第5話『逆襲』①
連載再開です。
優は翌日退院した。入院時の負傷が嘘のように回復しており、病院に留まる必要がなくなったのだ。咲と共に自宅へ戻り、明日からまた大学へ行くつもりだった。
ただ、再び怪物が出る事を考えると、無策では行けなかった。昼過ぎに家に戻ってから、優は咲と話しながら対策を練った。このまま戦っていても近い内に限界が来るし、銀の戦士に認めて貰える事もないだろう。抜本的な改善策を実行しなければ、何も出来ないばかりか、自分の命すら危うい。
「何か武器を使ってはどうですか? 先輩、剣道も強いんですよね」
「剣か……。確かにこの前の岩石の怪物でも断ち切れるような武器があれば、少しは戦えるかも知れん。ただ……」
「ただ?」
優が言葉を切ったので、咲が尋ねる。
「普通の刀剣ではどのみち斬れないだろうな。あの硬さではおそらく剣の方が折れてしまう。相当な高度の武器……そこをどう解決するか……」
「ダイヤモンドで剣でも作れれば解決しますかね」
「着想は良いが、ダイヤは火に弱い。ウォーグには通用しないな」
優はK山での出来事を思い出していた。あのウォーグの高熱を前にしたら、ダイヤモンドの剣では斬る前に溶けてしまうだろう。
「なら、どうしたら……」
「それを考えてるんだ。……まあ慌てず、出来る事から一つずつ解決して行こう」
優は苦笑した。研究と同じでこれは一朝一夕で答えが出るものではないだろう。
「先輩、武器以外に何かお考えがあるんですか」
「ああ、全体的に能力を底上げする」
「どうやって?」
「スーツの出力を上げる。これまでの倍くらい、速く強く動けるように」
優は力強く語ったが、咲の顔が優れない事に気付いた。
「どうした?」
「それって、先輩の身体に今まで以上に負荷が掛かるんじゃないですか?」
咲の指摘に優は驚いた。図星だった。
「大丈夫だ。そんなにヤワな鍛え方はしていない」
半分は本気で、半分は強がりを含めた嘘だった。咲に心配を掛ける訳にはいかない。
「ダメですよ! 出力を上げたら身体に無理が掛かる事くらい、私にだってわかります」
「問題ない。絶対に諦めない為、俺がやるしかないんだ」
「ダメですって」
咲は強い口調で反対する。彼女も研究者の端くれだ。優の身体にどのようなダメージが募るのか、ある程度の想定が出来るのだろう。これは説得するのが容易でなさそうだ。優は腕組みをして考えた。
「それならば桜花、お前が俺の身体の状態を管理してくれないか」
「え? 私が先輩の身体の管理を?」
「そう。トレーナーみたいなもんだ。健康診断レベルの測定が出来るよう、設備は整えるから、それを管理して俺が戦いやすくなるよう助けてくれないか」
「トレーナーときましたか……私に務まるのかな」
咲はまんざらでもないようで、表情が柔らかくなった。優としても本当にそんな役を引き受けてくれるのであれば、心強いのは間違いない。
「そもそも負傷や疲労の回復についても対策が必要だと考えていた。酸素カプセルとか、超音波治療器とかも注文していたんだ。桜花が迷惑でなければ、そういう機器の扱いもお願いしたいんだが」
「それは凄い! 確かに私がサポート出来るのはそんな部分かも知れませんね。あとは料理とか、栄養とかに気を配るくらいかな……。料理なんかも任せてもらえるんですか」
「ああ、勿論だ。元気が出るような美味しい料理を作ってくれよ」
「任せといて下さい」
咲が胸を張るのを見て優は笑った。この数日間で彼女との距離が一気に縮まったと思う。人は危機的状況に陥ると接近する傾向があると聞いた事があるが、まさにそれに近いものかも知れない。
「じゃあ、俺も頑張るとするか。桜花、俺は絶対に諦めない。銀の戦士に認めて貰う事も、ウォーグを倒す事も、両親を取り戻す事もだ」
「はい。私も信じてます。先輩なら必ずやり遂げるって」
優には咲の顔がお世辞じゃなく輝いて見えた。そして、宣言した三つの事の他に、彼女を守る事も使命になったと感じた。
翌日、大学へ行く前に宅急便で大きな荷物が届いた。優が話した通り、各種器具や装置が届いたのだった。
「凄~い、こんなの幾らくらいするんですか」
咲が酸素カプセルを指差して言う。
「400万くらいだったかな。父の残した金で購入した」
優は笑った。その父を取り戻す為にも自分は戦わなくてはならないのだ。そういう意味では高い買い物も必要経費と捉えるしかない。
「他も凄そうな機械ばかりですね」
「桜花、扱いは任せたよ」
「えーっ」
驚いて目を丸くする咲。その様子がかわいらしく見えて、優は思わず頭を撫でた。
「せ、先輩」
咲は驚いた顔をして身を引いた。
「す、すまん。つい……そんなつもりはなかったんだ」
優は無意識ながら大胆な行動をしてしまった事に驚き、慌てて釈明した。自分の頬が熱くなるのを感じる。
「そんなつもりって……どんなつもりなんですか?」
「え?」
思いも寄らぬ返しに再度驚かされた。咲は笑みを浮かべて優の顔を眺めている。
「そういう事をするつもりはなかったって意味だ」
優は答えたが、咲は
「意味がわかりませ~ん。わかるように教えてください。そういう事って?」
と意地悪い対応をする。白い歯を見せていて、明らかにわかって言っている様子だ。
「お前な~」
咲の意図を察して、優は彼女を睨む真似をした。すると咲は、
「あはは。冗談ですよ~。先輩があんまり真面目に言うから、ついからかいたくなって」
と大笑いしながら言った。その表情を見ていたら、優も何だかおかしくなって一緒に笑ってしまった。これで話はなし崩しになった。
笑いが落ち着いた後、優が「まあ頼むよ」と再度言うと、咲は頷いた。今はこれでいい、優はそう思った。そのまま二人は大学へ向かった。