第5話『逆襲』④
事務局棟の近くまで来て、優は最上階の方で異変が起こっている事に気付いた。夕闇の薄暗い状態でもガラスの塔に何かが落下してきて破壊されたように見える。ちょうど学長室のある辺りに穴が空いたような感じだ。
「これは……怪物の仕業か」
優は身を引き締めた。誰かに見られる事を考えると中で変身する訳にもいかないので、辺りに誰もいないのを確認し、建物に入る前にスーツとマスクを纏った。まさかこの格好でエレベーターを上がって行く訳にもいかず、スーツ性能のジャンプ力を活かし、上階へ飛び移って上を目指す事にした。
稀にニュースで高層ビルをよじ登って行く変人クライマーが話題になる事があるが、それの超人版とでも言えば良いか、優はスーツの性能でハイジャンプしては上階の引っ掛かりを掴み、軽快に高層へ上がって行く。クライマーと言うよりは、蜘蛛の糸は出さないが、アメコミ映画のヒーローに近いかも知れない。どんどんと高いところへ登って行き、いつの間にか、眼下の人や車が豆粒のように見えるようになった。スーツを纏っているせいか、恐怖は微塵も感じなかった。
優はものの数分で異変の起こっている場所まで辿り着いた。何かが最上階のガラス張りを突き破り、建物に穴を空けていた。破壊されて床にガラス片が飛び散っている。優はその穴になった部分から慎重に建物内に足を踏み入れた。
入ったのは以前に表彰された応接室で、室内は電灯が点いており暗くはなかった。部屋には誰もいない。優は慎重に歩を進めた。しばらく忍び足で室内を動いていたが、突然、部屋の外で騒がしい音や悲鳴が聞こえた。何かが起こっている事を察して、急いで応接室を出た。
「ぐあっ」
応接室に連なる学長室の前で悲鳴を発していたのは学長の速水雄三郎、そして、彼を襲っていたのは大きな甲羅を背に持つ怪物だった。やはり全身は黒く、異様な黒い亀の怪物が二足歩行で立っていた。怪物は速水に手を振り上げようとしている。
「やめろっ!」
優は脇から飛び蹴りを食らわせた。しかし、頑丈な甲羅に当たり、逆に跳ね飛ばされてしまった。何とか回転して受け身は取り、すぐに身構える。相手の注意は速水ではなく、こちらに向いたようだ。それを悟ったのか、速水は即座に立ち上がり、エレベーターの方へ駆けた。亀型の怪物はそれを見て、また標的を変えようとしたようだが、
「お前の相手は俺だ!」
優がダッシュして、よそ見をしている顔面(亀の首?)にパンチを入れると、さすがに少しグラついて、妙な唸り声を揚げた。
「グルプップ~ッ!」
そして、地団駄を踏むと、優の方に向き直り、彼を敵と認めたようだ。真っ黒い頭に赤い目が光っている。不気味な風貌だ。
「とりあえず学長は逃がせたか……。そして、またお堅い相手の登場だな……」
優に先日の苦い記憶が蘇る。岩石型の怪物に通じなかった自分が、果たしてリベンジ出来るのか自信はないが、ここはやるしかなかった。
まずはマスクの性能で周囲を見渡し状況を確認する。速水はエレベーターの方まで逃げて、もう乗り込んだようだ。そして既に逃げたのか、秘書なども周りにはいない。が、階段に通じる通路の方に生体反応がある。
「誰だ、一体? 早く逃げてくれ」
などと考えていると、亀型の怪物が向かって来て、ラグビー選手のようなタックルをかましてくる。間一髪、優はそれをかわした。怪物は、応接室の壁に激突したが、それを突き破る程のパワーで、恐るべき破壊力だ。
「これは、食らったらただじゃ済まないな……」
優の背中に冷や汗が流れる。しかし、相手は待ってくれない。すぐに反転して、同じ攻撃を繰り出してくる。優はその勢いを利用して、咄嗟に柔道の巴投げで投げ捨てた。怪物の身体はエレベーターの方まで飛んで行った。立ち上がった優はすかさずそれを追う。
エレベーターの方まで吹っ飛んだ亀は、甲羅に頭や腕、足を隠し、転がっていた。そして、優が近づいた時には平然として、また二足歩行で立ち上がった。つまり、これでノーダメージという事らしい。
「なかなか便利な体をしているな。だが、俺もこの前までの俺ではないぞ」
優は決意を新たに身構えた。すると、先程から感知していた生体反応が、階段の方にあるのがわかった。一度怪物から目を外して、そちらを見た。
「風間っ!」
優は思わず叫んだ。間違いなく探偵・風間が階段の陰から見ていた。奴はおそらく学長に会いに来ていたのだ。
しかし、風間に気を取られたのは間違った選択だった。そんな事より、目の前の亀型の怪物に集中するべきであった。風間を見ている隙に、亀型の怪物は体を甲羅に収納して、砲弾のように優目掛けて飛んできていたのだった。
「ぐあっ」
強烈な一撃で優の身体はガラス張りの窓まで押し込まれた。いや、押し込まれるどころか、猛烈な勢いはガラスを突き破ってしまった。
優は夕闇の中、甲羅砲弾を浴びた自分の身体が宙に投げ出されたのを感じた。そして、数百メートルの高さから今まさに落下せんとしていた。