇気に驚いた。普通の人なら尻込みしてしまうだろう。


「どうだ?」

 迫川は頭部を押さえて蹲る相手を覗き込む。しかし、怪物はすぐに起き上がり、より大きな咆哮を上げる。迫川渾身の投げ技であったが、単に相手の凶暴さを増しただけのようであった。

「こいつはマズいな」


 野獣は猛烈な勢いで突進してくる。そのスピードに対応し切れず、迫川は吹っ飛ばされ、一回転して背中から落ちた。受け身も取れない程のスピードとパワーだ。幸いにして落下したのは草と砂に囲まれた部分だったので、ダメージはそれ程でもないようで、彼はゆっくりと起き上がった。


「ぐっ……やはり準備をしておいて正解だった」

 準備……? 一体、何の準備だろうと咲の頭を疑問が掠めるが、当の迫川は気にするでもなく、上着を脱ぎ、ズボンのポケットから何かを取り出した。


「先輩、それは……?」

 咲は迫川が上着の下に身に付けていたものに見覚えがあった。研究室で彼が研究していた強化スーツの一つではないか。

「まあ見てな」


 迫川に再度怪物の突進が迫る。彼はそれを闘牛士のようにかわすと、怪物は音を立てて木に激突した。しかし、怪物自身にダメージはなく、むしろ折れたのは木の方だった。


「避けたのは時間稼ぎだ。行くぞ!」

 優は叫ぶと先程取り出したものを頭に被った。そして、

「装填!」

 と叫ぶと、銀色の輝きが溢れ出し、彼の身体を覆っていった。


「グウウッ」

 そんな様子を待ってくれる怪物ではない。唸りを揚げて、向かって来る。怪物のタックルが迫川を捉えた。


 しかし、迫川はそれを受け止めていた。いや、受け止めたのは迫川ではない。暗闇にも鮮やかな銀色の仮面に銀色のスーツを纏った怪人物が、相撲の立ち合いのように怪物の当たりを止めていた。

 先程、吹っ飛ばされた迫川とはまるで別人の姿だが、彼が銀色の特撮ヒーローの如き怪人に変身したようだった。その姿は、さながら消防士が纏う防火服のような銀色の装束を身に着け、手足も同色に輝く手袋・ブーツで覆われていた。仮面は西洋の鎧兜みたく硬質なイメージを抱かせる造りだが、かと言って重そうではなく、銀の装束とマッチしているように映った。


「この最新強化スーツを纏えば、普段の筋力の約5倍を発揮出来る!」

 言うや否や、迫川は組んでいた怪物を投げ飛ばした。怪物はすぐさま起き上がりまた襲い掛かるが、今度は迫川の動きも速かった。


「そして、反応速度、動けるスピードも約5倍になる!」

 迫川は相手の突進に対して踏み込み、ボディにカウンターで強烈な一撃を食らわせた。今度は怪物が一回転して吹っ飛んだ。


「す、凄い」

 先程の柔道技にも感心したが、今回の驚きはそれ以上だった。スーツを纏った迫川は肉弾戦で怪物と互角に渡り合っている。


 すぐに起き上がった怪物は爪を立てて飛び掛かる。迫川も闇に銀の光を引いてジャンプしてそれに突っ込む。空中で二つの塊が激突する。


「マッハパンチ!」

 叫んだ迫川の右腕が流星のように輝いた。そして、両者が地面に降り立つと、怪物の右腕から液体が噴出した。迫川の一撃が、相手の右腕を粉砕したのだった。怪物は呻き、喚き、咆哮して、暴れ狂う。


「次で終わりだ」

 迫川が自分の右脚を叩くとその脚が先程のパンチ同様に銀色の輝きを見せた。怪物は再度飛び掛かる動きを見せたが、狙いは迫川ではなかった。


「きゃあっ」

 咲は叫びを揚げた。怪物は迫川を飛び越えて彼女を捕らえたのだ。怪物の左腕が物凄い力で自分を押さえていて、咲は恐怖で脚が震える。そして亡くなった右腕から血液なのか、何か液体が流れ落ちていて、苦みのある臭いを放っていた。


「くっ……」

 仮面で表情は見えないが、人質を取られたせいで迫川は身動き出来ないようだった。


「先輩……、ゴメンなさい」

 恐怖は勿論だが、足手まといになっている自分が悔しくて、咲は涙が出て来た。怪物の左手に煌めく爪が自分の首に当てられており、今にも切り刻まれかねない。肌に触れる爪は冷たく、氷のようで、それがまた恐怖を増幅する。


「桜花、大丈夫だ! 目を閉じてじっとしてろ」

 迫川が叫ぶ。とても大丈夫な状況とは思えなかったが、その声には妙な説得力があった。咲は言われた通りに目を瞑った。次の瞬間、


「フラッシュ!」

 迫川が叫んだのが聞こえると、閉じている目の外側が急に凄まじい明るさに包まれた。怪物が吠えた。そして、

「マッハキック!」

 再び迫川の声が響き、何かが破裂するような音がすると、怪物が今までで最大の咆哮を揚げた。何か液体が咲の顔にかかった。そして、押さえつけていた怪物の手が離れるのを感じた。顔に液体がかかっているし、目を開くのが怖かった……



 布で顔を拭いてもらう感覚があった。洗髪してもらった時のような感じだ。

「おい、桜花。大丈夫か」

 という迫川の声で目を開くと、銀色の戦士となった彼に抱き抱えられていた。怪物は死骸となって地面に崩れていた。頭部も粉砕されたようで大量の液体が飛び散っていた。迫川の銀の装束にも、液体が飛び散った跡が見える。自分の服も汚れているようだ。


「先輩……」

 咲は迫川に抱き付いた。本当に怖かった。恐怖が去り、ホッとしたが故に、安心出来る何かに縋り付きたい思いだった。


「よく頑張ったな」

 銀色の仮面に表情はないが、普段の迫川とは違い、声にも温かさがあるように感じた。本当は凄く優しい人なのかも知れない。咲はそんな彼にしがみ付いていた。気持ちが落ち着くまでそうしていたかった。


第2話へ続きます。

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