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第5話『逆襲』②

 昨日、研究室へ行かなかった為、それなりにやる事は山積みだった。院生は事務作業もこなさなくてはいけない為、優は雑務に追われた。咲もいれば手伝ってもらいたいところだったが、彼女は授業に出たので、部屋には優一人だった。学会案内や製品紹介などの研究室宛のメールを処理したり、紙の回覧物をチェックしたり、果てはゴミ捨てや買い出しも行わねばならない。何故、院生がやるのかという部分は教室の事情もあるだろうが、事務員もいないので、通常は下っ端の優やゼミ生がやるしかなかった。

 そんな中、優の目に一つのメールが止まった。


「レーザー切断技術……これはいけるかも……」


 それは学内の別の研究室の研究紹介のメルマガだった。材料系の研究者がレーザー加工技術の紹介をしており、それによればレーザーのエネルギーによって、ほぼあらゆる金属を切断出来るとの事だ。この記事を読み、優の頭には、昔SF映画で観たレーザー状の剣で戦う騎士の姿が思い浮かんでいた。その騎士はレーザーの剣、通称レーザーブレードで敵をバッタバッタと斬り捨てて、最後も宿敵との一騎打ちで勝利するのだった。映画の再現までは無理でも、イメージは間違っていない気がする。


「ちょっと調べてみるか」


 優は一人呟くと、研究室の雑務を済ませて、記事を送って来た研究室へ向かった。



 レーザー加工技術を研究しているのは、教授が副学長を務めている杉原研究室だった。そこのNo.2である松枝准教授と大学院生が、特に切断技術の研究を行っているようだった。研究室は優達とは別の棟にあり、いわゆる教室とは別に少し広めの実験場も保持していた。杉原教授と松枝准教授が公的な資金や民間からの研究費を潤沢に集めていて、学内でも裕福な研究室として有名だった。優は教室の方へ向かい、入口のドアをノックした。


「は~い」


 と間延びしたような返事があったので、ドアを開けて中に入った。


「失礼します」

「お、あんた、パワードスーツの!」


 入るやいなや、座っていた男が優を見て反応してきた。小太りで汚らしい濃紺の作業服を着ている。優は頭を下げて、自己紹介した。


「迫川です。私をご存じでしたか?」

「当たり前さ。ウチの大学の有名人じゃないか」

「お恥ずかしいです。私なんてまだまだです」

「いやいや、俺も映像で見たが、アレは本当に凄い。普通の女子が何十Kgもあるような荷物を平然と持ち上げたり、ジャンプ力を高めたり、大したもんだと思ってるよ」

「ありがとうございます。あの……松枝先生ですよね」


 優は再度頭を下げた。目の前の小太りの男こそ、レーザー切断の研究者、松枝准教授の筈だった。写真で見て特徴的だったので、記憶していたのだ。


「うむ。准教授の松枝だ。よろしく」


 相手は右手を差し出して来た。黒く汚れていたが、優は気にせずその手を握った。


「先生の研究に興味があって、お話を聞きたくて来ました。よろしければ、少しお時間いいですか」

「もちろん。って言うか、もう話してるじゃん、俺達」

「そう……ですね。ははは」


 意外と気さくな感じなので、優は安堵した。


「で、何が聞きたいの? 何でも聞いてよ。俺も色々教えて欲しいから、お互い情報交換しよう」

「ありがとうございます」


 松枝がノリノリで話してくるので非常に助かった。彼はそのまま優を実験場へ案内してくれた。


「切断が見たいって言うなら、こんな感じでどうかな?」


 色々な器具が置かれた実験場で、松枝は庭等で使う水道ホースにジェット噴射が付いたようなモノを手に取った。そして、一枚の分厚い鉄板を大きな工具台の上に置いた。ホース上の器具の先端から青白い光が出て、松枝はそれを鉄版に当てた。鉄と光の間で火花が散り、あっという間に鉄は三角形に切り取られた。


「凄い」


 優は思わず声を漏らした。鉄板は10cmくらいの厚さがあったが、いとも簡単に断ち切られてしまった。


「まあ、こんな風に金属の切断が出来る。やってみるかい」

「ええ。よろしければ是非」


 優も切断体験をさせてもらったが、ナイフで柔らかい肉を切るかの如く、あっさりと鉄の塊を切り裂く事が出来た。戦いにもこの技術を応用出来れば、と感じたのが正直な気持ちだ。

 その後、松枝は違う種類の金属切断を見せてくれて、レーザーの切断力が相当なものであることを目の前で証明してくれた。


 最初の部屋に戻り、優はレーザーの原理などを聞いた。そして、思い切って尋ねてみた。


「先生のレーザーって武器にもなり得るんですか」

「お、それ聞くか。『ギャラクシーバトル』って映画知ってるだろ」

「ええ」

 優が思い浮かべたSF映画だ。

「俺、元々アレが好きでさ。主人公があのレーザーブレードを振り回すのに憧れて、こんな研究してるのさ」

「そうだったんですね。私も実はレーザーで切断するなんて聞いたら、その映画思い浮かべてたんですよ」

「そうか、君も同志か」


 松枝は嬉しそうな顔をする。そして、ちょっと待っててと言うと、部屋の奥へ入って行った。しばらくして彼が持って来たモノを見て、優は驚いた。


「こ、これは……」

「レーザーブレードの試作品さ。これが俺の本当の夢だからな」


 松枝が持って来たのは映画『ギャラクシーバトル』で主人公達が使うレーザーブレードの柄の部分に似たモノだった。映画なら、柄に付いたボタンを押す事で、レーザーが剣のように伸びる筈だが。


「押してみろよ。おっと、俺には向けるなよ」

 松枝が金属製の柄を渡してくる。優は言われるがまま、柄に付いたボタンを押した。

「うわっ」


 思わず叫びを揚げたのも無理はない。ボタンを押した瞬間、柄から映画と同じくレーザー光が1m近く伸びたのだ。光の剣はシューッという音を立て、青白く輝いている。


「凄い、本物だ」

 優は感心していた。手に持っているのはまさに本物のレーザーブレードだった。

「ちょっと貸してみな」


 松枝は優からレーザーブレードを受け取ると、近くにあった金属板を斬りつけた。火花が散り、金属は真っ二つに割れた。松枝は得意顔で剣を構える。


「どうだい」

「凄いです。切れ味も凄まじいし」

「こりゃなかなか苦労したよ。何よりこのエネルギーを蓄えておく仕組みが一苦労だ。電源に繋いでちゃ格好悪いしな」


 松枝が言うには、材料系の研究者に頼み込んで、強力な充電電池を手に入れ、そのエネルギーでレーザーを発生させるのにとても苦労したとの事だ。


「レーザー出すだけなら簡単だが、ブレードだからな。斬れなきゃいかん」

「凄い、こだわりですね」

「へへん」


 松枝は豊満な胸を張る。まさにこだわりの逸品だ。彼はレプリカなどではなく、本当のレーザーの剣を作ったのだ。電池式で通常の電力と同じ切れ味のレーザーを出力するのはさぞ苦労した事だろう。


「先生、これって、どのくらいの時間、連続使用出来るんですか?」

「ふむ。やはりそこが気になるか? ずっと出力し続けたら3分程度だよ」


 松枝の答えは優の予想通りだった。これだけのモノを電池で賄おうとすればそのくらいが関の山だろう。しかし、3分もこの武器を使えればかなりの戦力にはなるだろう。


「先生、その……」

「何だ?」

「このブレード、作られたのはまだこの一本だけですか」

「ああ。これ作るのに何年掛ったか……」

「ですよね」


 優は渋い顔をした。あわよくばお金を支払ってでも一本譲ってもらえないかと思っていたのだが、かなり大事にしているようだし、とてもそんな話は持ち出せそうにない。


「何か言いたい事がありそうだな。ハッキリ言ってくれよ」

 鈍重そうな体格をしているが、優秀な研究者だけあってさすがに松枝は勘が鋭い。優は迷ったが、口に出してみる事にした。

「先生、このブレードを譲ってもらう訳にはいきませんか」

「何っ。それはまたビックリするようなお願いだな」


 松枝は苦笑した。まさか一本しかない自分の愛用の品をくれなどと言う依頼が来るとは思っていなかったのだろう。


「ハッキリ言えと言うので、言ってみました」

「何でこいつが欲しい? 持ってたって何かの役に立つ訳でもなかろう」

「それは……」


 優は口を噤んだ。確かに戦うなどとは言い出せなかった。それを言うイコール、宇宙人の襲来や、優が戦っている事も語らなければならなくなる。その様子を見て、松枝も考え込む仕草を見せた。


「ふうむ。まあ、譲ってやらんでもないぜ」

「えっ」

 優は自分の耳を疑った。しかし、松枝は同じ言葉を繰り返した。

「譲ってやってもいいと言ってるんだ」

「ど、どうして?」


 お願いした優の方が驚いて聞き返した。


「まず、お前さん、本当にそれを気に入ってくれている感じがするしな。真剣な目でそれを見ていてくれた。貰ってもらうならそういう人間がいい」

「それはそうですけど」

「もう一つ、お前さんが何に使うのかは知らんが、データを取ってくれんか? 譲り渡す上での条件はそれだ」

「使用したデータって事ですか」

「ああ。確かお前さん、剣の達人でもあったよな。何か使用する目的があるなら、可能な範囲でそのデータを取って貰いたい」


 優はよく知っているな、と思った。確かに地元で新聞記事にもなった事はあるし、剣道で好成績を収めた経歴が知れ渡っていてもおかしくはない。


「お前さんが何を斬るつもりなのかは知らんが、斬った物質の硬度や厚さなどは、データとして残り、記録される。俺はそれを楽しみに拝見させてもらうよ」

 松枝はそう言って柄を渡して来た。

「本当に……いいんですか」

「ああ。だが、まだ俺だって試し切りしかしていない。本当に使えるものなのかどうか、それを見極めるのもお前さんの役目だぜ」

「そういう事ですか。俺を実験台にしようって事ですね。それなら……遠慮なく使わせてもらいます」


 優は柄のボタンを押し、レーザーの剣を出した。その青白い光は目に痛い程だ。軽くその場で振るとビュンという音が鳴り、これも映画で観たシーンと同じような仕様だ。優は過去に映画『ギャラクシーバトル』を観た事に感謝したくなった。


「これならば……」

「お前さんの研究に満足いきそうかい」

「ええ。ありがたく使わせていただきます」


 優は松枝から使い方、充電方法などを教えてもらい、さらに実験場で試し斬りもさせてもらった。銅板や鉄板、石などを一刀両断してみて、このレーザーブレードが十分に対怪物への武器になり得る事を確認出来た。おそらくこれがあれば、先日の岩石型の怪物にも対抗出来たであろう。優は何度も礼を言って、松枝と別れた。


「またいつでも来いよ。俺も改善点を見付けたいからな」


 松枝はそう言ってくれたので、今後のサポートも期待出来そうであった。


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