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第4話『忌まわしき過去』④

 残された優と母は茫然と立ち尽くしていた。しばらく言葉も出なかったが、母の方から口を開いた。


「優、逃げましょう」

「えっ。逃げたら殺すと……」

 優は母の言葉に驚いた。

「確かにそう言ったわ。でも、結局逃げなくても殺される可能性の方が高いわ。だったら、逃げる方がまだ生き残れる可能性はある」


 母は強い口調で言った。母の言う通りだ。「絶対に諦めない」が信条の優にとって、むざむざ殺されるくらいならば、足掻く方を選ぶべきだと思った。ただ、


「父さんは……」

「あの人ならきっと大丈夫。あなたと同じで絶対諦めないもの」

「そう……だね」


 母の言葉には不思議と説得力があった。父なら本当に何とかするような気がするし、奴らに付いて行ったのも何か考えがあっての事かも知れない。


「今ならいけそうだね」


 優は周りを見回した。ウォーグはまだ戻って来ていないし、周りに仲間もいない。優と母は最初ゆっくりと忍び足で動き、視界からUFOの姿が見えなくなる位置まで来ると、一目散に駆け出した。何より薄暗くなっているので、視覚的には身を隠しやすい筈だ。


「そうだ」


 優は走りながら思い付いた事があり、スマホを取り出した。電波はかろうじて立っていた。掛けたのは警察だ。K山で襲われていると伝えると、駆け付けてくれるとの事だった。


「警察来るって」

 息を切らしながら母に伝えた。足は止めていない。

「そう。それは良かった。一安心ね」


 母は嬉しそうな声を漏らした。だが、優は不安を拭い切れなかった。先程見たウォーグの威圧感から察するに、警察が来たところでどうにもならないかも知れない。何しろ、超科学力をもってこの星を征服に来ていると宣言しているのだ。軍備でも持って来ない限りは太刀打ち出来ないのではないか。


 なので、まずは逃げられるだけ逃げて、可能ならば姿を隠してしまいたいところだった。その間に警察が来てくれれば御の字だが、無駄な犠牲が増えないとも限らない。正直、何が正解かは見えなかった。ただ、「絶対に諦めない」という信条だけは捨てるつもりはなかった。


 そして、走り始めて10分もした頃、何かが駆けて来る気配を感じた。砂利を蹴って来るような音が上から聞こえてくる。早くも逃げた事がバレて、追手が向かって来ているのだろうか。


 しかし、優も母も元より覚悟の上なので、後ろを振り返る事無く、一目散に走った。母がまだ肉体的にも若かったのが幸いし、二人はかなり速いペースで山を下って行く。そして、道幅の広い辺りに出た。しばらく真っ直ぐに砂利道が伸びている。空は暗くなり、母の顔すらよく見えなくなっていた。


「母さん、大丈夫?」

 荒い呼吸をしている母に尋ねる。

「大丈夫よ、早く下山しましょう」

「ああ。逃げ切ろう、母さん」


 優は母の手を引き、さらに加速した。見晴らしの良い開けた道を駆け抜けて行く。すると、突然、山を割らんばかりに大きな咆哮が響いた。恐る恐る振り向くと、黒い影の塊が後方100mの辺りに見えた。明らかに地球上の生物とは異なる者達だ。捕まったら終わりである事は覚悟すべきだろう。


 二人は必死に逃げた。再度、狭い岩場の下りを小刻みな足取りで通り抜け、時折揚がる背後の雄叫びに怯えながら走り続ける。特に母は日頃からトレーニング等していないので、息も上がり、苦しそうであった。優は木々に囲まれた辺りで隠れるかと提案したが、


「ダメよ。もし見つかったら絶対に逃げられない」


 と言うので、手を引いて下山を続ける他なかった。ただ、追手との距離は縮まっている気がした。


 森のようになっている下り坂を越えると、また開けた道に出た。暗くなっているので登りの時との記憶が一致しないが、五合目は過ぎており、下山までの最後の長い直線ではないかと思う。ここを越えれば、この魔の山から逃れられる気がした。


「母さん、大丈夫かい」


 優は再度声を掛けた。母ははぁはぁと息を切らしながら、返事をせずに頷いたようで、相当疲れているのがわかった。無理もない、優でさえかなり疲労困憊だった。


「もう少しだ。ここまで来たら頑張ろう」


 優は再び母の手を引き走った。しかし、明らかに速度が鈍っているのがわかった。このままでは追いつかれてしまう。いっその事、荷物を捨てて、母を背負おうかと思った時、こちらへ向かってくるような足音が聞こえた。ライトを使っているようで光も見える。


「母さん、警察だ!」


 3人の制服姿の警官が見えて、優もまずは安堵した。対抗手段となり得るかは未知数であるものの、二人だけで抗う必要がなくなっただけでも、心の重荷が少し降りた気がする。


「電話をくれたのは君かね?」


 一番年配そうに見える警官が尋ねてくる。優は、はいと返事した。


「襲われているというのは?」

「アレです」


 優は背後を指差した。既に50m程の距離に黒い影が迫って来ていた。


 「何じゃありゃ」と警察が驚くのも無理はない。こちらへ向かって来ているのは熊でも人間でもない、黒い皮膚をした異形の怪物だった。背丈は2mを超えると思われ、優達を見下ろすような格好だ。大まかな特徴で言えば、牙を剥き出しにした奴、爪を尖らせている奴、目玉が三つある奴と三体が追って来ていた。


 優は悟った。これは今来た警察でどうにかなる相手ではない。その証拠に早速一人が発砲したが、弾は奴らの皮膚に弾かれ、傷一つ負わせる事が出来なかった。もう一人は警棒で牙の生えた奴を殴りつけたが、まるで効いた様子はなく、むしろ警棒の方が折れてしまった。


 次の瞬間、怪物達が咆哮を揚げると、警察の一人は牙で嚙み砕かれ、もう一人は爪で切り裂かれ、最後の一人は脳天を叩き割られた。暗黒の中に警官の身体から液体が飛び散った。色は判別出来ないが、間違いなく血だろう。あっという間の惨劇に、優も母も一歩も動けなかった。何より恐怖で足が竦んでいる。だが、


「優、逃げなさい。ここは私が……」


 母は一歩前へ出て、優と怪物の間に立ちはだかった。怪物達は何か言い含められているのか、すぐに襲い掛かってくる感じではない。唸りながらこちらの様子を見ている。


「母さん!」

「行きなさい、優。貴方だけでも生き延びるのよ」

「そんな……」

「速く!」


 母は優の背中を押した。その悲壮な表情は、優の足を動かすに十分だった。彼は走った。母がどんな目に遭うかは想像するだけでも恐ろしかったが、その期待を裏切りたくなかった。優は後ろを振り返らずに走った。



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